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12.北上(岩手)

荒廃裸地化の潜む北上山地山稜部の草地

 <1988年6月16日観測画像>

画像は北上山地中央部を撮し出している。

北上山地は,東北地方を南北に並走する他の山地(奥羽山地と出羽山地)と比べて山塊が大きい。これは,この山地が断層や褶曲によって分断されることなく,中央部が周辺部より高く盛り上がるようにして全体的に隆起したことを反映している。

この特徴的な山地の生い立ちは,北上山地に独特の地形をもたらしている。その代表は,山稜部にみられる隆起準平原であり,その標高は北上山地北部で1100〜1300メートル,南部で800メートル前後である。

隆起準平原は,古くは18世紀より馬の放牧地等に利用されたのをはじめ,伐木,火入れ,刈り取りなどの人為作用を絶えず受けてきた。したがって,早池峰山(標高1,914メートル)など一部の高山や,藩政時代に御用林として伐採を制限された五葉山(標高1,341メートル)を除き,北上山地には原生林がほとんど残されていない。本来落葉広葉樹林帯となるべき山稜部の多くは,半自然植生としてのシバ草地にとって代わられている。

昭和45年当時北上山地には,このようなシバ草地が約6万ヘクタール存在していたと推定される。写真では,山ひだが不明瞭で,かつ,黄緑色(一部,赤茶色)にみえる部分がシバ草地にほぼ当たる。

このように,北上山地の山稜部には傾斜の緩い小起伏地が至る所に存在し,それが大部分,未・低利用地のままに残されていたため,昭和44年の「新全国総合開発計画」では,北上山地が大規模畜産開発プロジェクト地域の一つに選定された。それを受け,昭和50年には,畜産を基軸とする大規模生産団地の創設を目ざした「北上山系開発事業」が開始され,山稜部の小起伏地を中心に,8地区約1万ヘクタールの開発が進められた。この事業は昭和62年にすべて完了し,山稜部のシバ草地を中心に5,665ヘクタールが大規模な人工草地へと姿を変えた。北上山地は,以前よりはるかに大きな強度の人為作用を新たに受けることになったのである。

傾斜の点からみると,確かに,北上山地には山稜部を中心に開発可能地が多い。しかしながら,これらは標高が高いため,寒冷地特有の荒廃裸地化の問題を常に抱えている。すなわち,山稜部のシバ草地では地面が直接寒冷寡雪気候にさらされるため,土壌の凍結・融解が頻繁に生じる。これが,牛馬の放牧圧(採食・踏圧・糞尿)や病原菌によるシバの枯死でむき出しになった地面に作用し,裸地を拡大していく。これに降雨による雨洗や風蝕が加わり,裸地化はさらに加速される。昭和51年には,北上山地の荒廃裸地は標高900メートル以上の頂陵部西〜南側斜面(冬季の風衝斜面)を中心に,893ヶ所,合計面積352ヘクタールに及ぶ。

この値は,これまで人為の下で維持されてきたシバ草地における200〜300年間の累計である。この裸地化スピードが人工草地化したことで鈍るのか,あるいは,加速されるのか,この評価は早急には下し難いが,適切な草地管理により初生的な裸地の発生が抑制できれば,寒冷気候下の裸地化スピードは確実に鈍るであろう。この意味で,北上山地山稜部の小起伏地は,きめ細かな草地管理の下ではじめて,土地資源的価値を持続しうるだろう。

豊島正幸(東北農業試験場)

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