前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.87 (2007.7)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: バイオ燃料と遺伝子組換え作物 −トウモロコシの連作を可能にした技術

バイオ燃料が国内外で話題になっている。コーンスターチや植物油などの食品の原料や家畜の飼料として、トウモロコシのほとんどを米国から輸入している日本では、関連製品の価格高騰が起きている。また、米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビなどの作物が食用から燃料(エタノール)用に転用されることについて、途上国の食料輸入への影響を含め、多くの懸念の声があがっている (農業環境技術研究所でも、本年(2007年)5月に 第27回農業環境シンポジウム 「食料 vs エネルギー −穀物の争奪戦が始まった−」 を開催している)。

米国で栽培されるトウモロコシ(デント種)の約6割は遺伝子組換え品種である(2006年)。現在商業栽培されている組換えトウモロコシは、害虫抵抗性(Bt)と除草剤耐性の品種であり、とくにバイオ燃料に適した特性を持ってはいない。現在のところ、バイオ燃料向きの組換えトウモロコシとして商業利用の申請が出されているのは、シンジェンタ社の耐熱性α-アミラーゼ産生品種(3272系統)のみで、導入された酵素(α-アミラーゼ)によってデンプンを加水分解して糖に変換する過程を効率化させる。しかし、申請の目的は工業用(燃料用)ではなく、従来の組換えトウモロコシと同様に食品・飼料用としての安全性審査を受けており、まだ商業栽培は始まっていない。組換え作物のトップ企業であるモンサント社は、ドイツのBASF社とバイオ燃料用組換え作物の共同開発計画を今年の3月に発表したが、目的とする導入形質は収量増加や乾燥耐性である。これらも工業用ではなく、食品・飼料用として開発、申請される予定である。

バイテク企業が工業用のみを目的とした組換え作物の開発に慎重なのは、医薬用や工業用組換え作物の安全性評価基準が米国でも定まっておらず、農場での栽培・収穫段階や流通ルートで偶発的な混入が起こった場合、混入許容基準の設定を含め、どのように対処するかまったく不透明な状態にあるためである。モンサント社とBASF社の共同開発計画でも、当面(10年計画の前半5年間)は高収量・耐乾性品種の開発を優先し、組換え技術は収穫物のセルロースを効率的に糖、アルコールに転換するための微生物・発酵技術に利用する予定とされている。

では、米国のバイオ燃料への急激な移行に、組換えトウモロコシが関与していないかというと、そうでもない。むしろ、その貢献度はきわめて大きいといえる。それはネクイハムシ(コーンルートワーム、以下CRW)と呼ばれるトウモロコシの根の害虫( Diabrotica 属の数種)に対して抵抗性の組換え品種が、2003年から商業栽培されたことである。

トウモロコシにとってCRWは、地上部(実や茎)を加害する害虫以上に防除の難しい害虫である。トウモロコシ畑で羽化した成虫が地中に産卵し、翌春に播種(はしゅ)されたトウモロコシの発芽時期に合わせて幼虫が孵化(ふか)する。幼虫は若い根を食害するため、壊滅的な被害をもたらす。CRWはトウモロコシしか加害しないため、ダイズや小麦などを輪作することによって被害を回避してきたが、ダイズが栽培されている間は卵が孵化せず、トウモロコシが播種されるまで休眠する系統が各地で出現し、輪作も有効な対策ではなくなりつつあった。殺虫剤による防除も、幼虫の孵化時期に合わせて効果的に土壌中に散布することが難しい上、殺虫剤抵抗性系統の出現や水質汚染など多くの問題があった。CRW抵抗性の組換えトウモロコシは、これらの問題を一挙に解決し、トウモロコシの連作を可能にした。

最初のCRW抵抗性系統(MON863)が2003年に商業栽培されたのに続いて、異なる殺虫タンパクを発現する系統が2005、2007年に相次いで認可された。複数の品種の登場は、害虫側での抵抗性の発達を抑制できるため、生産者にとって歓迎すべきことであるが、食品原料・飼料の輸出関連業者にとっては憂慮すべき事態を招くことにもなった。

組換え作物は栽培国での安全性審査が終了し栽培許可が下りても、輸入国側での食品・飼料安全性審査が終了しないかぎり、実際の栽培、輸出は行わないのがこれまでの北米での慣例であった。これは、2000年に、米国で飼料用としての栽培承認しか下りていなかった組換えトウモロコシ(商品名スターリンク)が、輸出向けを含む食用ルートに混入し、関連業界が多大な損害を被ったことが教訓となっている。全米トウモロコシ生産者協会は、米国で栽培承認された品種でも、主要な輸出先である日本やヨーロッパで未承認のものは栽培しないようにトウモロコシ生産者に呼びかけている。

しかし、バイオエタノール用の需要は米国国内に限られているので、輸出される食用・飼料用ルートへの混入は防止できるとして、日本やヨーロッパで安全性が未承認(いずれも審査中)の新品種の栽培が始まっており、輸出関連業界は、農場での花粉飛散による微量の偶発的混入に強い懸念を示している。今後、開発される組換えトウモロコシがバイオ燃料に適した品種であればあるほど、米国での栽培承認が下りた段階で栽培に踏み切る可能性がある。たとえ健康や環境への実際の影響がないとしても、安全性未承認の品種の微量混入が、米国と太平洋や大西洋をはさんだ輸入国との間で、懸念の材料となることが予想される。

CRW抵抗性の組換えトウモロコシの開発は1990年代前半に始まった。当初は難防除土壌害虫への対策として注目され、バイオエタノール燃料への利用はとくに強調されなかったが、「連作したくてもできなかった」トウモロコシの連作を可能にした鞘翅(しょうし)目害虫抵抗性Btトウモロコシは、1990年代半ばに登場した鱗翅(りんし)目害虫抵抗性や除草剤耐性の組換え品種よりも、米国の農業やバイオ燃料産業に与えた影響は大きいといえるだろう。

現時点でもっとも効率的なバイオ燃料原料であるトウモロコシの連作、増産手段を手にした米国が、今後どのような課題に直面し、組換え技術をどのように利用していくのか注視したい。

コーンルートワーム抵抗性組換えBtトウモロコシの商業栽培承認状況

食品・飼料安全性承認状況
系統名 商品名 導入遺伝子 開発者 米国栽培認可 日本 EU
MON863 YieldGard RW Cry3Bb モンサント 2003
DAS59122 Herculex RW Cry34Ab/35Ab ダウ・デュポン 2005
MIR604 AgriSure RW Cry3Aa シンジェンタ 2007
RW = RootWorm (2007年6月28日現在)

主な参考情報

Moschini G.C. (2006) Pharmaceutical and Industrial traits in Genetically Modified Crops: Coexistence with Conventional Agriculture. American Journal of Agricultural Economics 88: 1184-1192.

Ward D. P. et al. (2005) Genetically enhanced maize as a potential management option for corn rootworm: YieldGard rootworm maize case study. In Western Corn Rootworm, Ecology and Management. CABI Publishing, pp. 239-262.

情報:農業と環境 No.11 2001.3.1 (農業環境技術研究所)

http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn011.html#01110

米国における組換え作物の商業栽培認可申請状況 (米国農務省動植物検疫局)

(対応するページが見つかりません。2012年1月)

海外における組換えトウモロコシの承認状況 (全米トウモロコシ生産者協会)

(対応するページが見つかりません。2012年1月)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事