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情報:農業と環境 No.88 (2007.8)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: ビタミンA強化米 ゴールデンライスの開発阻害要因

ビタミンAの前駆物質であるベータカロチンを合成する遺伝子を導入した組換えイネの開発が進められている。このイネは、米粒の色が黄色味を帯びていることから 「ゴールデンライス」 と呼ばれている。開発途上国では、年間 150〜250万人の小児が、ビタミンAの欠乏によって夜盲症、眼球乾燥症、免疫機能障害の危険にさらされており、ゴールデンライスの開発・実用化への期待は大きい。本年(2007年)5月にバイテク情報普及会が主催したセミナーで、ゴールデンライスの研究開発を担当しているフィリピン稲研究所の Aldemita 博士は、「フィリピンでは4年後の2011年に実用化をめざしている」 と講演した。

ゴールデンライスの開発は、1990年代後半から、スイス・ドイツの公的研究機関とフィリピン、ベトナム、インド、バングラデシュ、中国、インドネシアなどアジアの国立研究機関が共同して進めており、2005年には、穀粒でのベータカロチンの発現量を大幅に増加させることに成功した。現在、世界で大規模に商業栽培されている除草剤耐性や害虫抵抗性の組換えダイズやトウモロコシなどが多国籍バイテク企業によって開発・商業化されたのに対し、ゴールデンライスは、公的機関中心の国際協力プロジェクトによって開発が進められている。途上国の貧困層の健康改善に貢献する組換え作物として大きな期待が寄せられているが、一方で、研究資金の不足など、研究・開発の遅れを危惧(きぐ)する声も聞かれる。

ゴールデンライスの開発者の一人である Potrykus 博士(元スイス連邦植物工学研究所)は、本年(2007年)5月、イギリスの非営利団体 “CropGen” のホームページで、「ゴールデンライスの実用化が遅れている最大の原因は資金不足ではなく、科学的根拠に基づかない過度な予防原則による規制が強すぎるため」と述べている。これは2007年9月に発行される世界銀行の 「世界開発レポート2008」 に記されたゴールデンライス開発が遅れている理由に対して、博士の見解を示したものである。

「我々は途上国の貧困層のビタミンA欠乏症を解消するため、国際共同プロジェクトを設立して、農民にゴールデンライスを無償で配布することをめざしている。貧困層に利益のある形質を持った組換え作物の研究が少ないのは事実だが、途上国や西側先進国の研究所には、貧困層向けの作物の開発に強い意欲を持った研究者は大勢いる。民間企業にこのような研究を期待するのは間違っている。」

「過去25年間の組換え作物の安全性に関する研究や審査において、組換え技術そのものに由来する特有なリスクがないことは多くの科学的知見から証明されている。もし、反論する人がいるとすれば、その人は科学文献を読んでいないか、嘘をついているのだろう。しかし、(科学的ではなく) 心理的な点からのリスク認識が存在することは認める。」

「国レベルの安全性審査体制が十分に整備されていないことが、研究・開発の遅れの主な原因ではない。審査する行政当局は体制が整っていないからではなく、『過度な予防的規制』 原則のために審査が遅れている。行政関係者は間違いを犯すことを恐れており、このため反対派から批判されるよりも決定を先延ばしにしたほうが良いという心理状態に陥っているのだ。」

「開発が遅れている最大の理由は世界中に定着した 『過度の予防的規制』 システムである。途上国向けの非組換え作物の開発と比べて、ゴールデンライスでは安全性審査のために約2000万ドルの経費と10年間の歳月を費やさなければならない。安全性や機能性検証のためのデータ取り研究を公的機関で10年間も行う余裕はなく、新規性のある研究ではないので、論文として発表できる機会も少ない。イデオロギーや心理的要因によるものではなく、科学的根拠に基づいた規制要件に変わらない限り、研究・開発の遅れは解消しないだろう。」

以上が、Potrykus 博士の見解の抄訳である。当事者として、開発が遅れている焦りから来る感情的な見方も一部あるかもしれない。もう一人の開発者である Beyer 博士(フライブルク大学、ドイツ)は、「今後の最大の課題はいかにして途上国の農民に効果的に配布することができるか」 であると強調するとともに、Potrykus 博士と同様、「安全性評価のため、長い年月、膨大なデータを取っても、論文は出ないし、次の就職先も保証されないので、若い研究者はゴールデンライス研究へ積極的に参加しにくい状態だ」 と述べている。途上国の貧困層、とくに子どもたちにゴールデンライスによる利益が行き渡るまでには、まだ多くの克服すべき課題が残されていると言える。

除草剤耐性や害虫抵抗性のような、いわゆる第1世代の組換え作物では、組換え作物と非組換え作物の栄養成分組成に差異がないことや、新たに有毒物質やアレルギーを誘発するような物質を生じないか―― などが、食品としての安全性審査の基準となっており、国際的にも定着している。しかし、作物中の栄養成分を強化したり、食品としての機能性を高めることを目的とした第2世代の組換え食品については、食品安全性の審査基準がまだ定まっておらず、昨年(2006年)11月に開催されたコーデックス委員会バイオテクノロジー応用食品特別部会によって、基準案の作成作業がようやく開始された段階である。

また、国際的に合意できる統一基準が決まったとしても、ゴールデンライスは栄養成分改善を目的とした最初の組換え食品であり、参考となる前例がないため、「安定した量が発現されるのか?」、「過剰に発現する可能性はないのか?」、「精米、炊飯によって生ずる変化は?」等々、安全性審査には多くの時間を要するかもしれない。

さらに、途上国のうち、米を海外、とくにヨーロッパに輸出している国では、市場関係者は輸出米やビーフンなど米製品への混入を懸念している。ヨーロッパなど輸入国側ではゴールデンライスを食するわけではないので、食品としての安全性審査は行われないだろう。このため、今まで輸入していた米製品に微量でもゴールデンライスが混入していた場合は、「安全性未承認の組換えイネ」ということになり、市場は混乱することが予想される。

途上国の人だけが食するからと言って、ゴールデンライスの安全性審査をおろそかにしてよいわけではない。しかし、ヨーロッパや日本のような豊かな国の人々による組換え食品・作物に対する科学的理由を越えた過度な懸念や警戒心が、回り回って、途上国の人々が享受できる可能性のある利益の進展を妨げたり、遅らせたりするとしたら、問題であろう。

おもな参考情報

Potrykus博士の見解(CropGen の Web サイト)

http://www.cropgen.org/article_120.html

Al-Babili S. and Beyer P. (2005) Golden rice - five years on the road - five years to go? Trends in Plant Science 10(12): 565-573.

Yonekura-Sakakibara K. and Saito K. (2006) Review: Genetically modified plants for the promotion of human health. Biotechnology letters 28:1983-1991.

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