前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.89 (2007.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 遠くて近い組換えダイズと生物多様性の関係

除草剤耐性作物による農耕地の非標的生物への影響

1999年5月、「Btトウモロコシの花粉でオオカバマダラ(蝶)の幼虫が死ぬ!」 という記事が科学雑誌 Nature に掲載され、「遺伝子組換え作物による予測できない生態系へのリスク」 として世界中で話題になった。だが、Losey ら (1999) の報告は、実際の野外では起きにくい極端な条件による室内試験の結果であり、畑のすぐそばに堆積する通常の花粉量を大きく超える数千粒/cm2 のトウモロコシ花粉が使われていた。また、オオカバマダラの幼虫の食草であるトウワタ (ガガイモ科) は、トウモロコシ畑の周辺だけでなく広い範囲に分布している雑草である。「Btトウモロコシを使う前は、害虫防除に殺虫剤を散布していたのだから、畑や周辺では多くの蝶が農薬で死んでいたはず。なんでそんなに大騒ぎするのか?」 と、害虫防除に携わる多くの応用昆虫研究者は冷静だった。むしろ、「Btトウモロコシの花粉より、除草剤耐性ダイズやトウモロコシの普及によって、畑内や周辺のトウワタが全部枯れるだろうから、そちらの方がオオカバマダラ集団にとって影響が大きいのではないか?」 と懸念を示す研究者もいた。

フロリダ大学昆虫線虫学部の Walker は、Cassia 属 (ジャケツイバラ科の雑草) を食草とする移動性の蝶、Phoebis sennae(シロチョウ科)の個体数を1984年〜2000年に調査し、春季の個体数の年次変化は小さいのに、秋季の個体数は1990年代後半から減少していることを報告した (Walker 2001)。彼はその原因の1つとして、1996年から商業栽培が始まり急速に栽培面積が増加した除草剤耐性ダイズの普及で、畑内や周辺の雑草 (食草) が枯死したため、畑地内で繁殖して秋季に羽化する個体が減ったのではないかと推察した。

その後、現在まで、オオカバマダラや P. sennae など農耕地の雑草を寄主植物とする非標的の蝶類の発生量が、除草剤耐性作物の普及、すなわち、非選択性除草剤の使用頻度の増加によって、明らかに減少したとする報告は、昆虫学や保全生態学の主要学会誌には掲載されていない。しかし、非標的の蝶類集団に影響があるとすれば、Btトウモロコシ花粉より除草剤耐性作物の影響のほうが大きいはずと指摘した Walker は現実的かつ合理的であったと言えるだろう。

ダイズやカノーラ (セイヨウナタネ) では、除草剤耐性作物の普及によって、広い面積規模で雑草管理 (除草) の方法が変化したのは事実であり、「組換え作物、善か悪か?」 という視点ではなく、栽培管理体系の変化に伴う農耕地生態系における生物相の変化という観点からの報告が北米や南米から多数出てくることが期待される。除草剤耐性トウモロコシ、カノーラ、ビートを用いた農耕地の生物多様性に与える圃場規模の影響評価試験 (Farm Scale Evaluation) が1999年〜2002年に英国全土で行われたが、残念ながらそれぞれの圃場での比較試験は1〜2年単位であり、長期間の変化を知るには十分ではなかったからである。

EUの組換えダイズ拒否とアマゾン熱帯林伐採の関係

最近、出版された 「組換え作物と昆虫の保全」 の中で、英国ローザムステッド研究所の Woiwod ら (2007) は、「組換え作物そのものによる環境への直接的な有害影響は今までに報告されていない。重要なのは組換え作物か否かではなく、その栽培管理法である」 と結論を述べた上で、「組換えダイズとアマゾンの熱帯雨林の生物多様性」 について紹介している。これは Nature 誌の Soares-Filho ら (2006) や Conservation Biology 誌の Nepstad ら (2006) の論文をもとにしたものである。

ブラジルのアマゾン盆地では、2002年から2004年に熱帯林の伐採が急速に進み、大規模な肉牛牧場と飼料用ダイズ畑に変わった。その引き金として、おもにヨーロッパでBSE (牛海綿状脳症) の発生を機に、肉骨粉など動物タンパク由来の飼料を禁止し、植物由来の飼料であるダイズに転換したことと、中国の経済成長によって、家畜の飼料としてダイズの輸入量が急増したことがあげられている。さらに、口蹄疫 (こうていえき) の根絶が成功し、ブラジル産牛肉の輸出が解禁されたことや、ブラジル通貨 (レアル) の為替相場など、いくつかの要因が関与している。だが、このまま市場原理にまかせていると、2050年にはアマゾン盆地の熱帯林の40%が伐採されて輸出向けの肉牛牧場と飼料畑に置き換わり、温室効果ガス対策、生物多様性保全、水源かん養林確保などの点できわめて憂慮すべき事態におちいると警告している。

「皮肉なことに、アマゾンの熱帯林の伐採を加速した原因の1つは、ヨーロッパの消費者が非組換えダイズを求めたことである」 と Woiwod ら (2007) は述べている。ブラジルは2006年には約1000万ヘクタールの除草剤耐性ダイズを栽培する世界第3位の組換え作物栽培国であるが、2001年時点では組換えダイズの公式な商業栽培は行われておらず、組換えダイズが主流であった米国やアルゼンチン産と比較して、ブラジル産ダイズへの人気が高まった。ブラジルでは2003年から組換えダイズの商業栽培が公認されたが、その栽培はパラナ州やリオグランドデスル州など南部が中心で、北部 (低緯度地帯) の高温多湿気候に適した組換えダイズ品種は今も少ないという。ブラジル北部の気候と土壌に適したダイズ品種 (非組換え) が開発されたのも1990年代と比較的最近であり、アマゾン盆地に隣接するマトグロッソ州は現在世界最大の非組換えダイズの供給地となっている。

動物タンパク由来の飼料の代わりに植物由来の飼料 (ダイズ) を求めたヨーロッパ各国は、同時に非組換え (GMフリー) ダイズであることを強く要求した。需要と高価格に対応して、アマゾン盆地の熱帯林の伐採が進み、ダイズ畑に転換する割合は2002年を境に急速に増加した。「ブラジル産大豆の輸入増加がアマゾンの熱帯林破壊を加速している」 とメディア各紙が報道するようになった2004、2005年ころから、スウェーデンや英国の大手食品流通チェーンは 「アマゾン産ダイズやブラジル産牛肉の購入禁止 (ボイコット)」 を表明した。もっとも英国がブラジル産牛肉のボイコットを表明した背景には、安いブラジル産牛肉の輸入により、英国産牛肉市場が圧迫されたこともあり、単にアマゾンの熱帯林保護を意識したものではないようだ。しかし、肉牛のエサとして 「非組換えダイズ」 を要求することが、アマゾン盆地の熱帯林の消滅を加速することになるとは、2001年の段階でヨーロッパ各国はどの程度予測していたのだろうか。

アマゾンの熱帯林が伐採され、飼料用ダイズ畑に置き換わることによる生態的な悪影響は、組換え/非組換えにかかわらず起きる問題であり、組換えダイズだから悪い (あるいは良い) という次元の話ではない。「地球のはるか離れた地域で起こったでき事によって生ずる経済上の遠隔的結合作用 (Economic teleconnections) を見通し、組換え作物による環境リスクを世界規模で分析することはひじょうに難しい」と Woiwod ら (2007) は述べている。

主な参考情報

Losey J.E. et al. (1999) Transgenic pollen harms monarch larvae. Nature 399: 214.

Walker T.J. (2001) Butterfly migrations in Florida: Seasonal patterns and long-term changes. Environmental Entomology 30: 1052-1060.

Soares-Filho B.S. et. al. (2006) Modelling conservation in the Amazon basin. Nature 440: 520-523.

Nepstad D.C. et al. (2006) Globalization of the Amazon soy and beef industries: opportunities for conservation. Conservation Biology 20: 1595-1603.

Woiwod I.P. & Schuler T.H. (2007) Genetically modified crops and insect conservation. In Insect Conservation Biology. CABI, pp.405-430.

前の記事 ページの先頭へ 次の記事