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情報:農業と環境 No.91 (2007.11)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際情報: ズッキーニのディルドリン残留基準引き上げに関する欧州食品安全機関の意見書

欧州食品安全機関 (European Food Safety Authority: EFSA) は、2002年にEUによって設立され、欧州委員会や各国から独立してリスク評価とリスクコミュニケーションを行う機関です*1。最近、欧州食品安全機関は欧州委員会の諮問を受けてズッキーニにおけるディルドリンの残留基準 (MRL: Maximum Residue Limit) 引き上げに関する検討を行い、その意見書をとりまとめました*2。この中で、当研究所の研究成果がリスク評価の根拠として引用されました。当所の成果が、国際的な貢献を果たした一例として以下に紹介します。

ディルドリンは有機塩素系殺虫剤で、その環境毒性と残留性から現在では使用が世界中で禁止されています。土壌中での消失速度がきわめて遅く、わが国においては、使用禁止後30年以上経過(1975年に農薬登録が失効)した現在でも農地に残留しています。昨今、いくつかの地域で生産されたキュウリ果実から、わが国の残留基準( 0.02 mg/kg )を上回るディルドリンが検出され、産地では出荷の自粛等の対応を余儀なくされています(関連成果*3)。同様に、オランダにおいても、ズッキーニのディルドリン濃度が現行の残留基準 ( 0.02 mg/kg ) をしばしば超過するため、本基準値を 0.05 mg/kg に引き上げることを要望していました。これを受けて、欧州食品安全機関では、ズッキーニの残留基準を引き上げた場合の影響について科学的な評価を行いました。

まず、ディルドリンの急性毒性について、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)による急性参照用量 (ARfD: Acute Reference Dose) が設定されていないため、信頼性の高い文献値に基づき、これに安全係数 10,000 を掛けて、ディルドリンの急性参照用量を 0.003 mg/kg 体重と設定しました。ズッキーニの残留基準を 0.05 mg/kg に引き上げた場合の暴露量について各種消費者グループを対象に試算したところ、 設定された急性参照用量の値を超過する恐れはないであろうと推定されました。

次に、慢性毒性については、欧州食品安全機関の食品データベースを用いた理論最大1日摂取量(TMDI: Theoretical Maximum Daily Intake)によって評価されました。ズッキーニの残留基準を 0.05 mg/kg としてEU加盟国におけるTMDIを試算したところ、 FAO/WHO合同残留農薬専門家会議が定めたディルドリンの暫定耐容1日摂取量(PTDI: Provisional Tolerable Daily Intake)である 0.0001 mg/kg 体重 を超過しました。しかしながら、最近のヨーロッパのモニタリングデータによれば、ほとんどの作物でディルドリン残留量は残留基準を下回り、大部分が定量下限値未満です。したがって、作物残留量として残留基準を用いると真の暴露量よりも過大な評価になります。一方、定量下限値以下のものをゼロとすることは過小に評価することになります。そこで、より現実的な計算として、「残留量が定量下限値である大部分の作物ではゼロ、ズッキーニを含むウリ科作物については 0.5×残留基準(後述)、畜産物については 0.25×残留基準」 として再試算したところ、成人の摂取量はPTDI以下となりました。また、ディルドリンの総摂取量は、ズッキーニの残留基準の変更よりも、畜産物の選択により大きく変動することがわかりました。

この意見書において、慢性毒性の評価をする際の摂取量推定に、「ズッキーニを含むウリ科作物については 0.5×残留基準」 という試算を行っていますが、この算出の根拠として、農水省受託プロジェクト研究「農林水産生態系における有害化学物質の総合管理技術の開発」*4で得られた成果、“Differential uptake of dieldrin and endrin from soil by several plant families and Cucurbita genera” (Otani T, Seike N, Sakata Y: Soil Science and Plant Nutrition, 53, 86-94 (2007) )*5 が使われています。この論文では、ディルドリン残留土壌で17科32種の作物およびカボチャ属34品種を栽培し、地上部のディルドリン濃度を比較したところ、ウリ科作物はディルドリン吸収能力が高く、他科ではその吸収がほとんど認められなかったことを報告しています。

*1http://www.efsa.europa.eu/EFSA/efsa_locale-1178620753812_home.htm

*2: The EFSA Journal (2007) 554, 1-48: http://www.efsa.europa.eu/EFSA/efsa_locale-1178620753812_1178654802714.htm

*3: 平成18年度研究成果情報: http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result23/result23_02.pdf

*4http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/project/toxpro/index.html

*5http://www.blackwell-synergy.com/doi/abs/10.1111/j.1747-0765.2007.00102.x

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