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情報:農業と環境 No.102 (2008年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 中国のBtワタ、ワタ以外の作物でも防除効果

中国では1997年から、鱗翅(りんし)目害虫抵抗性の組換えBtワタの商業栽培が始まったが、最近 (2008年9月19日) 発行された Science 誌で、Btワタ導入前の1992年から2006年まで15年間のワタ害虫密度の推移が報告された。中国のBtワタでは、害虫被害の減少による収量の増加と殺虫剤 (化学農薬) 使用量の減少など、Bt作物のメリットはすでにいくつか報告されているが、今回はBtワタだけでなく、周辺のトウモロコシやダイズ畑などでも害虫の被害が大幅に減っていることが明らかになった。Bt作物以外の周辺作物にも害虫防除効果が及ぶという初めての報告である。

表1 中国Btワタの栽培面積の推移

19971998199920002001200220032004200520062007
面積 (万ha)<10<103050150210280370330350380

データ: 国際アグリバイオ事業団 (ISAAA) 報告書  <10: 10万ha以下

雑食性のオオタバコガの密度が激減

Btワタの導入を境に、密度が大幅に減少したのは、もっとも重要な害虫であるオオタバコガ (Hericoverpa armigera) だ。本種は日本でもナス科、キク科、アブラナ科、マメ科、イネ科などさまざまな作物の害虫として知られており、中国でもワタのほか、小麦、ダイズ、トウモロコシ、落花生、ナス科の野菜類などを加害する雑食性 (広食性) の害虫である。中国農業科学院の Wu らは、Btワタ導入前の1992年から2006年まで、15年間のオオタバコガの発生密度を、ワタとワタ以外の作物 (トウモロコシ、落花生、ダイズ、野菜類) で比較した。調査は北京と上海の間に広がる中国北部の主要なワタ栽培地帯である6つの省(河北、山東、江蘇、山西、河南、安徽省)を対象とした。2007年には中国全土で約380万haのBtワタが栽培されているが、6つの省で約8割にあたる300万haのワタが栽培され、オオタバコガが加害する他作物(トウモロコシ、落花生、ダイズ、野菜類)は約2200万ha栽培されている。表2に示すように、オオタバコガの密度は、防除対象である組換えBtワタで大幅に減少しただけでなく (25〜35%)、他作物ではそれ以上の割合で幼虫密度が減少していた (13〜18%)。オオタバコガの密度と気象要因(気温、降水量)には関連性がなく、Btワタの導入と栽培面積の増加が密度減少のおもな要因と考えられた。なお、表2で、ワタは卵密度で、ほかの作物は幼虫密度で表しているのは、1997年以降のBtワタではオオタバコガ幼虫がほとんど見つからないためである。

Wu らはBtワタだけでなく、他の作物でもオオタバコガの密度が激減した理由を、Btワタ導入前はワタで羽化し、他作物に移動して産卵していた第2世代以降の成虫数が減ったためと推測している。オオタバコガのメス成虫はBtワタと非Btワタを区別して、Btワタを避けて産卵する能力はない (産卵数に統計的な差異がないことは今回の論文でも示されている)。つまり、Btワタに産卵して孵化(ふか)した幼虫は、ほとんどすべて幼虫期の途中で死亡してしまい、Btワタは「行き止まりのおとり作物 (dead-end trap crop)」の役割を果たしていると言う。

表2 ワタと他作物(ダイズ、トウモロコシ、落花生、野菜類)におけるオオタバコガの密度(5年間の平均値)

  1992−1996年 1997−2001年 2002−2006年
ワタにおける卵密度 *
2世代目(ワタ100株あたり)1398 [1.0]  736 [0.53]  355 [0.25]
3世代目(ワタ100株あたり)  430 [1.0]  390 [0.91]  152 [0.35]
他作物における幼虫密度
2世代目(1 haあたり)5864 [1.0]2010 [0.34]  760 [0.13]
3世代目(1 haあたり)4745 [1.0]2212 [0.47]  877 [0.18]

*ワタ: 1992−1996年は非組換えワタ、1997年以降は組換えBtワタ。
[ ] 内の数値は1992−1996年の平均値を1としたときの相対値。

メリットとともに今後の課題を強調

Wu らは今回の調査結果から、ダイズやトウモロコシなどでもオオタバコガ防除のための殺虫剤散布を減らせる可能性があると述べている。しかし、Btワタにおける害虫防除の今後については決して楽観しているわけではない。論文の後半では、今後の重要課題を2つ指摘している。1つはオオタバコガのBtワタに対する抵抗性発達である。「単一品種を長期間、連作する以上、抵抗性発達のリスクは避けられず、高濃度トキシンのBtワタ品種や緩衝帯の設置が必要である」、「しかし、小規模農民の多い中国では、米国のように緩衝帯の設置を義務付け、遵守させることは難しい (中国のワタ農家の平均栽培面積は約0.6haで、インドの1.6haよりも小規模)」、「今まで中国で非Btワタを栽培する緩衝帯を設けないでも、抵抗性発達が問題にならなかったのは、ダイズ、落花生、トウモロコシなどの作物が緩衝帯として機能したからであり、運が良かった面もある」 と述べ、他作物によって緩衝帯機能の代用をするという対策だけでよいのか疑問を呈している。

もう1つの指摘は、Btワタで殺虫剤散布が減少したことによって、Btトキシン (Cry1Ac) では防除できない害虫種の被害が顕在化してきたことだ。中国農業科学院の研究チームは最近、問題となる害虫として、吸汁性のカスミカメムシ類(Lu ら 2008)とハスモンヨトウ(Wan ら 2008)をあげている。鱗翅目害虫であるハスモンヨトウには、すでに米国で商業化されている新規のBtトキシンを発現する組換えワタの導入によって対応できると考えられるが、吸汁性のカスミカメムシ類を農薬以外で防除することは現段階では難しい。カメムシ類やウンカ類など吸汁性昆虫に効果のある殺虫成分を導入した組換え作物の研究開発も進められているが、実用化のめどがたった系統は今のところ1つもない。Wu らは 「Btワタは、ワタだけでなく、周辺の他作物にも大きなメリットを示した。しかし、中国全土の多様な栽培体系の中で、Bt作物だけを害虫防除手段と考えるべきではない」 と述べている。今まで、組換え作物は導入以降、右肩上がりの栽培面積増を示し、それを成功の指標としてきた面がある。しかし、Bt作物の導入 (殺虫剤散布量の減少) によって、新たな害虫被害の方が大きくなるような地域では、Bt作物の栽培を中止するのも賢明な選択だろう。それは決して、「組換えBt作物は役に立たない、効果がない」 ことを意味するわけではないからだ。

おもな参考情報

Wu K-M. et al. (2008) Suppression of cotton bollworm in multiple crops in China in areas with Bt toxin-containing cotton. Science 321: 1676-1678. (2008/9/19 号)
(中国でBtトキシン含有ワタを栽培している地域では他の作物でもオオタバコガ密度が減少)

上記の論文を紹介しているアメリカ科学振興協会 (AAAS) のページ
http://www.aaas.org/news/releases/2008/0918china_cotton.shtml

Wan P. et al. (2008) Population dynamics of Spodoptera litura (Lepidoptera: Noctuidae) on Bt cotton in Yangtze river valley of China. Environmental Entomology 37(4): 1043-1048.
(中国・揚子江流域のBtワタにおけるハスモンヨトウ (ヤガ科) の個体群動態)

Lu Y.H. et al. (2008) Species composition and seasonal abundance of pestiferous plant bugs (Hemiptera: Miridae) on Bt cotton in China. Crop Protection 27: 465-472. (中国のBtワタにおける有害なカメムシ(カスミカメムシ科)の種構成と季節消長)

情報:農業と環境96号 GMO情報:Btワタに抵抗性発達−対策は緩衝帯と複数トキシン品種−
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/096/mgzn09609.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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