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情報:農業と環境 No.106 (2009年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

水田稲作と土壌肥料学 (2)

1. 水田稲作とコメ自給率の歴史

日本は 「瑞穂(みずほ)の国」 と言われ、弥生時代から近年まで水田稲作を食料供給の基盤としてきた (写真1)。江戸時代までは、日本の食料自給率はほぼ100%で、飢饉(ききん)で多くの餓死者が出た場合を除いて、コメが日本人の生命・生活・文化を支えてきたと言えよう。コメの不足分は、ヒエ、アワ、キビ、ソバなどの雑穀類の生産で補った。

水田稲作は瑞穂の国(日本)の原風景(写真)

写真1 水田稲作は瑞穂の国(日本)の原風景

明治時代になって日本の人口が増加し始めると、人口の増加にコメの生産が追いつかなくなり、これを埋めるための政策が打ち出される。一つは湿地帯や原野の開拓であり、農耕地の拡大が進められた。二つ目は農業技術の改良であり、欧米の知識や技術の導入が積極的に行われ、コメの単収(単位面積あたりの収量)が向上した。これらの施策によって、国内の人口増加に対する食料供給をなんとかクリアした。

大正時代になると、日本の人口はますます増加し、コメの供給量と需要量との間でミスマッチが生じ、コメの値段が暴騰(ぼうとう)することもあった。大正7(1918)年に富山県で起こった米騒動はたちまち全国に波及し、当時の内閣が倒れるほどの大争乱となった。慢性的なコメ不足を補う手段として、政府は朝鮮半島や台湾などの植民地からコメを移入(輸入ではなく、この言葉が使われた)するとともに、東南アジアなどから外米を輸入することになる。たとえば、大正14(1925)年の国民のコメ消費量は、内地米82%、朝鮮・台湾からの移入米12%、外米6%となっている。

昭和の時代が始まると、6(1931)年、9(1934)年の2回にわたって東北大凶作が襲来し、また経済恐慌の影響も受けて、日本のコメ供給は危機に直面する。その後は、日本は食料の供給の一部を中国大陸(満州開拓)に求めることになるが、その失敗が一因となって、無謀な戦争への道を突き進むことになってしまうのである。

戦中から戦後にかけては、農村の人手不足や資材不足によりコメの生産量は需要を大幅に下回ってしまう。とくに戦後は、日本が人口・食料問題で大ピンチを迎えることになる。昭和20(1945)年の終戦とともに大きな人口、ことに若い男子が復員・引き揚げという形で多数日本本土に帰ってきた。この人口の増大に加えて、出生増加(いわゆる戦後のベビー・ブーム)がさらに拍車を掛けることになる。その結果、終戦から5年後の1950年には、日本の人口は8,320万人に膨れ上がるのである。この膨張した人口を支えるために、政府も国民も、食料の確保のためにすさまじい苦労を強いられた。

戦後のGHQ占領下の政府は、食料問題の解決を政策の最重要課題とした。行政、研究、普及が一丸となって、農地の拡大と単収の増加をめざして、まい進した。その結果、終戦から15年後の昭和35(1960)年には、コメの供給率は100%に達する。すなわち、すべての国民が食べたいだけコメを食べることができるようになり、1人あたりのコメ消費量は118kg/年となった。ちなみに、この時の食料自給率は約79%となっている。

2.コメ食否定論の横行と洗脳

上記のように戦後の食料事情が好転し始めた昭和33(1958)年に、その後の農業に大きなダメージを与えることになる一冊の本が出版される。それは、慶応大学医学部教授の林 髞(はやしたかし)の著書 『頭脳』 である。この本は、今でこそ “迷著” としてほとんど葬り去られ、探すのにも苦労する。しかし当時は、発売後3年目にして50版を重ねるベストセラーとなり、日本の社会へ与えた影響はきわめて大きかったのである。筆者も、この本のことは、中学生のころに担任の教師から聞いた記憶がある。テレビや電話がようやく庶民に普及し始めたこの時代に、田舎の中学生にまで情報が届いたというのは、まったく驚きである。

迷著というより悪書と言っても余りあるこの 『頭脳』 の中には、「コメ食低脳論」 がまことしやかに述べられている。林氏は、日本人が欧米人に劣るのは、主食のコメが原因であるとして、

・・・・・これはせめて子供の主食だけはパンにした方がよいということである。 (中略) 大人はもう、そういうことで育てられてしまったのであるから、あきらめよう。悪条件がかさなっているのだから、運命とあきらめよう。しかし、せめて子供たちの将来だけは、私どもとちがって、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子供に育ててやるのがほんとうである

と述べている。この記述は、まったく科学的根拠のない暴論と言わざるをえないが、当時は正しい学説として国民に広く受け入れられてしまった。

林氏はまた、専門でもない農業や農政のことまで口出しして、

結局、米作りというものは、自由競争で勝ってゆく産業ではない。 (中略) 貧農を宿命とする米作りだけにとらわれていて、農政を考えてはまちがいで、どうしても小麦生産に切りかえることを考えなくてはならない。 (中略) 農政というものを考えるのに、一度だけ米をやめるという立場で考えてみてはどうであろうか

とも述べている。これはもう、徹底したコメ食や水田稲作の否定論である。

また、当時の朝日新聞のコラム 「天声人語」 にも、次のようなコメ食否定論が掲載されている。その文章を原文のまま引用すると、

近年せっかくパンやメン類など粉食が普及しかけたのに、豊年の声につられて白米食に逆もどりするのでは、豊作も幸いとばかりはいえなくなる。としをとると米食に傾くものだが、親たちが自分の好みのままに次代の子供たちにまで米食のおつき合いをさせるのはよくない (昭和33年3月11日付)

さらに、

若い世代はパン食を歓迎する。大人も子供の好みに合わせて、めしは一日一回くらいにした方がよさそうだ (昭和34年7月28日付)

である。

慶応大学医学部教授の肩書きや、朝日新聞というマスコミパワーにより、一般国民はこの “まやかし理論” に、すっかり洗脳(マインドコントロール)されてしまった。

この当時は、アメリカのコムギ生産過剰による日本への売り込み戦略もあったというが、これ以後、国内の各地で 「洋食推進運動」 が実施されることになる。日本人の食生活近代化というスローガンのもとに、「栄養改善普及運動」 や 「粉食奨励運動」 が展開されたのである。これらは、まさに欧米型食生活崇拝運動であり、和食排斥運動でもあった。キッチンカーという調理台つきのバスが、20数台で分担し、全国の都市部のみならず農村部まで津々浦々を巡回して、パン食とフライパン料理などの試食会と講演会 (林 髞教授もしばしば動員されている) をくり返した。これらの強烈なキャンペーンには、農家の人たちまでが洗脳されて、欧米型食生活崇拝の考え方に陥ってしまったのである。短い期間に伝統的な食文化を変化させてしまった民族というのは、世界史上でもほとんど例がないそうである。洗脳キャンペーンがあまりにも強烈だったのか、それとも日本人がもつ本来の民族性によるものなのか、その検証はほとんど行われてない。

そして、このころから、わが国ではコメ消費量の減少が始まり、コメの生産過剰から水田の生産調整へとつながって行くことになる。これはまた、わが国の農業、農政が凋落(ちょうらく)する始まりでもあった。また食料自給率の低落が始まるのも、この時期と一致している。

3.コメ食は日本の文化と活力の基盤

コメを主食とする日本型食生活の敬遠は、農業はもちろんのこと、国民の活力や健康にも深刻な影響を及ぼしてきている。今の日本では、生活習慣病の患者が増加の一途をたどっているからである。厚生労働省の「2007年度国民健康・栄養調査」によると、2,210万人が糖尿病患者あるいはその予備軍と推計されている。これはなんと成人の5人に1人がそのリスクの圏内にあることを示している。また、最近では、小・中学生の子どもにまで生活習慣病が蔓延(まんえん)しつつあるようだ。そして生活習慣病の大きなファクターの一つが欧米型食生活の様式にあるとされている。このごろよく耳にする 「食の安全・安心」 という観点からすると、これほどリスクの高い食が他にあるだろうか。もっと真剣に研究して対応すべき、わが国が直面している最重要課題の一つだと思われる。

前記の洗脳キャンペーンにより一度は栄養的な評価を下げたコメ食であるが、最近になって、むしろコメを中心とした日本型食様式を高く評価する意見が多く出てきた。栄養学者、生化学者、脳科学者、医学者の意見を総合しても、コメ食の評価は高い。粒食としてのご飯は、物理的消化と化学的消化の二段階を経てブドウ糖に変わるので、腹もちがよくてかつ血糖値の上昇がゆるやかである。このことが、身体のコンディションを健全に保つために貢献する。とくに先祖代々にわたってコメの粒食を続けてきた日本人にとっては、ご飯の主食こそが栄養的に身体にマッチしているのである。おそらく、日本人の遺伝子(DNA)はそのことを記憶しているにちがいない。

栄養学では、食品に含まれるタンパク質を構成する必須アミノ酸(人間が体内で生成できない8種類のアミノ酸)の割合を 「タンパク価」 として評価するが、コメのそれは78で、牛乳よりも高い。穀物で比較すると、ムギやトウモロコシよりコメはタンパク価がずっと高いのである。また、「生物価」 というタンパク質の吸収率を評価する数値でも、コメは77で、牛肉より高いスコアを示す。じつはコメは良質のタンパク質を含む、すぐれた食品なのである。

4.コメ食の復興が望まれる

生計費中に占める食費の割合のことを 「エンゲル係数」 というが、この数値が極度に高ければ、開発途上国の一部や戦中・戦後の日本の場合のように、人間の尊厳として問題がある。しかし、食物を得るための努力をし、エンゲル係数をある程度高く維持するのは、生物の基本的なミッションでもある。生命の基盤である食べ物にコストや手間暇をかけそれを継承するのは、自分自身および子孫への義務といっても過言ではない。コメを敬遠してファストフードなどに傾倒することは、この義務を怠っているとも言えよう。食べ物には、市場原理の物差しでは測り難い面が多くあるのである。

さきごろ農林水産省の総合食料局から『我が国の食料自給率』というパンフレットが発行され、ホームページでも公開されている。日本の農業や、国民の食生活の現状が分かりやすくまとめられており、64ページには、コメを主食とする和食にした場合、日本の食料自給率が63%になるという試算が示されている。その可能性については、これから詳細な検討が必要と思われるが、この数値はイギリス(70%)やイタリア(62%)なみの水準であり、食料安全保障の面からは一つの目標値になるだろう。

コメが中心の和食にすれば、このほかにも、今の日本が直面する多くの問題を解決するメリットがあって枚挙にいとまがないが、いくつかを挙げてみると次のようになる。(1)食料自給率が向上するということは、海外からのエネルギーを使った食料輸送量が減るので、COの排出量低減につながる(フードマイレージの低下)、(2)水田稲作は少ない肥料で高い収量をあげることができるので、世界に誇れる環境保全型農法である、(3)コメが中心の和食は健康的で、国民の心身を健全にする、(4)和食により生活習慣病が予防されるので、国民医療費の負担(総額30兆円/年以上)の削減につながる、(5)水稲には連作障害がまったくないので、コメの安定した持続的農業生産が維持できる、(6)農業の根幹としてのコメ生産向上は農家の経営基盤を安定化して、農業者の自信や志気の向上につながる、(7)コメをはじめ国産農産物の消費拡大は地方の経済振興につながり、地域格差が是正される、(8)水田稲作の振興は、水涵養(かんよう)による洪水防止機能など国土の保全につながる、(9)水田には脱窒などによる水質浄化機能があるので、水環境の保全につながる、(10)水田稲作は日本文化の礎(いしずえ)であり、景観などを通じて国民の精神的癒(いや)しにつながる、等々である。

5.いま、何をなすべきか

平成17(2005)年6月に 「食育基本法」 が国会で成立し、7月から施行された。この法律に基づいて、政府、地方自治体、農業団体やNPO法人などではいろいろな取り組みを行っているが、国民の食生活への効果はまだ目に見えてこない。少なくとも、コメの消費拡大や食料自給率の向上につながる結果にはなってないようである。

コメ食を復活してリスクの高い食生活の現状から脱却する手段は、結局は、国民の自覚しかないと思う。そして国民の自覚を促すには、まずは「率先垂範」で、農業関係者が自らの食生活を改めることが第一歩である。農家の人たちはもとより、農業関係の職業でメシを食っている面々は、コメを基本とした和食の食生活にすべきである。そのうえで、国民に向かってコメ食と和食文化の重要性をアピールすれば、その説得力も増すことだろう。当然のことだが、自分たちが実践してないことを、いくらかけ声ばかりで促しても、国民はそっぽを向くだろう。国(独立行政法人も含む)や地方自治体の農業関係公務員、農業関連団体の職員は、まず足下より始めるべきであろう。最近実施されたいくつかのアンケート調査によると、国民の80%以上が「日本の食料自給率40%は不安」と答えている。しかし、多くの国民が食料自給率を上げるためには具体的に何をすればよいのか分からないでいる。それに応えるべく、農業関係者は率先垂範で具体例を示す必要があろう。

正月には伝統的に水田で「田の神」が祀られてきた(写真)

写真2 正月には伝統的に水田で「田の神」が祀(まつ)られてきた
(茨城県つくば市で、筆者撮影)

昭和35(1960)年ごろに日本のコメの供給率は100%に達し、その後はコメ余りの時代となったにもかかわらず、学校給食ではずっとパン給食を続けてきた。「なぜか?」 その理由は不明である。最近になって文部科学省の方針で、ご飯給食の割合が多くなってきた。全国平均でも週3回を達成し、さらに週4回を目指すという。またコメの生産地では、完全コメ給食を実践している学校もある。幼少年期の食習慣は一生を左右すると言われているので、子どもたちが健康的な食生活を身につけることは重要である。文部科学省が、平成19(2007)年に50億円/年以上の予算を投じて開始した全国学力調査では、秋田、福井、富山などのコメ所の県が成績上位を占めている。これを児童生徒のコメ食と学力との関連について解析する資料として使えないものだろうか。

耕作放棄水田は平野部でも年々増加している(写真)

写真3 耕作放棄水田は平野部でも年々増加している
(茨城県つくば市で、筆者撮影)

わが国の国民一人あたりの米消費量は、今なお漸減傾向にあり、さらに米価も低落傾向が続いている。また一方で、WTO(世界貿易機関)、FTA(自由貿易協定)、EPA(特定の国や地域との経済連携協定)、MA(米のミニマムアクセス)など海外からの圧力も強まるばかりで、日本のコメ生産はさらに厳しい局面に追い込まれようとしている。このままでは、農村社会はますます疲弊し、また農業を基盤とした地方自治体の財政難は改善されないだろう。

田圃(たんぼ)には 「田の神」 が宿るとして水田稲作を大事にしてきた日本の伝統文化(写真2)が崩壊しようとしている。最近は、中山間地ばかりでなく、平野部でも耕作放棄水田が散見されるようになってきた(写真3)。まことに残念なことである。

平成20(2008)年4月1日付で、農林水産省の大臣官房に「食料安全保障課」が新設された。広範な叡智(えいち)を集めて、今後の農業問題や食料問題に関する迅速な情報収集と効果的な戦略の構築を期待したい。

(おわり)

参考文献

『日米戦争はなぜ勃発したか』;高橋英之(社会評論社)2008

『頭脳』;林 髞(光文社)1958

『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』;鈴木猛夫(藤原書店)2003

『毀された「日本の食」を取り戻す』;滝澤昭義(筑波書房)2007

『脳がさえる50の習慣』;大島 清(ワニ文庫)2008

『〈続〉食べ物さん、ありがとう』;川島四郎(朝日文庫)1986

『生命と食』;福岡伸一(岩波ブックレット)2008

『我が国の食料自給率(平成18年度食料自給率レポート)』;農林水産省 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/report18.html ページが見つかりません(2011年6月)

『生きる力を育む食と農の教育』;嶋野道弘・佐藤幸也(家の光協会)2006

『国家の品格』;藤原正彦(新潮新書)2005

『土と人のきずな』;小野信一(新風舎)2005

『ごはん給食が子どもの体を守る』;幕内秀夫:(主婦の友社)2004

『ご飯給食を週4回に 文科省、23年ぶりに目標見直し (2008年12月31日)』; asahi.com (朝日新聞社) http://www.asahi.com/edu/news/TKY200812300167.html ページが見つかりません(2011年6月)

『食料自給率の「なぜ」』;末松広行(扶桑社新書)2008

『飢餓国家ニッポン』;柴田明夫(角川SSC新書)2008

『現代の食料・農業問題』;鈴木宣弘(創林社)2008

(土壌環境研究領域長 小野信一)

土壌肥料学にかかわるエッセイ(8回連載)

朝日長者伝説と土壌肥料学

司馬史観による日本の森林評価と土壌肥料学

徳川綱吉と土壌肥料学

リービッヒの無機栄養説と土壌肥料学

火山国ニッポンと土壌肥料学

化学肥料の功績と土壌肥料学

水田稲作と土壌肥料学(1)

水田稲作と土壌肥料学(2)

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