研究所のある実験室を訪れた時、試験管の中でイネの穂がアルコールに浸けられていました。その試験管を光にかざしてみると半分くらいの粒が透けて見えて、とてもきれいです。けれども、美しく透けて見える粒の中には実っているはずのお米が入っていないのです。
お米が半分しか実らないとはいったいどうしてしまったのでしょう。私が見たイネの穂は、花が咲く時に人工気象室に入れて高温で栽培されたものです。イネの花が咲く時の温度が高いと、花粉がおしべからめしべに落ちなくなってお米が実らない「高温不稔」という現象が起こります。人工気象室での実験から、花が咲く時の温度が35度を超えると実らない割合が増え、40度になるとほとんど実らなくなることがわかっています。
イネの花(円内)と人工気象室
イネの花は夏の日の昼ごろに咲きます。地球温暖化が進行すると実際の田んぼでも人工気象室で起きたようにお米が実らなくなってしまうのでしょうか。
農業環境技術研究所の研究グループはイネの穂の温度に注目しました。気温よりも穂の温度のほうが不稔との関係が大きいと考えたからです。植物は根から吸った水を葉や穂から水蒸気として出しています。この時、私たちが汗をかくと涼しくなるのと同じようにイネの温度も下がります。穂の温度は気温や日差しの強さだけでなく、葉や穂から出る水蒸気の量を左右する湿度や風速などでも変わるのです。
研究者たちは、真夏の田んぼの中で今までだれも測ったことのない穂の温度を測り続けました。そして、気温や湿度、風速などの気象データから穂の温度を計算する 「穂温推定モデル」 を作ったのです。
2007年夏、関東・東海地方は熊谷や多治見で40.9度を記録するなど大変な暑さとなり、イネの高温不稔が心配されました。けれども、心配されたほどの不稔は、実際の田んぼでは起こっていませんでした。研究者たちが作ったモデルで計算すると熊谷や多治見では穂の温度が気温よりも低かったことがわかり、「穂温推定モデル」 が役立つことが実際の田んぼで示されたのです。
温暖化しても私たちがおいしいお米を食べ続けられるように、地道な研究が続けられています。
(農業環境技術研究所 広報情報室 林 裕子)
農業環境技術研究所は、一般読者向けの研究紹介記事「ふしぎを追って−研究室の扉を開く」を、24回にわたって常陽新聞に連載しました。上の記事は、平成21年3月11日に掲載されたものを、常陽新聞新社の許可を得て転載しています。
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