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情報:農業と環境 No.113 (2009年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 温度変化に対する水田土壌中のメタン生産微生物群集の反応

Functional and structral response of the methanogenic microbial community in rice field soil to temperature change
Ralf Conrad et al. Environmental Microbiology 11, 1844-1853 (2009)

メタンガス、すなわちメタン(CH)は、重要な温室効果ガスのひとつである。水田土壌から発生するメタンは、地球上で発生するメタン全体の、およそ13%を占めるといわれる。

水田土壌からのメタン発生には、微生物の力が大きく関わっている。その中心的な役割を果たしているのが、メタン菌の仲間たちである。水田土壌のように酸素が非常に少ない環境の中で、メタン菌は稲わらなどの有機物の分解によって生じる有機酸や水素、二酸化炭素などからメタンを生成することにより、そこからエネルギーを得て生活している。

IPCC (気候変動に関する政府間パネル) は、今後100年の間に、温暖化によって地表の温度が2〜4℃高くなると予測している。この温度上昇は、水田の中に住むメタン菌たちに対しても、何らかの影響を与えずにはおかないであろう。

有機物からメタンが生成されるまでの過程はとても複雑で、多くの異なる微生物たちが関与していることが知られる。ひとくちにメタン菌と言っても、その中には多種多様なグループが含まれている。温度の上昇によって、水田からのメタン放出がどのように変化するか ―増加するか、減少するか― に関するこれまでの研究では、おそらくはそれら微生物たちの機能や構成の複雑さのためか、一貫した結果が得られていなかった。

今回紹介する論文は、ドイツのマックス=プランク研究所のコンラッドらによるもので、中温条件(35℃)から高温条件(45℃)までの間で、水田土壌のメタン生成菌たちの群集構成の変化と、それらメタン菌たちのメタン生成経路の変化を調査したものである。

メタン菌たちがメタンを生成する経路には2種類あり、それぞれのメタン菌はどちらかの経路を使ってメタンを作り出している。ひとつめは、酢酸からメタンと二酸化炭素を作る経路をもつメタン菌たちで、もう一方には、水素と二酸化炭素からメタンを作る経路をもつメタン菌たちがいる。水田土壌に住むメタン菌たちの集団が、これら2種類のメタン生成経路をどのような割合で有しているかによって、その水田から放出されるメタンや二酸化炭素などの温暖化ガスの割合も変化する。温暖化ガスの放出量を試算する上でも、これらのメタン菌の群集構成と生物的な機能が温度に応じて変化するかどうかに関心の集まるところであろう。

酢酸からメタンと二酸化炭素を作る菌

水素と二酸化炭素からメタンを作る菌

コンラッドらは、水田土壌に稲わらと水を加え、その培養温度を変化させたときに、メタン菌の群集構成とメタン生成経路がどのように変わるかを以下のように調べた。

1)T-RFLP 法を用いたメタン菌の群集構成の解析

メタン菌にはさまざまな種類があるが、どの菌も 16S rRNA 遺伝子という共通の遺伝子を持っている。この遺伝子の長さや配列の中身には、進化の過程で少しずつ変化を受けるため、それぞれの菌のグループごとに特徴的な違いがみられる。

図

いろいろなメタン菌が、
それぞれ固有の 16S rRNA 遺伝子をもつ

(絵の中の赤い線は、共通の分子はさみ[制限酵素]で
切ることができる配列を示している)

図

土壌から、メタン菌の 16S rRNA 遺伝子領域を集め
て増幅させ、それらの断片の端に蛍光色素をつける。

図

蛍光色素をつけた断片を、
分子はさみ(制限酵素)で切断する。

図

メタン菌のグループごとに、
さまざまな長さを持った
蛍光色素つきの末端断片ができる。

以上のように、T-RFLP 法では、各メタン菌のグループに特徴的な長さの末端断片を蛍光色素によって検出し、土壌中の群集構成を調べることができる。

2)安定同位体比にもとづくメタン生成経路の推定

炭素原子Cの安定同位体には12Cと13Cがある。生物が炭素原子をとりこむときは、自然界の平均値と比べて、12Cと13Cの比率が変化する。これを同位体分別効果という。たとえば、光合成によって植物に固定された炭素では12Cの割合が高くなる。 これまでの研究から、酢酸から生成されたメタンよりも、二酸化炭素から生成されたメタンの方が、13Cの割合が低くなることが知られていた。コンラッドらは、水田土壌から放出される二酸化炭素とメタンの中の13Cの比率を測定し、その土壌で働いているメタン生成経路の推定を行った。すなわち、放出されるメタンの炭素原子における13Cの割合が低下するほど、そのメタンの発生源として、水素と二酸化炭素からメタンを作るメタン菌の貢献が大きいと考えられる。逆に、13Cの割合が比較的高い場合、そのメタンの由来には、酢酸からメタンと二酸化炭素を作るメタン菌の関与があると考えられる。

図

それでは、メタン菌たちの群集構成とメタン生成経路の変化について、調査の結果はどうなったであろうか。コンラッドらは以下の結果と考察を報告している。

メタン生成の速度

中温条件(35℃)におけるメタン生成速度は、高温条件(45℃)よりも大きかった。

高温条件(45℃)の土壌の温度を中温条件(35℃)まで下げても、メタン生成速度は中温条件(35℃)の水準まで回復しなかった。これは高温条件で中温性のメタン菌が死滅したためと考えられる。

メタン生成速度が最も大きかったのは、高温条件(45℃)の土壌の温度を中温条件(35℃)まで下げてから、新たに中温条件(35℃)の土壌を加えて培養した場合であった。これは、添加した土壌に住み着いていた中温性メタン菌の活動が、熱で分解されやすくなった有機物を餌にして活発化したためではないかと考えられる。

図

メタン菌の群集構成

メタン菌の種類が最も多様だったのは、中温条件(35℃)だけで保った土壌であった。

高温条件(45℃)では、35℃でみられたいくつかのメタン菌グループは検出されず、もっとも優占して検出されたのはライスクラスター1と呼ばれる、難培養性で、水素と二酸化炭素からメタンを作るメタン菌の一群であった。

ライスクラスター1と同じように、水素と二酸化炭素からメタンを作るメタン菌でも、高温条件で培養を続けると減少していくグループがみられた。また、酢酸からメタンと二酸化炭素を作るメタン菌でも、比較的高温条件に耐性のあるグループが存在していた。土壌の温度を下げると、これらの群集によるメタン生成にも回復が認められた。同じメタン生成経路を持っていても、温度条件への適応能力は、メタン菌のグループごとに異なっているようだ。

図

水素と二酸化炭素から
メタンを作る菌

酢酸から
メタンと二酸化炭素を作る菌

メタン生成経路の変化

土壌の温度を35℃から50℃の間で約1℃刻みに保ち、それぞれの温度でメタン菌の群集構成と、生成されるメタン・二酸化炭素の中の13Cの割合を調べた結果、土壌温度が42〜46℃に達すると、その温度の間でメタン菌の構成はそれほど変わっていなかったにもかかわらず、水素と二酸化炭素からメタンを作る経路が圧倒的に優勢となった。

この理由として、水素と二酸化炭素からのメタン生成経路に関わる酵素の働きが42℃以上で活発になることが示唆された。つまり、ある土壌からどのような経路でメタンが作られるかは、その土壌に住むメタン菌の顔ぶれが変化するためというよりも、その温度において、より効率的にメタンを生成できる経路の反応が、より速く進むことが直接的な原因になっているのではないかと考えられた。

メタン菌には培養の難しいグループが多く、その生態についてはいまだに謎が多い。分子生物学の発展によってこれら培養の難しい微生物たちの存在が次々に明らかにされたため、研究者たちはさらに深くミクロの世界に分け入ることができるようになってきた。

微生物たちの種類と彼らの機能があまりに多様であるので、全世界規模の気候変動と、微生物たちの活動とのつながりとを実験的に説明するためには、今後も多くの研究が必要である。しかし、たとえばらん藻類の出現によって、大気中の酸素が大幅に増加したように、かつて古代の地球で起こったさまざまな変動に微生物が関与していたことを考えると、それらの研究がもたらす新しい知見は、私たちの目に見えない微細な世界を、より重要で興味深いものにしてくれることだろう。

(生物生態機能研究領域 田村季実子)

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