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農業と環境 No.120 (2010年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 不正種子利用に潜む抵抗性発達の危険性

2010年2月23日、国際アグリバイオ事業団(ISAAA)から 「世界の組換え作物の商業栽培面積、2009年版」が発表された。前年より約900万ヘクタール(ha)増加し計1億3400万 ha となったが、もっとも増えた国はブラジルで、前年比 560万 ha 増(35%)でアルゼンチンを抜いて2位になった(1位は米国)。さらに2008年からBtワタの栽培を始めた西アフリカのブルキナファソが 8500 ha から 11万5000 ha と約14倍に増加した。ISAAA は、900万 ha の増加分は、開発途上国が 700万(伸び率13%)、先進国が200万(3%)で、今後も途上国で組換え作物は受け入れられ栽培面積は伸び続けるだろうと予測している。途上国生産者の利益増は喜ばしいことだが、組換え作物栽培によるメリットは正しい種子利用や栽培管理があってこそ継続される。ISAAA も特に途上国では同じ作物を連続して栽培せず、抵抗性発達管理対策などの基本を守る必要があると注意を促している。3月上旬、インドから害虫抵抗性Btワタの適正利用に関して懸念される現象が報告された。

インド・グジャラート州 Btワタに抵抗性害虫?

3月6日、ヒンズー紙(The Hindu)など英字新聞数紙が 「インド西部でワタアカミムシ(Pectinophora gossypiella)が組換えBtワタに対して抵抗性を発達させた」 と報じた。Btワタ(Cry1Ac)に対する抵抗性発達は米国南部でアメリカタバコガ(Helicoverpa zea)に関してその可能性が報告されたことがある(農業と環境96号117号)。しかし、ワタアカミムシによる抵抗性発達は世界初であり、Science 誌(3月19日号)や欧米各紙もこれを報じた。

抵抗性発達の確認はBtワタの開発メーカーであるモンサント社の現地研究所から発表された。Btワタは2002年に商業栽培が開始されたが、研究所は抵抗性発達確認のため、2003年からインド各州でワタ害虫を採集し、実験室に持ち帰って抵抗性発達の程度を調査している。2009年秋にインド西部のグジャラート(Gujarat)州の4地域で採集したワタアカミムシ幼虫を組換えBtワタ品種(Bollgard-I, Cry1Acトキシンを発現)で飼育したところ、高い生存率を示し抵抗性発達が確認された。グジャラート州以外の州・地域のワタアカミムシ集団や、オオタバコガ(Helicoverpa armigera)など他の害虫種では抵抗性発達は確認されなかった。抵抗性発達が確認されたグジャラート州のワタアカミムシ集団も、別のBtワタ品種(Bollgard-II, Cry1AcとCry2Aaを発現)では抵抗性は発達しておらず、高い殺虫効果を示した。モンサント社はこの結果をインド政府の規制当局に報告するとともに、生産者には Bollgard-I から Bollgard-II に栽培品種を変えるように奨励している。

今回の抵抗性発達に関して、インド中央ワタ研究所の専門家は調査方法や結果の解釈に疑問を持っている。少なくとも2〜3世代、集団飼育ではなく個体別に飼育して抵抗性発達を確認すべきという意見だ。また、抵抗性発達が事実としても、Btトキシン(Cry1Ac)の発現濃度の低い不正に増殖された種子を使用した結果ではないかと指摘している。

表1.インドとブラジルの組換え作物商業栽培面積(万ヘクタール)

ISAAA(2010)の発表数値. インドはワタのみ.ブラジルはダイズ、ワタ(2006年〜)、トウモロコシ(2008年〜)の合計値.
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
ブラジル0003005009401150150015802140
インド0051050130380620760840

インドでは以前から違法種苗業者による不正種子流通が問題になっていた。表1に示したインドのBtワタ栽培面積は ISAAA による公表数値であるが、2009年9月にアジア太平洋農業研究所協会が発表した 「インドのBtワタの現状」 では 「2008年の栽培面積は 760万 ha だが、違法ルートや自家採種増殖による不正種子の栽培が 158万 ha ある。不正種子利用は2002年以前から行われており、種子価格の値下げ(2006、2008年)で近年は減っているが、品質維持の面でまだ大きな問題だ」 と述べている。

今回、ワタアカミムシに抵抗性発達が確認されたのはパキスタンと隣接するグジャラート州の4地域のみとされているが、グジャラート州はインドでも主要なワタ栽培地であり、この州での種子価格や採用品種の動向が他州にも大きく影響するという。ヒンズービジネス紙(2008/4/26)は、同州での2007年のワタ栽培面積は約 250万 ha、そのうち正規のBt品種利用は 42.1%、不正Bt品種が 28.6%、非組換え品種が 29.3%と報じている。非組換え品種の中にも不正種子利用が含まれているのだろうが、不正Bt品種の割合はあまりにも高い。不正種子は正規の種子に比べて、収量も低く、殺虫効果も劣るので、農薬(殺虫剤)を多く使わなければならず、結局は生産者にとって利益がない。そのため、国や州政府、種苗協会は正規種子を購入し品質と生産力向上を強く奨励している。これは組換えワタに限らず、他の作物品種でも同様だ。

Btワタの不正種子利用で最大の問題は、収量や収穫物の品質低下ではない。殺虫効果が劣るということは正規種子よりBtトキシンの発現濃度が低下していることを意味する。正規のBtワタ品種なら幼虫が確実に死亡するが、中途半端な低濃度のため、Btトキシンに暴露(ばくろ)されても生き残る個体が多数出てくる。これが徐々に抵抗性を発達させ、高いトキシン濃度を発現する正規品種に対しても抵抗性を獲得してしまうのだ。

Bt作物で抵抗性発達を抑える対策の基本は、高濃度のトキシンを発現する品種を用い、非Bt作物を緩衝区として栽培することだ。さらに1種類のトキシンだけでなく複数のトキシンを発現する品種を用いることも有効とされている。高濃度トキシン品種の採用は幼虫段階で死亡させ、次世代に生き残る個体をできるだけ減らすための対策だが、不正種子や自己流の増殖によるトキシン濃度不十分の不良種子は、その栽培面積が大きくなると重大な問題となってくる。インド・モンサント社や州政府は抵抗性発達対策(緩衝区の設置)や、Btトキシンに効果のない害虫種(アブラムシやカイガラムシなど)の防除法など、小規模生産者向けの教育、技術指導を行っている。しかし、不正種子利用者はこのような教育訓練の場にわざわざ足を運ばないだろう。Bollgard-I の代わりに複数トキシン品種(Bollgard-II)を使えと奨励しても、この品種を不正利用して種子増殖すれば結果は同じことになる。

パキスタンでも商業栽培

パキスタンは公式には組換え作物の商業栽培は行っておらず、ISAAA の報告書にも登場していない。政府は2010年から、自国開発品種を用いて害虫抵抗性や萎縮病抵抗性の組換えワタ品種を商業栽培する予定としているが、モンサント社や中国製のBtワタ品種導入の計画もあり、現時点ではいつから何を商業栽培するのかはっきりしていない。ところが、2009年に発表された農業大学研究者の論文によると、2006年にすでに20万 ha のBtワタが商業栽培されていた(Arshadら、2009)。パンジャーブ州の生産者 150 人に対する聞き取り調査では、Btワタは地方市場や地元種子会社から購入し、その後は非組換え品種と同様に自家採種を続けているという。使われたBtワタの特性(導入遺伝子)から、インド経由で違法に流入したか、試験栽培用として公式にインドからパキスタンに導入された種子が、その後不正に増殖され流通したと考えられる。当然、公的機関は生産者に対して、Btワタ使用に関する教育指導は行っていないし、農民のほとんどもBtワタの特性について知識がなかった。政府は2010年から種苗法を改正し良質の正規ワタ種子を提供することによって、ワタ栽培の再興をめざすとしているが、実現できるのかきわめて心許ない。

自家採種・増殖可能な作物・品種の問題点

ブラジルやアルゼンチンでは鱗翅(りんし)目害虫抵抗性Btダイズ(Cry1Ac)の商業栽培が数年後に予定されている。ブラジルのダイズは現在、除草剤耐性品種だけだが、2003年の商業栽培面積公表以前から(表1)、隣国アルゼンチンから流入した組換え種子を増殖した 「違法な商業栽培」 が行われており問題となっていた。ISAAA によって公表された初年(2003年)に 300万 ha だったことから、前年までも相当規模で栽培されていたと推定される。現在は不正種子の割合は減ったものの、まだ除草剤耐性ダイズの不正利用がなくなったわけではない。2009年、ブラジルの組換え作物の栽培総面積(2140万 ha)のうち、ダイズは 1620万 ha(76%)で、Btダイズ品種が導入されれば、除草剤耐性品種とともに広く普及するだろう。

種子の不正利用は、違法利用者や業者と開発メーカーの間の契約料(特許使用料)など商業上の問題であり、仮に不正種子で収量や品質が低下しても利用者の自業自得で済む話だ。しかし、害虫抵抗性Bt品種の場合、違法な種子増殖(自家採種)によってトキシン濃度が不十分なBt種子が作られ、これによって害虫側に抵抗性が発達した場合、損害を被るのは不正利用者だけではない。高濃度のトキシンを発現する正規品種を購入し、抵抗性発達防止のため、緩衝区(非Bt品種の栽培区域)を設置したまじめな栽培者も被害を受けるのだ。Bt品種が防除対象とする蛾類は広い範囲を飛び回り、不正利用者の畑だけに留まってはくれない。

これはBtナスでも起こりうる問題だ。インド政府は2月にBtナスの商業栽培承認を延期した(農業と環境119号)。このナスも Cry1Ac トキシンを発現するBt品種だ。承認延期の主な理由は健康や環境への安全性試験を独立・中立な機関によって再評価する必要があるというもので、抵抗性発達の懸念は特に強調されていない。インドのBtナスでは、毎年種子を購入する交配品種とともに、自家採種利用が可能な品種の販売も計画されていた。ナスは通常自家採種が可能であり、もし商業栽培が認められたならば、農民や中小の種苗業者が種子を増殖して再利用する割合はかなり高くなるだろう。不正利用による種子増殖や自己流の自家採種によって、Btナスのトキシン濃度がどの程度低下するかは明らかにされていないが、不十分なトキシン濃度によって、対象とするナスノメイガ(Leucinodes orbonalis)などの害虫種が抵抗性を発達させる可能性は十分考えられる。ダイズも本来、自家採種して再利用できる作物だが、Bt品種を自己流に増殖した場合、Btトキシンの発現効果がどの程度持続するのかは現時点では報告されていない。

自家採種禁止は大手種子開発メーカによる 「種子支配、種子独占」 との批判もあり、小農や自給的生産者向けに、インドのBtワタでは、2009年から小規模農家が自由に自家採種できる品種(Bt Bikaneri Nerma)が開発された。この品種は殺虫効果は多少劣るものの種子価格が安く、数世代は再増殖可能だという。しかし、この品種のBtトキシン濃度が世代とともにどの程度低下するのか詳細は明らかにされていない。生産者や地方の種苗業者がトキシン濃度(殺虫効果)が低下してきたら、早めに自家採種を中止し正規種子に更新しない限り、不十分なトキシン濃度の不良品が広範囲で流通し続ける可能性がある。

正規の交配品種の不正な自家採種も完全に防止することは難しいだろう。組換えBt品種による害虫防除効果が高いほど、不正利用も多くなる。人気商品ほど不正コピーが出回るのと同じだ。年間発生回数の多い害虫種ほど、殺虫剤やBt作物に対する抵抗性を発達させやすく、熱帯・亜熱帯では抵抗性発達のリスクは温帯地域よりも高くなる。途上国で、害虫抵抗性や病害抵抗性品種が適正に利用され、その効果(メリット)を長期間にわたって持続させていくためには、多くの複雑な課題があるようだ。

おもな参考情報

ISAAA(2010)「世界の組換え作物商業栽培」(2010/2/23)
http://www.isaaa.org/resources/publications/briefs/41/executivesummary/default.asp

Karihaloo & Kumar (2009) Bt cotton in India, A status report (Second edition) 「インドにおけるBtワタの現状(第2版)」(アジア太平洋農業研究協会)(2009/10/30)
http://www.apaari.org/publications/bt-cotton-in-india-a-status-report-2nd-edition.html (最新のページに変更しました。2012年1月)

Bagla P. (2010) Hardy cotton-munching pests are latest blow to GM crops. Science 327:1439 (2010/3/19号) (ワタの大害虫が組換えBtワタに最新のダメージ)

Arshad M.. et al. (2009) Famers’ perceptions of insect pests and pest management practices in Bt cotton in the Punjab, Pakistan. International Journal of Pest Management 55:1-10. (パキスタン・パンジャーブ州のBtワタにおけるワタ害虫と害虫防除に関する農民の認識)

情報:農業と環境 96号 GMO情報「Btワタに抵抗性発達 −対策は緩衝帯と複数トキシン品種−」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/096/mgzn09609.html

情報:農業と環境 117号 GMO情報「Btトウモロコシの害虫抵抗性管理対策」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/117/mgzn11708.html

情報:農業と環境 119号 GMO情報「カルタヘナ議定書の宿題「責任と救済」―10月名古屋採択に黄色信号」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/119/mgzn11903.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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