前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.122 (2010年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 組換え作物のメリットとデメリット

現在、商業栽培されている遺伝子組換え作物の99% (面積換算) は害虫抵抗性Bt作物と除草剤耐性作物であり、前者は化学農薬(殺虫剤)の散布量を大幅に減らすことに成功した。後者は特定の除草剤の使用量は増えるものの、機械耕起による除草や複数の除草剤散布の必要がない効率的な雑草防除手段というメリットを持っている。しかし、栽培面積が広がれば、適切な使い方をしないと地域全体でのメリットが失われる可能性がある。組換え作物の商業栽培が始まって10年以上が経過した米国と中国で、今年 (2010年) 4月と5月にこれを示唆する報告が出された。いずれも組換え作物による直接的な悪影響というより、栽培管理法 (害虫と雑草防除法) の大きな変化に伴う影響である。

中国の13年 Btワタの暗と明

5月13日の Science 誌(電子版)は、「Btワタの導入によって殺虫剤散布が減った結果、殺虫対象外のカスミカメムシ類が増え、ワタ以外の果樹園にも被害をもたらしている」 と報じた。Btワタ ( Cry1Ac トキシン発現) の栽培は1997年に始まり、以後右肩上がりで普及し、現在ワタの主産地の北部地域 (河北省、山東省など) では約90%が組換えBtワタになっている。Btワタは防除対象のオオタバコガなど鱗翅(りんし)目害虫に効果を示し、殺虫剤散布量の大幅削減をもたらした。しかし、カメムシやカイガラムシなどには当然効果がない。殺虫剤散布の減少によって、とくにカスミカメムシ類の被害が深刻化していることはすでに2005年ごろから指摘されていたが、今回の Lu ら (中国農業科学院) の論文では、ワタだけでなく、周辺の果樹園 (ナツメ、ブドウ、リンゴ、モモ、ナシ) にも被害が広がっていることが明らかになった。増えているカスミカメムシ類は、ワタだけでなく果樹の花も加害する広食性の害虫で、ワタで増えた成虫が花を求めて周囲の果樹園に広がったようだ。Btワタを導入する前は殺虫剤散布によってワタでのカスミカメムシ類の発生量は抑えられていたため、果樹園での被害は少なかった。

表1 中国Btワタの栽培面積 (万ヘクタール)

データ: 国際アグリバイオ事業団 (ISAAA) 報告書  <10:10万ヘクタール未満
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
面積<10<103050150210280370330350380380370

Btワタの導入は単に殺虫剤散布を減らすためではなく、ワタの最大の害虫であるオオタバコガが各種の殺虫剤に抵抗性を発達させ有効な防除手段がなくなったためだ。その点で、Btワタの導入はオオタバコガ防除対策としては成功した。さらにワタの導入はワタ畑でなく、周辺のトウモロコシ、落花生、ダイズ畑にも利益をもたらした。オオタバコガはワタだけでなく、これらの作物も加害する害虫だが、ワタ畑で生き残るオオタバコガが大幅に減ったため、他の作物に移動して産卵する次世代成虫も減った。このような現象は専門家も想定しておらず、今回と同様、2008年に Science 誌 (2008年9月19日号) で 「予想外のプラスの効果」 として報告された (農業と環境 102号)。

しかし、周辺のダイズやトウモロコシ畑にメリットがあっても、果樹園でカスミカメムシが増え、被害も深刻になっているとすれば、Btワタでの栽培管理も考え直さなければならない。Lu らは殺虫対象外害虫の防除も含めた広域な景観レベルでの対策を採用すべきと提唱している。中国ではカメムシ類にも効果のある組換えワタを開発中であるが、まだ実用化の目途はたっていない。当面の現実的な対策としては、オオタバコガの被害がなかったとしても、カスミカメムシ類の第一世代の増殖時期にBtワタに殺虫剤を散布することだろう。2〜3年間、地域単位でBtワタの栽培を中止するのも有効であるが、これを実行するのは難しいかもしれない。

米国の14年 唯一の懸念は抵抗性雑草

4月13日、全米科学アカデミー・研究評議会は 「組換え農作物が米国農業の持続可能性に与えた影響」 と題する報告書を発表した。作物育種、植物生理、害虫、土壌、雑草、農薬学や経済・社会科学の専門家を含む10人の研究者によってまとめられた300ページに及ぶ報告書で、すでに発表された論文などをもとに、1996年の導入以来14年間に、組換え作物が米国の農業生産、環境、経済に及ぼした影響を分析し以下のように評価した。

(1)最大のメリットは 「河川・貯水池の水質浄化」。これはBt作物による殺虫剤使用量の大幅な減少と、除草剤耐性作物によって不耕起栽培が普及した結果である。機械耕起は風や雨による表土 (ひょうど) の侵食を引き起こし、畑地の保水力も低下させるが、不耕起栽培によってこれらが改善され、農地から土壌や肥料・農薬を含んだ水分の流出が大きく減少した。

(2)不耕起栽培は農業機械の燃料代や労働コスト(人件費)の削減にも貢献した。

(3)Bt作物での抵抗性害虫発達はとくに重要問題になっていない。

(4)種子価格は非組換え種子より高価だが、農薬散布不要や農作業の効率化などによって、多くの生産者は価格を上回るメリットを得ている。

(5)有機農業は 「非組換え」 として市場で一定の利益を得ている。しかし、今後、組換え品種との交雑などによって有機農産物の市場価値に影響が出る可能性もある (現時点では重大問題になっていない)。

(6)トウモロコシ、ダイズ、ワタでは組換え品種の開発に集中し、非組換え種子の入手が困難になっている。

(7)今後、野菜など小規模市場向けの組換え品種開発のため、政府は公的研究機関をもっと支援すべき。

メリットとデメリット

今後の課題はあるものの、おおむね組換え作物の農業と環境への評価は高く、特に(1)、(2)のように除草剤耐性作物による不耕起栽培のメリットが高く評価されている。しかし、研究評議会は発表の冒頭で、唯一の大きな懸念として 「過度な連続使用によるグリホサート抵抗性雑草の出現」 をあげ、「今後、適切な管理を行わなければ、メリットが失われる可能性がある」 と警告している。メディアの取りあげ方はさまざまで、ニューヨークタイムズ紙(4月13日)は 「過剰な利用は今までの利益を損なう恐れあり」 と問題点を強調した。一方、ロイター通信(4月13日)、Science誌(4月16日)は 「組換え作物 農民に利益」、「組換え作物は農民と環境にメリット」 と利点を強調し、最後に抵抗性雑草問題を付け加えた。組換え作物絶対反対の米国有機消費者協会(4月14日)は抵抗性雑草問題を取りあげ、「組換え作物は環境を破壊する、主要な研究者も認める」 とデメリットを強調した。

米国での抵抗性雑草問題は昨年7月に 「正しく使えば問題なし」(農業と環境 111号) でも紹介した。このタイトルは裏を返せば 「正しく使わないと問題になる」 ということで、グリホサート抵抗性雑草は2006年ごろから農業現場で問題になりはじめ、現在はとくに南部のワタとダイズ畑で深刻化している。開発メーカーや農業普及指導所はグリホサートだけに頼らず、従来の土壌処理型除草剤も合わせて使うように指導しているが、研究評議会は 「これらの除草剤はグリホサートよりも残効性が高く、水質への環境負荷が大きい。水質浄化というせっかくのメリットが失われることになる」 と指摘している。また、機械による耕起除草も畑の土や水が河川・貯水池に流入するので、この対策に対しても評議会の採点はきびしい。

グリホサート抵抗性雑草出現の原因ははっきりしている。ダイズだけでなく、輪作するワタやトウモロコシにもグリホサート耐性品種を使い、毎年同じ畑に同じ除草剤を使い続けたためだ。「いくら広い範囲の雑草に効果がある優れた除草剤でも連用すれば必ず抵抗性雑草の問題が起きる」 ことは、多くの農薬や雑草防除専門家が指摘していた。実際、グリホサート耐性品種を連用せず、他の除草剤や機械除草と非組換え作物品種を組み合わせた栽培を行っている農家ではいまも問題にはなっていない。

表2 米国の除草剤耐性作物の普及率 (%)

データ:米国農務省統計局 (トウモロコシとワタは除草剤耐性のみの品種とスタック(Btと除草剤耐性の両方の形質を持つ品種)の合計。ダイズは除草剤耐性品種のみ)
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
トウモロコシ0098781115202636526368
ワタ05273746565859606165706871
ダイズ213374754687581858789919291

環境か農業生産か

中国のBtワタのカスミカメムシのように昆虫は広く移動・分散する能力があり、Btワタを栽培していない周辺の農家にも影響を及ぼすが、雑草は昆虫のようには飛び回らない。抵抗性雑草の場合、不適切な利用をして難防除雑草がはびこっても損害をこうむるのは自分の農地だけで、「自業自得ではないか」 と考える人もいるかもしれないが、実はそうではない。米国南部で抵抗性問題がとくに深刻化している雑草は、オオホナガアオゲイトウ (ヒユ科) だが、この雑草は1株に50万粒以上の大量の種子をつけ、種子や花粉は風に乗って遠くまで運ばれる。適正管理をしている畑やグリホサートを使ったことのない畑でも、グリホサート抵抗性のオオホナガアオゲイトウが突如出現する例が各地で報告されている。さらに研究評議会が指摘するように、「グリホサート利用によって得られた水質浄化」 という公共へのメリットが失われるとすれば、「不適切利用者の自業自得」 では済まされない社会問題となる。幸い、オオホナガアオゲイトウにも弱点はある。種子は大量につけるが、種子寿命は短く、マルチなどで光をさえぎられると発芽できない。この弱点を利用して、この雑草を畑から完全に駆除してしまう対策が米国の各地で始まっている。

ダイズでは昨年からグルホシネート耐性品種が商業化され、今年も栽培面積は伸びているが、この除草剤も連用すれば数年で抵抗性雑草問題が生じるだろう。グリホサートやグルホシネートに代わる新しい除草剤耐性作物が開発されるだろうという楽観的な期待もあるが、広い殺草範囲、高い防除効果、低い環境負荷という点でグリホサートにまさる新製品開発のめどは、現時点ではたっていない。研究評議会の報告は不耕起栽培による水質浄化を最大のメリットとしてあげたが、不耕起栽培にもナメクジや土壌病原菌による作物被害の多発という農業生産上の大きな欠点がある。たとえ、抵抗性雑草問題が生じなくても、病害虫防除のためには、数年に1回は畑を耕した方が良いのだ。農業生産と環境への負荷軽減のバランスを考えながら、グリホサート耐性品種の連作を禁止し、適度に機械耕起による除草を取り入れるのが、持続的な栽培を続けるために現時点で考えられるもっとも有効な対策であろう。

おもな参考情報

中国のBtワタの暗と明

Lu Y. et al. (2010) Mirid bug outbreaks in multiple crops correlated with wide-scale adoption of Bt cotton in China (中国の組換えBtワタの広域での導入と相関した複数の作物でのカスミカメムシの大発生) Science 328:1151-1154 (2010/5/28号)

Qiu J. (2010) GM crop use makes minor pests major problem (組換え作物導入でマイナー害虫が重要問題に) Nature ニュース(2010/5/13)
http://www.nature.com/news/2010/100513/full/news.2010.242.html

農業と環境102号 GMO情報「中国のBtワタ、ワタ以外の作物でも防除効果」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/102/mgzn10212.html

米国の抵抗性雑草問題

全米科学アカデミー・研究評議会(NRC) 「組換え農作物が14年間の米国農業の持続可能性に与えた影響」 (2010/4/13)
http://www8.nationalacademies.org/onpinews/newsitem.aspx?RecordID=12804

Scott B.A et al. (2009) Herbicide-resistant weeds in the United States and their impact on extension. Weed Technology 23: 599-603. (米国における除草剤抵抗性雑草が農業技術普及に及ぼす影響)

Triplett & Dick (2008) No-tillage crop production: A revolution in agriculture! Agronomy Journal Suppl: 153-165. (不耕起栽培、農業の一大革命)

農業と環境111号 GMO情報「除草剤抵抗性雑草 正しく使えば問題なし」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/111/mgzn11108.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事