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農業と環境 No.124 (2010年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: EUの新提案 〜審査は統一基準、栽培するしないは各国判断〜

2010年7月13日、欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会は、遺伝子組換え作物の商業栽培に関して、各国独自の決定権を認める法律(指令)の改正案を提案した。1つの共通経済市場の下、今まで組換え作物の安全性審査や商業栽培の承認はEU統一基準で行われ、各国に裁量権はなかった。しかし、承認されたトウモロコシに対しても、栽培禁止宣言(セーフガード発動)する国が相次いだ(農業と環境112号)。さらに輸入用トウモロコシやダイズの承認遅れは、EUの畜産業界にとって大きな経済問題になっていた(農業と環境116号)。このような状態を打開するため、「栽培するしないは各国判断に任せる。その代わり承認作業は円滑に進めて欲しい」として出されたのが今回の提案である。これによって栽培したくない国は栽培しないが、前向きな国では栽培できる承認品種も増え、EU全体として組換え作物の商業利用は前進するだろうというのが欧州委員会の期待だ。しかし、推進側、懸念・反対側とも今回の提案に対する採点は厳しい。新提案の成立には加盟27か国による閣僚理事会と欧州議会の承認が必要だが、その前途はきわめて多難のようだ。

これまでの経過

欧州委員会は組換え作物の栽培承認や輸入再開に向けて法律整備を進めてきた。

2002年10月 「組換え作物の環境放出利用(野外栽培)」に関する指令(2001/18/EC)成立。

2003年7月 「組換え食品・飼料の流通・表示」に関する規制(1829/2003)成立。

2003年7月 「有機、慣行(非組換え)、組換えの3つの農業形態の共存」に関する各国ガイドライン策定のための提言を発表。

2004年5月 1998年から続いたモラトリアム(新規組換え作物の承認停止)を解除。

この後、トウモロコシ、ダイズなど飼料・食品原料としての輸入が年に数件ずつ承認されてきたが、栽培承認は1件も成立せず、1998年に承認されたBtトウモロコシ(MON810)だけがスペイン、ポルトガルなど数か国で商業栽培されている。しかし、このトウモロコシに対しても、オーストリア、ギリシャなどが「生態系や人の健康にリスクを与えることを示す新しい科学論文が見つかった」として指令23条(セーフガード発動の権利)に基づき、自国での栽培禁止を宣言。「提出された論文は禁止を正当化する科学的根拠とはならない。直ちに禁止を解除すること」 と欧州委員会は命ずるが、各国は従わず、欧州司法裁判所から違約金支払い判決を受けても、それにも応じない状態が繰り返されてきた。さらにフランス、ドイツなど農業大国もセーフガードを発動し、承認システム見直しの動きが一挙に高まった。

2008年1月 2万へタールを栽培していたフランス、セーフガード発動。

2008年12月 EU環境閣僚理事会「長期環境影響など組換え作物の安全性評価法の抜本的見直しを要求」(農業と環境105号)。

2009年3月 オランダ「栽培決定は各国独自の判断」を求める。

2009年4月 ドイツもセーフガード発動。

2009年6月 オーストリア「栽培決定は各国の独自判断」を求める。10か国が賛同(農業と環境112号)。

2009年7〜12月 輸入飼料ダイズに未承認トウモロコシ混入でEU畜産業界混乱(農業と環境116号)。

2010年3月 欧州委員会 モラトリアム解除後初の新規系統(Amflora ポテト)の栽培を承認。

新提案とは

7月13日に欧州委員会から提案された内容は以下のとおりだ。

1.承認された組換え作物を自国領土(全土か一部地域)で栽培する、しないの判断は各国政府独自で行うことができる(指令26条に追加)。

2.栽培しない理由として今までのような「科学的根拠(論文)」の提出は不要。経済や政治的理由などによる禁止、制限も認める。

3.環境影響、食品・飼料としての安全性評価と承認は、今まで通りEU統一基準(科学的ベース)で行う。

4.食品・飼料としての利用は今まで通りEU域内共通であり、国別の輸入禁止は認めない。

5.各国での共存政策をより柔軟にするため、表示基準(0.9 %)以下での混入を防ぐための措置も認める(共存に関する各国ガイドライン策定のための提言を改訂)。

1と2が今回の提案の目玉だが、3と4でEU全体としての科学的ベースの判断、共通市場政策は変わらないことも強調している。5は実際栽培しない地域(GMOフリーゾーン)を公式に認めることによって、0.5 %や 0.7 %の混入でも問題となってくるので、それに応じた措置である。

各界の反応

一見、各方面に配慮したように見えるが、推進側、懸念・反対側とも新提案に対する評価は厳しく、以下のようなコメントを発表した。

推進側

・ ヨーロッパバイオ(欧州バイオ産業協会): 「実際には栽培禁止国が増える。栽培したい生産者の権利が奪われる。0.9 %以下のレベルでの混入対策を合法化することで、0.9 %という表示レベルが無意味になるおそれがある」、「EU統一市場の原則に反し経済的混乱が生ずる。科学的ベースによる判断や欧州食品安全機関(EFSA)への信頼度が低下する」。

・ 欧州農業生産者連合(Copa-Cogeca): ヨーロッパバイオとほぼ同意見でさらに「農薬使用制限や乳製品価格などでも加盟国間で意見の違いが大きい。ここで国別ルールを認めれば悪しき前例となり、EU共通市場は混乱する」、「未承認系統の微量混入の許容値設定など、委員会は他にやるべき仕事があるはず」。

・ リベラル・民主系欧州議会議員(ALDE): 「組換え作物のリスク・ベネフィット評価以前の問題。提案は多くの矛盾を抱えているが、委員会は問題を各国に投げ出しており無責任」、「生産者や流通現場で混乱が起き、裁判も増える可能性あり。利益があるのは弁護士だけだろう」。

懸念・反対側

・ 環境団体(グリーンピース、地球の友): 「承認作業を推進するのが目的で、事実上組換え作物推進に道を開く」、「2008年12月に環境閣僚理事会は EFSA の安全性評価システムに問題ありと注文をつけたが、欧州委員会はこれにこたえていない。この作業を先にやるべきだ」。

・ 有機農業団体(IFOMA): 「一見、栽培禁止の自由を認めているが、実際は栽培を促進するもの。混入防止対策が不完全なうちは、EU全土で栽培禁止とすべき」。

・ 環境系欧州議会議員: 「委員会の提案は責任回避、無責任」。

現時点で、積極的に委員会の提案を支持する動きは見られない。主要メディアも各団体のコメントを紹介した上で、「事実上、相手側にとって有利な提案だ」と推進、反対両派から同じように批判されるのはきわめて珍しいと皮肉を込めた辛口の論調が多い(ロイター通信、AP、ルモンドなど、2010/7/13)。

ボタンを掛け違えたまま進む共存政策

欧州委員会はなぜこのような提案をしたのだろうか? 「承認作業のスピードアップが交換条件ではない」と7月13日公表のQ&Aで述べているが、栽培承認の遅れより、経済的に深刻なのは家畜飼料用(ダイズ、トウモロコシ)の輸入承認の遅れであることは明らかだ。多少の批判はあっても、今回の提案で承認作業が進めば、「南米・北米で承認され栽培、しかしEUでは輸入未承認」の状態は減り、当面のトラブルは回避されることになるが、公式にはこれを理由にしていない。あくまでも栽培に関しての承認決定権と、その後の共存制度の柔軟性・実効性のための改正としているが、EUの共存政策そのものに大きな問題がある。

EU共存政策では 「組換え作物と慣行(非組換え)と有機農業の3つの農業形態が共存でき、生産者がいずれも選択できるとともに、消費者も3つの栽培方式の農産物を選択することを可能にするルール」 と述べている。3つの農業形態の共存といっても、慣行と有機は以前から存在し共存していたので、結局は組換えと有機の間の問題となる。ここでいう組換え作物は安全性未承認の作物ではない。栽培とともに食品・飼料の安全性が認可され、たとえ 100 %組換え産物であっても健康上はまったく影響ないものだ。安全性に問題のないものに、隔離距離、混入防止措置、栽培の許可申請、周辺(おもに有機農業者)への配慮などを細かく定めたのが 「共存ルール」 だ。共存とは名ばかり、実際はすみ分け、排除のルールとなっている。行政機関が安全だと承認した作物に特別な警戒態勢をとったことが、一般市民や栽培者に必要以上の警戒心と不信感を抱かせ、「組換え作物・食品絶対反対、共存なんてとんでもない。その存在すら認められない」 と主張する有機農業活動団体を勢いづかせることになった。

下記の表はEUにおけるBtトウモロコシの商業栽培面積の推移だ。2008年はフランスの中止による減少があったが、それ以外の7か国は2007年より増えていた。しかし、2009年はポルトガル、ポーランドを除いて、他の4か国の栽培面積は減少した。減少の理由として、経済不況で畜産品の需要が減り、非組換えを含めトウモロコシの総栽培面積が減ったことと、共存法による栽培申請手続きが面倒なため、生産者がBtトウモロコシの栽培をやめたことをあげている (欧州バイオ産業協会)。共存法は 「栽培する権利は認めるが、実際にはほとんど栽培できない(栽培させない)」 制度になっているのだ。

表1 組換え作物(Btトウモロコシ)商業栽培面積 (ヘクタール)

データ:EuropaBio (欧州バイオ産業協会)
(*):ルーマニアの2005、2006年は除草剤耐性ダイズ (MON40-3-2) の栽培面積。EUでは栽培未承認のため、2007年、ルーマニアのEU加盟に伴い栽培中止。
  2005 2006 2007 2008 2009 2010
スペイン5万32005万37007万52007万93007万6100栽培
フランス50050002万1200中止— — 
チェコ2001300500084006500栽培
ポルトガル8001300450049005100栽培
ドイツ300100027003200中止— 
スロバキア— 309001900900栽培
ルーマニア(11万*)(9万*)40072003300栽培
ポーランド— 10030030003000栽培
合計 5万5000 6万2400 11万200 10万7900 9万4900

今回の提案に対して、欧州バイオ産業協会は 「0.9 %以下のレベルでの対策を合法化することによって、0.9 %という表示レベルが無意味になるおそれがある。さらに低い混入許容レベルが常態化するのではないか」 と懸念を示した。しかし、欧州委員会と欧州共存政策事務局は多様な形態での共存を可能とするため、「0.9 %以下での混入レベルにも対応できるように」 さらなる研究を各国機関と共に続けると述べている。行政や研究機関はそれで良いだろうが、各団体や一般市民の感覚とはかなり異なるものだろう。

これから

懸念・反対側だけでなく、推進側からも酷評された今回の新提案は果たして成立するのだろうか? 夏休みあけ、9月中旬のEU閣僚理事会で議題にあがる予定だ。すぐ多数決採択に諮られるかは不明だが、採択には27か国の3分の2(18か国)以上の賛成が必要だ。オランダは2009年3月に各国独自の決定を要求し、同年6月にはオーストリアも11か国連名で同様の提案をした。オランダは組換え作物推進側であり、オーストリア連合は反対・懸念側で、ブルガリヤ、アイルランド、ギリシャ、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニアが賛同国として名を連ねている。これらの国がすべて賛成したとしても12か国でまだ6票足りないし、これらの国が欧州委員会の提案内容を受け入れて賛成に回るかも不明だ。大国の動きも微妙だ。セーフガード発動中のフランスは 「新提案はEU共通市場の原則に反する」 として農相が反対を表明(AFP, 2010/7/12)。推進側とされるイギリスでも、スコットランドやウェールズは慎重・反対の態度で、「いますぐイギリス本土で商業栽培できる品種はないのだから、政府は結論を急ぐべきではない」(Horticulture Week UK, 2010/7/14) と国内意見は割れている。推進側とされるチェコやスペインも新提案への賛否を明確にしていない。閣僚理事会とともに、欧州議会での承認も必要となる。欧州委員会は 「今回の提案は大きな改正ではなく、統一を維持しつつ、各国・地域事情を考慮した柔軟な政策」 と述べているが、これで各国、議会の理解が得られるのだろうか。最終決定は来年になる予定だが、それまでの間、現在の承認システムが正常に機能する保証はない。承認作業の遅れによるEUの経済的混乱はますます深刻化するように思われる。

おもな参考情報

「組換え作物、国別栽培承認システムの提案」(日本語版)(欧州連合駐日代表部、2010/7/13)
http://www.euinjapan.jp/media/news/news2010/20100713/110000/ (最新のURLに修正しました。2012年8月)

(原文、英語版)
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-10-921_en.htm?locale=en (最新のURLに修正しました。2014年8月)

(提案に対する各界の反応、EurActiv 2010/7/14)
http://www.euractiv.com/cap/EU-GMO-proposals-draw-widespread-criticism-news-496263 (最新のURLに修正しました。2014年8月)

農業と環境105号 GMO情報「混迷深まるEUの組換え作物承認システム 〜科学的根拠とともに地域事情や経済要因も考慮〜」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/105/mgzn10509.html

農業と環境112号 GMO情報「ヨーロッパの商業栽培事情−ドイツの中止、オーストリアの提案、スペインの現実」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/112/mgzn11206.html

農業と環境116号 GMO情報「EUの誤算−ダイズに想定外の未承認トウモロコシ混入」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/116/mgzn11608.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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