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農業と環境 No.129 (2011年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 深まるヨーロッパの混迷:栽培や混入許容値の決定根拠の矛盾

昨年(2010年)の欧州連合(EU)は3月に新規の組換え作物 (アミロース改変ポテト) の栽培を承認し、スウェーデン、チェコ、ドイツで商業栽培が始まった。一昨年まで続いた栽培禁止 (セーフガード) 宣言をする国もなく、前半は一見平穏だった。しかし、7月に欧州委員会(EUの行政府)が 「栽培するしないの最終判断は各国に任せる」 という新提案を発表したところ、多くの批判がわき上がった。穀物・飼料輸入業界にとって深刻な経済問題となっている 「未承認系統の微量混入」 に対しても欧州委員会は対策案を示したが、これも 「現場を知らない非現実的な案」 と評判は良くない。11月には欧州食品安全機関(EFSA)が組換え植物の環境影響評価ガイダンスを発表したが、難解・抽象的な表現が多く、組換え作物開発者にとっては 「ますます栽培承認のハードルが高くなる」 と不評だ。2010年は承認の基準や根拠をめぐって、EUの混迷と矛盾がますます深まった年となった。

国別承認案に独仏そろって反対

2010年7月13日に発表された欧州委員会による新提案は 「環境影響と食品・飼料の安全性評価は今まで通り、EU統一基準で行うが、実際に自国領土(全土か一部地域)での栽培は各国政府の判断に任せる」 というものだ。提案当初から 「EUの経済市場は共通という原則に反する」(推進側)、「実質的に栽培を促進するもの」(反対側) など、推進・反対両派から批判されていた(農業と環境124号)。夏休みを経て、加盟27か国による農相会議(9月27日)、環境相会議(10月14日)で議論されたが、フランス、ドイツ、スペインなどは 「欧州市場の統一原則に反する」、「強行すれば WTO (世界貿易機関)ルールに違反するため訴えられる」 と反対し、イギリスやベルギーも慎重な姿勢を示した。新提案に賛成しているのは反対側のオーストリアや推進側のオランダなど11か国、慎重のイギリスを含め態度保留も11か国だが、単に加盟27か国の3分の2(18か国)以上の賛成が得られれば決まるわけではない。人口比に応じた持ち分票があるので、人口の多いドイツ、フランス、スペインなどが反対しているのは大きい。さらに組換え作物・食品問題に限らず、2大農業大国(独・仏)がそろって反対した場合、すんなり決まった例はない。11月にはEUの法律専門家も 「 EFSA や欧州委員会が科学的ベースで承認したものを、社会・経済的理由で各国が禁止にすることは、国際法上もEU司法上も認められないだろう」 と難色を示した(ロイター通信、2010/11/8)。「社会・経済的理由がだめなら、倫理的理由となるが、この理由も WTO ルールに違反する。栽培は禁止しているが、ヨーロッパはすでに組換えトウモロコシやダイズ、ナタネを大量に飼料として輸入している。倫理的理由で認めないと言うなら、家畜飼料にも認めるべきではないだろう」 とマスメディアのコメントも厳しい。さらに作業部会を設立し検討することで新提案の採択は2011年に持ち越されたが、廃案となる可能性が高い。仮に欧州委員会が妥協案・修正案を提出したとしても、各国が納得し、国際ルールにも適合する代替案は生まれないだろう。

未承認系統の許容水準は家畜用だけ0.1%に

商業栽培の承認以上に深刻なのは、食品・飼料の安全性が未承認の系統の微量混入問題だ。EUでは未承認系統は原則、ゼロトレランス(許容水準値なし)で一粒でも検出されれば、その積み荷は輸入拒否となり、輸出元へ戻されるか廃棄処分となる。EUは飼料用ダイズの90%以上を南米・北米から輸入しているため、2009年に起こった飼料用ダイズの積み荷に未承認Btトウモロコシが微量混入した事件は、畜産業界に大きな経済的打撃を与えた(農業と環境116号)。安全性未承認と言っても、バイテク種子開発者側が、食品・飼料としての安全性審査を EFSA に申請している系統だ。しかし、EFSA の科学的審査に時間がかかる上、EFSA で安全と判断されても、行政段階(専門家会合、閣僚会議)での承認手続きが複雑で最終承認までに長い時間を要するため、未承認状態が続くことになる。11月の専門家会合(食品チェーン・動物健康に関する常設委員会)では以下の対策案が出された。

(1) 飼料用に限り、未承認系統が0.1%以下検出されても使用を認める。0.1%以上の混入の場合は使用を認めない。

(2) 対象となるのは、EFSA への安全性審査申請が出されているもので、申請書が出されていない系統については、たとえ飼料用でもゼロトレランスを適用する。

(3) 食用は今までどおり、ゼロトレランスを適用する。

この案に対しても、業界関係者からは 「現場の実情が分かっていない」 と評価は芳(かんば)しくない。ダイズ、トウモロコシ、ナタネは 「食用」 と 「飼料用」 が厳密に区分されて輸入されるのではない。食用油や食品原料に利用されるとともに、絞りかす(ミール)が家畜飼料に回る例が多い。これは日本も同じだ。「食用」 兼 「飼料用」 として輸入された積み荷に未承認系統が0.1%以下検出されても、全部を飼料用として利用することはできないのだ。行政府は食用と飼料用の安全性審査をセットで義務付けているので、この点でも今回の 「飼料用のみ」 には矛盾が生じる。

「食用」 にも 「飼料用」 と同じように0.1%の許容水準を求める国もあったが、一部の国が強行に反対した。「飼料は0.1%でよくて、食用はだめなのか合理的理由を示せ」 と要求する動きもあるようだ(ロイター通信、2010/11/15)。また、動物福祉 (animal welfare) や動物権利 (animal right) 運動の盛んなEUでは、「動物に対する不当差別」 といえるかもしれない。いずれにせよ、今回の措置はあまり有効な対策にはならないようだ。過去の未承認系統トラブルでは0.1〜0.3%の混入例が多く、今回も0.3%や0.5%など現実的な案も検討されたが、現在の表示義務基準(0.9%)(約1%)の10分の1の数値で決着したからだ。抜本的な対策は、EFSA での科学的審査と行政の承認作業をスピードアップするか、輸入穀物・飼料に依存しないで済む経済体制を作ることだろう。

組換え作物の環境影響評価基準 さらに難解、不透明に

11月12日、EFSA は 「組換え植物(作物)の環境影響評価ガイダンス」 の最新版を発表した。害虫抵抗性や除草剤耐性だけでなく、スタック系統 (組換え作物同士を通常の育種法で掛け合わせた品種) や、新たな形質を持つ系統も出てくるので、これから商業栽培を申請する開発者はこのガイダンスを参考に、データを収集して EFSA に提出しろというものだ。「極端な危害(ハザード)は想定せず、科学的証拠を重視し、事例ごとに審査する」 と基本姿勢は従来通りだが、ガイダンスの中味は抽象的、難解で要求されるデータ量は確実に増えている。評価すべき項目は以下の7つだ。

1.侵入性、交雑性、 2.微生物の遺伝子伝播、 3.標的生物との相互作用、 4.非標的生物との相互作用、 5.栽培環境・受容環境への影響、 6.生物地球化学的プロセスへの影響、 7.人間や動物への影響。

6番目の生物地球化学的 (biogeochemical) プロセスとは土壌の理化学的性質の変化のことで、この項目ではとくに組換え作物栽培による長期間の影響評価を重視している。「長期間」とは1年生作物では少なくとも10年間、樹木などではさらにそれ以上の期間の影響を考慮すべきとしている。10年間の影響評価といっても、実際に10年間の調査は要求していないが、実際に行った調査データ、過去の論文情報とともに数学モデルを用いて10年後を予測するよう求めている。

有害物質を土壌に排出する組換え植物なら、1年目か数年のうちに土壌や土中の生物相になんらかの悪影響が出て、これらの数値の変化を基に数学モデルで長期予測をすることもできるだろう。しかし、このような組換え植物は 「有害物質を産生する」 ので栽培承認は下りないし、開発者も商業化目的の申請はしないだろう。却下されるのが分かっているからだ。数年連続して栽培したり、1年間栽培後、数年間休耕したりしても悪影響が見られない場合、どんな数学モデルで未来予測をするのだろうか。現在、商業栽培されているBtトウモロコシでは、10年間栽培しても環境(土壌生態系)への悪影響は一つも報告されていない。しかし、「10年間ではわからない。とくに土壌への影響はもっと長期間、調査すべきだ」 というのが現在のEUの風潮だ。EFSA のガイダンスもこの影響を受けており、科学的ベースで評価・審査すると言いながら、所々に科学を超えた要求表現が見られる。組換え植物(作物)の開発・申請者はどんなデータを提出すれば良いのか困惑し、栽培承認のハードルは今まで以上に高くなるだろう。

消費者意識、ユーロバロメーター

多くの矛盾をかかえ苦悩する欧州委員会や EFSA であるが、加盟各国が組換え作物・食品に反対したり慎重であったりするのは、市民(消費者)に根強い組換え食品不信があるからだ。11月に発表されたEU全域を対象とした消費者意識調査 (ユーロバロメーター) では、組換え食品に反対の割合は全体で61%(賛成は23%)、ギリシア(82%)を筆頭に、ドイツ(72%)、フランス(71%)も反対の割合が高い。この意識調査では組換え食品だけでなく、クローン動物やナノテクノロジー利用食品などについても調査しているが、単に 「組換え食品について賛成か反対か」 と聞かれれば、このような答えが返ってくるのも当然であろう。調査では 「回答者が組換え食品についての正しい情報を得ていない例が多い」 と問題点も指摘しているが調査方法は毎回変わらない。さらに飼料の輸入は認めるが、食用や栽培は実質禁止しており、その理由・根拠も分かりにくいものだ。このような状況で、正確な情報提供もせずに、ただ 「組換え食品に賛成か反対か」 の調査を続けていても市民意識の好転は期待できないだろう。

おもな参考情報

国別承認案に対する農業閣僚理事会の反応(EurActiv, 2010年9月28日)
http://www.euractiv.com/en/cap/eu-governments-slam-brussels-gm-crops-plan-news-498188

組換え作物の環境影響評価ガイダンス更新版(欧州食品安全機関(EFSA) , 2010年11月12日)
http://www.efsa.europa.eu/en/press/news/gmo101112.htm

欧州の消費者意識調査(ユーロバロメーター)(EFSA, 2010年11月17日)
http://www.efsa.europa.eu/en/press/news/corporate101117.htm

農業と環境124号GMO情報 「EUの新提案 〜審査は統一基準、栽培するしないは各国判断〜」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/124/mgzn12405.html

農業と環境116号GMO情報「EUの誤算−ダイズに想定外の未承認トウモロコシ混入」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/116/mgzn11608.html

農業と環境105号GMO情報 「混迷深まるEUの組換え作物承認システム 〜科学的根拠とともに地域事情や経済要因も考慮〜」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/105/mgzn10509.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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