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農業と環境 No.130 (2011年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 地球環境変動に対する微生物の応答と温室効果ガス放出の低減方策

Microorganisms and climate change: terrestrial feedbacks and mitigation options
Brajesh K. Singh et al.
Nature Reviews Microbiology 8, 779-790 (November 2010) doi:10.1038/nrmicro2439

微生物は、地球上でもっとも多様性に富んでおり、数の面でも量の面でも地球上でもっとも優勢な生物である。そのため、微生物の代謝によって生み出される有機物や放出されるガスは膨大な量にのぼる。35億年前、海洋に生息するシアノバクテリアが光合成によって初めて大気中に酸素を放出して以来、大気組成や地球生態系を構成する各種物質量を決定してきたのは微生物であると言っても過言ではない。

化石燃料の燃焼による二酸化炭素の増加や、人間の諸活動によるメタンや亜酸化窒素などの各種温室効果ガスの増加によって、急激な地球温暖化が起きていると言われて久しい。一方で、微生物もこれら温室効果ガスの発生と吸収に大きな役割を演じており、こうした微生物の活性を制御することで地球温暖化の進行を遅らせたり拮抗(きっこう)させたりすることも夢ではない。

この論文(総説)では、温室効果ガスの発生と抑制に関与する微生物あるいはその機能に関するこれまでの知見を総括し、これまでの研究の問題点を指摘するとともに、これまでに提案された気候変動緩和策を紹介している。最後に、将来、微生物を用いた気候変動緩和策を構築するために優先的に取り組むべき研究課題を提案している。地球温暖化防止対策の一つとして、物質循環を担う微生物を活用しようとする着想は注目に値する。以下に概略を述べる。

まず、二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素などの温室効果ガスについて、その放出と吸収に関与する微生物群や代謝活性など、これまで知られている知見を総括して、温室効果ガスの発生と吸収における微生物の役割の重要性を強調している。

続いて、現在進行している気候変動が微生物の代謝活性にどのような影響を及ぼすかは、将来の気候変動予測のモデルをより精緻(せいち)化する上できわめて重要であることを示し、大気中の二酸化炭素濃度の上昇や気温の上昇が、それぞれの温室効果ガスの発生または吸収に関与する微生物に及ぼす影響について述べている。しかしながら、こうした気候変動にともなう微生物の代謝活性の変化が、温室効果ガスの放出を促進する方向にはたらくのか、抑制する方向にはたらくのかは、現時点ではまったく予想できない、その理由は、地球生態系を構成する微生物のほとんどが培養すらできず、その種構成や群集構造の詳細を把握できないためであると言う。

こうした状況に対して、この論文では、現在めざましく発展している新しい分子生物学的手法により、培養不可能な微生物の多様性とその代謝機能の解析が可能となり、そうした解析を通じて、気候変動に応じて微生物が示すフィードバック応答への理解が進むことで、微生物を用いた気候変動の制御が可能になるだろうと述べている。

論文中で言及されている新手法を下記に記す。

メタゲノム解析: 環境中から直接抽出した遺伝子DNAをハイスループットのDNAシークエンサー等で直接解析し、環境中にどのような微生物がいるのかを明らかにする。

メタトランスクリプトーム解析: 環境中から直接抽出したRNAを解析して環境中でどのような微生物の代謝反応が起きているかを解析する。

メタプロテオーム解析: どのような酵素タンパク質が環境中ではたらいているかを明らかにする。

安定同位体標識(Stable-Isotope Probing:SIP)法: 安定同位体で標識した基質を代謝した微生物のDNAを分離し、その基質を代謝した微生物を明らかにする。

地球生態系を構成する各種微生物群集やその機能を操作することで人間活動に起因する気候変動を緩和する方策について、これまでの知見に基づき具体的な例をあげて提案している。下記にその例を記す。

微生物群集あるいはその機能を利用

非常に効果的と考えられるが、その実態がつかめない現在は難しい。これを有効にするには上記の新手法を用いて、地球生態系の微生物群集構造とその機能に関する知見を集めることが必要。

土地利用形態を変化させる

農耕地よりも草地や森林土壌の炭素貯留能が高いことから、農耕地を草地あるいは森林にすることで大気中の二酸化炭素を減らせる(ただ、地球の総人口が増加している中では非現実的。実際には逆の現象が進行している)。

農業分野での方策

農業分野での方策としては、当研究所(農業環境技術研究所)の八木らの研究成果である水田の間断灌漑(かんがい)の導入(メタン発生の抑制に有効)をはじめ、不耕起栽培(耕地への炭素貯留を増進)、窒素肥料の低減や遅効性窒素肥料および硝化抑制剤の利用推進(農地からの亜酸化窒素発生を低減)、抗生物質などを用いた家畜消化管微生物の制御(メタンガス発生の抑制)。

最後に、微生物を用いた気候変動緩和のための方策を構築するために優先的に必要となる6つの研究課題を提案している。下記に順番に列記する。

1)将来の生態系の機能を把握するため、気候変動に対する微生物の応答をよりよく理解し定量化する必要がある。

2)微生物の機能と生理学的能力に基づいた微生物分類群を構築し、生態系の機能と関連させる必要がある。

3)微生物による温室効果ガス発生の制御メカニズムや、温暖化や二酸化炭素濃度の上昇等の複合要因に対する微生物応答への理解を異なる生態系毎に深める必要がある。

4)これまでに構築されている気候変動予測モデルに、微生物のデータ(バイオマスや群集構造、多様性あるいは機能)を取り込む体制を構築する必要がある。

5)気候変動が物質循環や地上と地下の生態系の相互作用に及ぼす影響や、さらには地球規模の変化に対する生態系の応答を調節する際のこれらの相互作用の役割をより深く理解する必要がある。

6)上記5つの研究成果に基づいて、自然界の微生物系を制御し大気中の炭素貯留を増進して地球全体の温室効果ガス発生を抑制するための体制を構築する必要がある。

この論文の最後の文章、「Microorganisms may be out of sight, but we cannot afford for them to be out of mind.(微生物は目に見えないかもしれないが、われわれは微生物のことを考えないわけににはいかない)」 は、これまでの温暖化研究を考えると特に示唆に富んでいる。

(生物生態機能研究領域長 藤井 毅)

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