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農業と環境 No.131 (2011年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報:USAのABC、米国栽培差し止め裁判の波紋

米国は世界一の組換え作物栽培国であり、ダイズ、ワタ、トウモロコシは組換え品種が約90%を占めている。しかし、すべての組換え作物が順調というわけではない。除草剤(グリホサート)耐性のアルファルファ(牧草)とシュガービート(砂糖大根、テンサイ)は、商業栽培承認後に連邦地裁から栽培中止を命じられた。いずれも環境や人の健康に有害な影響が見つかったからではない。承認の審査手続きが不十分だと農務省(USDA)が市民団体に訴えられ、連邦地裁も行政手続き上の不備を認めたためだ。昨年(2010年)12月から今年2月にかけて、農務省はアルファルファの栽培再開とシュガービートの暫定的な取り扱い方法を発表したが、これらをめぐって生産者団体、種子メーカー、消費者団体、有機農業団体、連邦議会は紛糾した。2006年2月に市民団体が起こしたアルファルファの栽培差し止め裁判から始まった訴訟合戦だが、この2月には市民団体だけでなく、組換え作物・食品を利用する業界も農務省を訴えるなど、裁判の構図は複雑になり収束しそうにない。

米国の組換え作物承認システムと裁判制度

米国の組換え作物の商業利用は3つの行政部局によって審査される。食品・飼料の安全性は食品医薬品庁 (FDA) が担当し、害虫抵抗性の Bt 作物やウイルス病抵抗性作物は病害虫防除手段を作物体に含むことから農薬と同じように環境保護庁 (EPA) が審査する。FDA と EPA の審査を経て、農務省動植物検疫局 (USDA-APHIS) は環境影響を含め総合的な審査を行う。この審査では、(1) 作物保護法 (Plant Protection Act) に基づき、組換え作物が畑や農地外で 「有害雑草化」 する可能性はないかリスク評価を行い、さらに (2) 国家環境政策法 (National Environmental Policy Act) に基づき、環境アセスメント (Environmental Assessment) を行う。この環境アセスメントの結果、さらに詳細な調査が必要と判断された場合は、人への影響、野生生物への影響、社会経済的影響も含めたより包括的な環境影響評価書 (Environment Impact Statement, EIS) を作成する。最初の環境アセスメントで人間や環境にリスクがなく、有害雑草化のおそれもないと判断された場合、EIS を行わず商業栽培認可となる。米国ではこれを 「規制解除 (deregulation)」 と呼んでいる。EIS を行うか行わないかの基準は明確ではなく、「必要と認められた時」 に行うことになっている。裁判制度は日本と同じ三審制(地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所)である。今回の話題はアルファルファ(A)とビート(B)の裁判が並行しており少し複雑だ。末尾の表1を最初に見ていただくと分かりやすいかもしれない。

アルファルファ 4 年間栽培中止 「共存案」 も提案される

アルファルファはマメ科の牧草で、おもにミツバチによって花粉媒介し他花と交雑する。米国ではトウモロコシ、ダイズ、小麦に続く4番目の栽培面積(約800万ヘクタール)のメジャー作物だ。除草剤耐性アルファルファは 2005年6月に商業栽培が認可されたが、このとき農務省は 「EIS は不要」 と判断した。環境アセスメント書は全部で28ページだが、交雑や有機農業への影響などもひと通り評価しており、最後に 「米国は生物多様性条約・カルタヘナ議定書は批准していないが、ここで行った環境アセスメントはカルタヘナ議定書の意図するところと同じものである」 と記してある。商業栽培は2005年に始まったが2006年の栽培面積は約8万ヘクタールでシェアは低く(全体の約1%)、2007年に25万ヘクタールに拡大する予定だった。

ところが2006年2月に組換え食品反対運動の中心的存在である食品安全センター (Center for Food Safety) が、有力環境保護団体のシエラクラブ (Sierra Club) や有機農業団体とともに、農務省の承認手続きは国家環境政策法に違反するとして栽培承認取り消しを求めた。2007年2月、カリフォルニア州連邦地裁はこれを支持し、農務省に包括的な EIS を行うよう命じ、EIS が完了するまで組換えアルファルファの商業栽培は全面禁止とした。農務省はこの判決を受け入れ、EIS 作成作業に着手した。EIS では、経済影響、野生生物への影響、抵抗性雑草対策などを全米各州ごとに詳細に調査する。報告書は準備書 (D-EIS) で1,476ページ、最終報告書 (F-EIS) で2,468ページの分厚いものとなった。2010年12月に最終 EIS を発表するとともに、農務省は商業栽培再開にあたって2つの提案をした。1つは以前と同じように条件を付けずに自由栽培を認める案。もう1つは栽培する場合、5マイル(約8km)の隔離距離を設けることや開花前に必ず刈り取ることなどを義務付けた 「共存案(条件付き栽培承認案)」 で、農務省は共存案がより好ましいとした。

有機アルファルファは全米で約10万ヘクタール栽培されており(2009年)、全体の1.3%程度だが、この案では有機アルファルファが小面積でも栽培されている地域では実質、組換えアルファルファの栽培は不可能になってしまう。アルファルファ栽培関係者だけでなく、今後の他作物の承認にも影響するとして、生産者団体、バイテク業界は農務省の提案に反対した。年末年始をはさみ、意見募集(パブリックコメント)とともに、利害関係者を集めた説明会が開かれ、1月20日には連邦議会(下院)の農業委員会でも公聴会が行われた。前年の中間選挙で多数派となった共和党だけでなく民主党議員からも農務省の共存案に反対、疑問の声が相次いだ。「農務省は組換えアルファルファは人や環境への悪影響はないと判断し再承認した。それなのになぜ過剰なまでの栽培規制案を提案するのか」、「審査は科学的基準で行うべきで、その後の取り扱いは栽培する側の自主管理に任せるべきだ」 というのが大半の意見だった。1週間後の1月27日、農務省は共存案ではなく、条件は付けない自由栽培を認めると発表した。

アルファルファにはもう1つの裁判があった。農務省は地裁(一審)の判決を受け入れ上告しなかったが、組換えアルファルファの開発メーカーや生産者は、EIS 作成中の全面栽培禁止は不当と連邦地裁を訴えた。一審、二審では棄却されたが、2010年6月21日、最高裁は 「農務省の審査不備を指摘した点は正しいが、EIS 作成中の全面栽培禁止命令は過剰規制」 との判断を示した。2007年から4年間、全面栽培禁止が続いており、メーカーや生産者にとっては遅すぎる判決だったが、この最高裁判決は次のシュガービート裁判の扱いに大きな意味を持つことになった。

シュガービート 全面禁止にすると砂糖不足に

シュガービート(テンサイ、砂糖大根)はホウレンソウと同じアカザ科で、風によって花粉はかなり遠距離まで飛ぶ。交雑可能な他品種として、フダンソウ (swiss chard) やテーブルビートがあり、野生の雑草ビートとも交雑する。雑草ビートと交雑すると砂糖はザラメ状になり品質が低下するので、組換え品種でなくともシュガービート生産者はマイル(約1.6km)単位の隔離距離を設けるなど、栽培には注意を払ってきた。組換えシュガービートはアルファルファより早く、2005年3月に栽培認可が下りたが、商業栽培は2007年春から始まった。シュガービートは全米で約50万ヘクタール栽培されており、米国の砂糖生産の約半分を賄っている(残りの半分はサトウキビ)。アルファルファ裁判で勝訴した同じ市民団体連合(食品安全センターとシエラクラブ)は、有機農業生産者・種子業者を原告に加え、2008年1月にアルファルファと同じ理由(EISを行わず承認)で農務省を相手にカリフォルニア地裁へ控訴した。2009年9月、地裁は交雑可能な他品種(フダンソウなど)や有機栽培品種との交雑、有機農産物や輸出用種子への経済的影響評価が不十分として、原告の訴えを支持した。シュガービートの環境アセスメント書も全33ページのコンパクトなもので、農務省は一審判決に対して上告せず、早々に EIS 作成の準備に入った。

アルファルファと大きく違ったのは組換え品種の普及割合である。一審判決が出た時点で組換えアルファルファのシェアは1%弱だったが、シュガービートは商業栽培認可後の3年間で組換え品種の導入が急速に進み、2008年には約60%、2009年には約90%に達していた。メーカー側の販売戦略もあっただろうが、シュガービートは初期生長が遅く雑草との競合に弱い。生産者がいかに除草剤耐性品種に期待していたかを示す数字だ。ここで EIS が完了するまでの数年間、アルファルファと同じように組換え品種の栽培を完全に禁止するとどうなるか? 代わりの非組換え品種の種子が十分確保できず、残っている古い種子は劣化しているので、米国のシュガービート栽培は2、3割減少し、その分砂糖価格が上昇するとの推計が農務省から出された。米国は国内産業保護のため、輸入砂糖に高い関税をかけており、さらにインド、豪州などの不作で砂糖の国際価格が急騰しているおり、輸入ですべてを代替するわけにもいかない。

EIS を実施し審査をやり直すように命じた連邦地裁も、この現実を無視することはできなかった。2009年9月の判決時にも、2010年の栽培可否については決定を先送りし、2010年の栽培は継続されることになった。さらに2010年8月には EIS 作成中の商業栽培は原則禁止としながら、農務省に対してこの間の生産者への救済措置を示唆する玉虫色の見解を示した。農務省は11月、3つの案を提案した。(1) EIS 作成中は組換え品種の栽培は全面禁止、(2) 条件付き栽培を認めるが、農務省の認可・管理とする、(3) 条件付き栽培だが、開発メーカーと生産者が交雑・混入防止などを自主的に管理する、の3案だ。農務省は二番目の案が望ましいとした。

シュガービート栽培の決定は遅れた。これ以上遅れると今春(2011年)の栽培準備ができないと生産者の不満が限界に達した2月4日、ようやく農務省の示した第二案とすることで決定した。農務省案では、種子を生産する栽培と開花前に根(砂糖大根)を収穫する栽培の二つに分けて、それぞれに多くの栽培条件を課している。いずれの栽培でも太平洋岸のカリフォルニア州全域とワシントン州の19郡での栽培は全面禁止であり、他州でも開花させて種子生産する場合、有機・非組換え栽培地との間に4マイル(約6.4km)の隔離距離を求めている。しかし、組換え品種の主要生産地は中西部のノースダコタ州やミネソタ州で、種子生産もオレゴン州に集中しており、農務省案に対して種子メーカーや産業界は 「合理的で納得できる案」 との見解を示した。

しかし、食品安全センターなど裁判の原告側は納得せず、「EIS 完了前の商業栽培は一審判決に違反する」 と2月7日に地裁に再び控訴した。さらに組換えシュガービートを栽培・利用する業界側も 「農務省の規制条件には一部、非科学的で不必要な部分がある。これを削除、修正すること」 を求めて別の地裁に告訴した。シュガービートは二年生作物で、春に播種(はしゅ)し1年目は開花せず、2年目の秋に開花するが、開花前に収穫されるので、生産者から見れば、確かに農務省案は過剰規制の部分もある。これらの訴えに対して地裁がどのような判断を示すか、現時点(2011年2月末)では不明だが、EIS の完了、最終案の発表までの数年間、シュガービート裁判をめぐっていろいろな動きが続くだろう。

実際に大きな交雑・混入トラブルは起こっていない

米国でも農業専門紙以外ではあまり報じられていないが、組換えアルファルファやシュガービートの栽培によって、一般の有機栽培者や非組換え栽培者との間で交雑・混入による大きなトラブルは起こっていない。前述したように、砂糖生産用のシュガービートは開花前に収穫するし、種子栽培用では栽培地は限定され、マイル単位の隔離距離を設けている。アルファルファはミツバチによって数km先でも交雑するという報告があるが、多くの調査では50m離せば、交雑率は0.2〜0.3%だ。現在でも一般販売用の種子生産では165フィート(50.3m)、原種子保存栽培では900フィート(214.5m)の隔離距離を設けており、これによって品種純度(99%や99.5%)が保たれている。アルファルファ裁判原告の有機種子栽培者は 「一粒の交雑も認めないゼロトレランス(許容レベル0%)」 を主張しており、非現実的で常識的には受け入れられないものだ。

ビルサック農務省長官は、2010年12月30日に 「これ以上の訴訟を回避するために、組換え作物栽培者側に大幅な栽培制限を課す」 提案をした。「有機農業もバイテク農業も成長産業であり、米国にとってはどちらも大事。だから両者が折り合って共存を」 と呼びかけたものだが、提案した共存案によって 「(農務省への)訴訟を減らせる」 という期待は誤りだろう。A(アルファルファ)、B(ビート)で裁判を起こした団体は遺伝子組換え作物の栽培面積が増えることを 「遺伝子汚染が拡大している」 ととらえ、組換え作物・食品には絶対反対の立場だ。彼らが推進する有機農業は化学農薬・化学肥料とともに遺伝子組換え技術の使用を認めない生産技術だ。どんな栽培条件を提案しても、彼らには組換え作物との共存という選択肢はあり得ないだろう。2月11日にはバイオエタノール専用の組換えトウモロコシが農務省から栽培承認されたが、これに対しても食品安全センターは手続き違反で農務省を控訴する準備を進めている。A,Bの次はトウモロコシ(Corn)か、あるいはカノーラ(Canola, セイヨウナタネ)か? カノーラも昆虫によって花粉が運ばれ交雑するし雑草化しやすい性質を持っている。1990年代後半に商業栽培が承認された時の除草剤耐性カノーラの環境アセスメント書も不十分と判断される可能性はある。全米に約20万人の会員を持つ食品安全センターは専門の訴訟スタッフをそろえている。数々の環境訴訟で実績のある環境保護団体(シエラクラブ)を加えて国家環境政策法による EIS 不備で裁判に勝訴したが、今後もこの戦略で組換え作物裁判を続けるのだろうか。いずれにせよ、市民団体だけでなく、組換え推進の生産者、業界からの裁判も加わり、連邦政府・農務省を相手にした訴訟合戦はますます多様化し、今後も続くことになるだろう。

表1 アルファルファとビート裁判のうごき

  A(アルファルファ関連)  B (シュガービート関連)
2004年 4月A 商業栽培申請
10月B 商業栽培申請
2005年 3月B 商業栽培認可(2007年から栽培開始)
6月A 商業栽培認可(2005年から栽培開始)
2006年 2月A 市民団体、栽培承認取り消しを求め農務省を告訴
2007年 2月A 連邦地裁、農務省の審査手続きは不十分と原告の訴えを支持
5月A 判決確定、農務省 EIS(環境影響評価書)実施を決定
8月A メーカー側、EIS完了まで全面栽培禁止は不当と告訴
9月A 地裁、控訴棄却、メーカー側上告
2008年 1月A 農務省、EIS内容について意見募集
1月B 市民団体、栽培承認取り消しを求め農務省を告訴
9月A 二審(控訴裁)も一審判決(2007年9月)を支持、メーカー最高裁に上告
2009年 9月B 連邦地裁、原告の訴えを支持、農務省敗訴確定(2010年栽培の可否は先送り)
12月A 農務省 D-EIS(EIS準備書)を発表、意見募集
2010年 1月B 原告側、2010年の栽培禁止を求め告訴
3月B 地裁、原告の訴え棄却(2010年は商業栽培可能に)
6月B 農務省、EIS実施を決定
6月A 最高裁、EIS実施中の全面栽培禁止(地裁判決)は違憲と判断
(農務省の審査手続き不備は認める)
8月B 地裁、EIS実施中の商業栽培認めず(農務省に救済措置を示唆)
11月B 農務省、EIS作成中の救済措置案を提案、意見募集
12月A 農務省 最終EIS発表、栽培地制限を含む「共存案」も提案し意見募集
12月30日A 農務省長官、有機農業とバイテク農業の共存を呼びかける公開書簡を発表
2011年 1月A 下院農業委員会公聴会、共和党を中心に全議員、農務省の共存案を批判
1月27日A 農務省、条件無の栽培承認を決定、共存案撤回
2月4日B EIS作成中は農務省管理のもとで商業栽培可とする救済措置を決定
2月7日B 原告側、EIS作成中の栽培認可は地裁判決に反すると農務省を告訴
B 推進側生産者団体、「救済措置の一部は非科学的で違法」と農務省を告訴
A 原告側、農務省のEISは不十分と再び告訴する予定

おもな参考情報

米国農務省・動植物検疫局(2011年1月27日にアルファルファ、2月4日にシュガービートに関する文書)
http://www.usda.gov/wps/portal/usda/usdahome?contentidonly=true&contentid=2011/01/0035.xml
http://www.aphis.usda.gov/newsroom/2011/02/rr_sugar_beets.shtml

米国農務省 組換えアルファルファの商業栽培承認時(2005年6月)の環境アセスメント書(全28ページ)
http://www.aphis.usda.gov/brs/aphisdocs/04_11001p_pea.pdf (対応するURLが見つかりません。2014年10月)

除草剤耐性アルファルファ違法判決文(カリフォルニア北部地裁、2007年2月13日)
http://www.eenews.net/public/25/15283/features/documents/2010/04/15/document_pm_03.pdf (対応するURLが見つかりません。2014年9月)

米国農務省長官「バイテク作物と有機農業の共存を呼びかける公開書簡」(2010年12月30日)
http://www.usda.gov/documents/Open_Letter_Stakeholders_12-30-2010.pdf

Conko G. & Miller H. (2010) The environmental impact subterfuge. Nature Biotechnology 28(12): 1256-1258. (環境影響評価を言い訳に使う)

Stokstad E. (2011) USDA decides against new regulation of GM crops. Science 331:523. (2011/2/4号) (米国農務省、組換え作物の新規制案に反する決定)

畠山武道 (2008) 「アメリカの環境訴訟」 北海道大学出版会

白井洋一(生物多様性研究領域)

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