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農業と環境 No.139 (2011年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(7): 農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

近年、温暖化や干ばつをはじめ世界の食糧生産をおびやかす要因がますます増加する傾向にあります。一方、農業生態系や農業生産活動が水や大気に負荷を与え、好ましくない影響を及ぼすこともあります。これらは食糧生産の不安定さや価格の乱高下にも反映され、国際的にも大きな問題になっています。

このような背景のもと、実際に土地利用や作物成長がどう変動しているか、また農業生態系からの水・炭酸ガスなどがどう変動しているかを正確に把握し情報化することがますます重要になっています。これらの情報は、作物やほ場、農地の適正かつ効率的な管理、食糧安全保障や環境保全にかかわる施策を適切に行うための基礎、さらには、温暖化など地球環境変動をとらえる科学的基礎として重要な役割を果たします。

しかし、地球上の農業とそれをとりまく環境はきわめて多様で、場所による違いが大きいだけでなく、時々刻々変化しています。そのため、農業と環境のこうした変化を正確かつ広域的にとらえるうえで、宇宙から地上を観測する地球観測衛星などを用いるリモートセンシング(遠隔計測) が不可欠な役割を担っています。また、生態系スケールで炭酸ガスなどの微量ガスの流れを連続的に定量するフラックス観測が農業生態系の実際の動きを把握するうえで重要な役割を果たします。

そこで、当リサーチプロジェクトでは、農業生態系の空間的・時間的な変動をリモートセンシングやフラックス観測ネットワークによって広域的に観測し、解析し、情報化するための先進的な手法や監視・予測システムの開発をめざしています。そのため、次のような3つの課題を設けて研究を進めています。

(1) 農業生態系情報の広域評価法の開発

地球観測衛星や航空機に搭載されたセンサーや地上に設置したセンサーによって反射スペクトル(波長別の反射強度)や電波信号を計測し、それらを解析することによって、ほ場〜地域にまたがるさまざまなスケールで土地利用、作物の成長、土壌の特性などの農業生態系についての情報を精度よく広域的に評価するための新規なリモートセンシング手法を開発します。

おもな地球観測衛星(9台)(写真)

農業生態系の観測に利用するおもな地球観測衛星の例

特に、これまで農業分野で利用の進んでいない超多波長観測データやマイクロ波(電波)データ、時系列観測データから得られる波長情報・時間情報・空間情報を効果的に抽出し、土地利用・作付状況・植被特性などの変動の評価に結びつける手法やアルゴリズムを開発します。

クレーンに取り付けたカメラ、模型ヘリ、観測用飛行船、有人ヘリ、小型飛行機、人工衛星(写真)

農業生態系のリモートセンシングに用いるさまざまなセンサーとプラットフォーム

リモートセンシングとは、光や電波を感じるさまざまなセンサーを使って、数m〜数百km離れたところから対象の量や成分や機能を測る方法です。プラットフォームとは、人工衛星やクレーンなどセンサーを搭載する装置の総称です。

(2) 農業生態系のガスフラックス動態の定量評価

二酸化炭素や水蒸気、メタンなどのガスフラックスを精密かつ連続的に計測する方法をより高度化するとともに、生態系のスケールでのガスフラックスの変化を解明し、広域的な評価に結びつけるためのモデル開発を進めています。

新たなガス交換分析装置を開発し、多様な土壌における二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素などのガス交換能力と実交換量についての高精度データを収集しています。環境因子等との因果関係を解明するとともに、広域評価のためのモデル開発を進めています(左下図)。

土壌ガス代謝自動測定システム(写真)

土壌ガス代謝自動測定システム

ガスフラックス観測の拠点サイト(つくば市真瀬)(周辺の航空写真と観測機器の写真)

ガスフラックス観測の拠点サイト(つくば市真瀬)

真瀬を中心に、国内外のサイトで二酸化炭素や蒸発散のフラックスデータを収集し、炭素収支の構成要素の間の相互関係とその年々変動の特性を解析して、モデル化を進めています。また、土壌水分や残査管理等農地管理がフラックスの変動に与える影響についても解析し、モデル化を行います。さらに、ガスフラックス動態を広域に評価するため、土壌−作物−大気系のフラックス変動に関する生物的・物理的なプロセスをあらわすモデルとリモートセンシングを一体化した手法の構築に取り組んでいます(右上図)。

(3) 広域的監視・予測システムの構築

リモートセンシング手法、フラックスの地上観測ネットワーク、気象や土壌についての基盤的なデータベース、ならびに地球観測衛星による定期/緊急観測データを体系的に収集整備・利用し、農地、作物、ガスフラックスなどの農業生態系情報を広域的・動的かつ恒常的に監視し、WEB を介して有用な情報を広く迅速に提供するシステムを構築することをめざしています。

(概念図)

農耕地生態系動態の監視・予測システムの概念図

研究の成果は、農学、生態学、地球観測等の研究分野で活用されるとともに、内外の公的農業関係機関、宇宙開発関係機関や民間機関など地球観測インフラ整備・データ流通にかかわる機関、さらには食糧安全保障・地球環境施策にかかわる行政機関において下記のような役割を果たします。

a.生態系機能・環境資源等の変動解明と診断、それにかかわる施策の最適化

b.広域的な農業生産情報の収集による国内外の生産動向把握の迅速化・高度化

c.作物生産管理技術の情報化による生産体系の省力化・効率化

d.将来の観測センサー開発の基礎

(農業空間情報・ガスフラックスモニタリング リサーチプロジェクト リーダー、
生態系計測研究領域 上席研究員 井上吉雄)

(2014年4月より 農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRPリーダー David SPRAGUE)

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