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農業と環境 No.140 (2011年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 誘い寄せて報酬を与えよ −植物に学ぶ害虫管理の試み−

Nectar: generation, regulation and ecological functions
M. Heil
Trends in Plant Science 16, 191-200 (2011)

Attract and reward: combining chemical ecology and habitat manipulation to enhance biological control in field crops
M. Simpson et al.
Journal of Applied Ecology 48, 580-590 (2011)

−なぜ植物は蜜(みつ)をつくるのでしょうか?− この「なぜ」には二通りの解釈があるかもしれません。ひとつは 「どういう目的のために」、もうひとつは 「どのような仕組みで」、植物は蜜をつくるのか? と言い換えることができそうです。

「どういう目的のために」 植物が蜜をつくるのかについては、多くの人が 「花の蜜を昆虫に与える代わりに、受粉(送粉)を手伝ってもらうため」 と答えるでしょう。これはその通りですが、それだけでしょうか? 少しくわしい人ならば知っていることと思いますが、植物が蜜を出すのは花からだけではありません。植物の種類にもよりますが、植物はさまざまな部位から蜜を分泌します。たとえば、カラスノエンドウは葉の付け根からも蜜を分泌します。このような花以外の部位にある蜜の分泌腺のことを花外蜜腺と呼びます。その役割はまだ十分に解明されていませんが、おそらくアリなどに蜜を与えるかわりに、植物を食べに来る害虫を撃退してもらっているのだと考えられます。アリだけでなく他の、害虫を食べる昆虫(捕食性昆虫)や害虫に寄生する昆虫(寄生性昆虫)などが蜜を補助的な餌(えさ)として利用するかわりに、植物をまもっている可能性があります。従って、植物は 「害虫からまもってくれるボディーガード(=害虫の天敵)を雇うため」 にも蜜をつくっている と言えそうです。ほかにもまだ私たちが気づいていない蜜の役割があるかもしれません。

もう一方の 「どのような仕組みで」 植物が蜜をつくるのか についてはどうでしょう? その前に、そもそも植物の蜜にはどんな成分が含まれているでしょうか。甘い蜜に糖分が含まれていることは容易に想像できます。それから、一部のアミノ酸には甘みがあったり、それを強める働きがあったりします。また、植物種によっては、花の匂い(揮発性物質)が花弁からだけでなく蜜からも放出されていて、送粉者の誘引に一役買っていることが明らかになってきました。一方で、栄養が豊富な蜜には微生物が増殖するかもしれません。また、受粉を手伝わずに蜜を盗み食いする者(盗蜜者)も現れそうです。これらの対策として、植物は抗菌性のタンパク質や盗蜜を防ぐ忌避物質なども一緒に分泌していることがあります。このようにさまざまな物質からなる蜜の分泌は、多くの場合、日周リズムに合わせて調節されています。これは、利用者の活動時間に合わせて蜜をつくるように進化してきた結果と思われます。また、葉が害虫にかじられると、花外蜜腺の分泌量が増加することが知られており、これには植物ホルモンのひとつであるジャスモン酸という物質がかかわっています。

植物は、害虫などの被害で傷を受けた際にそのストレスが引き金となって、害虫の摂食を妨げる物質や毒となる物質、はたまた害虫の天敵を誘い寄せる揮発性物質などを誘導的に生産することが知られています。ジャスモン酸は、これらの植物の防衛に関わる多様な物質群の生産を調節していて、花外蜜腺の制御にも関わっています。また、植物の発生の過程においても花芽の形成に関与し、最近では、花蜜の分泌にも他の植物ホルモンと一緒にジャスモン酸が働いていることが報告されています。

Heil 氏は、ここに取り上げた総説論文のなかで、上述した植物が複雑な組成の蜜をつくって分泌を調節する仕組みと、植物の蜜が果たす生態学的な役割について、互いに関連づけながら詳しく紹介しています。すでに見てきたように、「どういう目的のために」 と 「どのような仕組みで」 という問いについて、双方を行き来しながら考えることで、より深い理解が得られるはずです。それでは、こうした植物のしくみや働きに関する理解をどのように農業に生かすことができるでしょうか? その一案として “attract and reward” のアプローチを試みた Simpson 氏らの研究を次に紹介します。

近年の農業では、化学農薬によって多くの害虫の防除を実現していますが、その一方で、抵抗性を獲得した害虫の出現や農薬の残留性などの問題が生じてきました。そこで、化学農薬の使用量を減らすために注目を集めているのが、害虫を食べる天敵たちです。害虫にかじられた植物が放出する匂いに天敵が誘い寄せられることを述べましたが、Simpson 氏らのチームは、この匂いの成分で天敵を誘引 (attract) しようと試みました。直感的に考えれば、これで畑にやって来る天敵の数は増えそうですが、餌となる害虫がいなければ、空腹になった天敵はすぐによそに去ってしまうかもしれません。そこで、かわりの餌となる花の蜜を与えることにしました。あらかじめ蜜という報酬 (reward) を与えて天敵を畑の周辺にとどめておき、害虫が発生したらすぐに活躍してもらおうというわけです。

Simpson 氏らは、蜜の量が多いソバの花を畑に隣接して育てました。加えて、被害植物が出す匂い成分を作物に散布し、畑にやって来る天敵の数を調べました。すると、これらの方法を試みた多くの畑で (とくに“reward” を与えた場合に) 寄生蜂や捕食性昆虫などの天敵種が増加しました。この技術を農業の現場で利用するためには、さらに害虫が減り、作物の被害が減ることも示す必要があります。この論文では、トウモロコシ畑で害虫であるヤガの仲間の幼虫が減り、穂の部分への被害が減ったと報告されています。しかしながら、他の作物についてはそうした結果が十分に示されていません。作物の種類や時期によっては、天敵が増える効果があまり明確でない畑もありました。今後、散布する匂いの成分を変え、ソバ以外の蜜源植物も検討しながら、さまざまな作物種で同様の試験を行い、害虫管理に成功する条件を洗いだして、情報を蓄積していく必要がありそうです。

一般的に、害虫も天敵も皆殺しにしてしまう化学農薬と違って、“attract and reward” のような複雑な方法では、結果を容易に解釈できないところが難点です。それでも、化学農薬などの使用によって環境に与える負荷を低く抑えるには、このような生物的害虫管理の手法の導入が不可欠となってくるでしょう。そして、私たちが安心して食べられる食料を得るために、植物自身が兼ね備えている機能をうまく活用し、また、地域の農生態系の周辺に存在する植生や土着の天敵の助けも借りるなどして、多様な要因を総合的に考慮した上で選択できる、さまざまな害虫管理技術を準備し、それらを磨き上げていくことが望まれます。

(生物多様性研究領域 釘宮聡一)

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