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農業と環境 No.143 (2012年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 植物体上に生息する「ただの菌」が病原菌から植物を守る

Protection of Arabidopsis thialiana against leaf-pathogenic Pseudomonas syringae by Sphingomonas strains in a controlled model system
G. Innerebner et al.
Applied and Environmental Microbiology 77, 3202-3210 (2011)

植物には多数の種類の微生物が、植物に害を与えることなく生息しています。植物病原菌や窒素固定菌など作物に重要な微生物の生態や、それら微生物と植物との相互関係については、これまで多くの研究がありますが、それら以外の植物生息微生物の生態や植物との関係については、不明な点が多く残されています。

しかし、近年、分子生物学的研究などの進展により、植物に多数生息する一見「ただの菌」の生態や、「微生物と植物」の相互関係、さらには「植物と微生物と昆虫」の三者の関係などが明らかになってきました。

ここでは、植物病原菌によって起こる植物の病気の抑制に「ただの菌」が関与していることを報告している論文を紹介します。

Innerebner 氏らは、アラビドプシス(シロイヌナズナ)に、植物の病原細菌である Pseudomonas syrinage pv. tomato DC3000 株を接種し、植物生息細菌として知られている Methylobacterium 属と Sphingomonas 属の細菌が、病原菌の葉での増殖や病徴発現を抑制するかどうかを調べました。その結果、Methylobacterium 属細菌では発病抑制効果は見られないが、Sphingomonas 属の一部の細菌が明瞭な発病抑制効果を示すことを見つけました。興味深いことに、Sphingomonas 属の複数の細菌のうち、植物から分離された細菌の多くでは発病抑制効果が見られたのに対して、空気中やダスト、あるいは水から分離されたものには発病の抑制が見られませんでした。

このことから、Innerebner 氏らは、「植物を守る」ことは植物上に生息する Sphingomonas 属細菌には共通の現象であるが、すべての Sphingomonas 属細菌で言えることではないようだ、と考察しています。これら Sphingomonas 属細菌について、食べ物の比較、すなわち炭素源の利用能などを解析したところ、「植物を守る」細菌とそうではない細菌の間で違いがあることがわかりました。このことから、食べ物についての競合が、Sphingomonas 属による植物保護において重要な役割を果たしているかもしれないが、同時に、他のメカニズムも排除されることを意味しているのではない、と慎重な考察をしています。

この研究は、2つの興味深いことを示していると思われます。ひとつは、「ただの菌」と考えられてきた植物生息細菌が、実は、植物を病害から守るという重要な役割を果たしているかもしれないことです。作物には Sphingomonas 属細菌以外にも多くの細菌が生息することが知られており、同様の機能をもつ細菌がまだまだいるかもしれません。植物にいつも生息している「ただの菌」をうまく活用することによって、環境にやさしい病害防除が可能になるかもしれません。

ふたつ目としては、同じグループ(ここでは Sphingomonas 属)の細菌であっても、植物上に生息する細菌と他の環境中に生息する細菌では機能が異なっていたことです。植物は、その長い進化の過程で、自分を病気から守るために有利な細菌を住まわせるようになったのかもしれません。それは、「ただの菌」と「植物」の関係を調べることが、新しい農業生態系の管理、病害制御技術の開発に重要であることを示唆していると思います。植物に生息する「ただの菌」のインベントリー(目録)の構築と、「ただの菌」と植物(あるいは昆虫も含めた)との相互作用に関する研究が望まれます。

(農業環境インベントリーセンター 對馬 誠也)

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