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農業と環境 No.145 (2012年5月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 323: 「科学的思考」のレッスン − 学校では教えてくれないサイエンス (NHK出版新書 365)、 戸田山和久 著、 NHK出版 (2011年11月) ISBN978-4-14-088365-5

科学を仕事としない「市民」が科学と付き合うために必要な、科学の見方・考え方、科学的な情報の受け取り方を解説する本である。科学的な思考方法、科学技術と社会の関係などについてさまざまなトピックをとりあげ、難解な専門用語をほとんど使わずに、わかりやすく解説している。市民だけでなく、研究者や技術者が、自分の仕事と社会とのかかわりを再確認することにも役立つと思われる。

本書の約3分の2を占める第1部では、「科学とはどんな活動か」、「科学的に考えるとはどういうことか」など、科学に関する基礎知識(科学リテラシー)が語られる。

科学者ではない市民が、科学について議論したり判断したりしなければいけないときには、「科学が語る言葉」より「科学を語る言葉」(理論、仮説、観察、説明、原因、モデル、検証など)を知らなければならない。「科学が扱っているのはすべて理論であって、その中により良い理論と、あまり良くない理論がある」と科学者は考えていること。そして、「理論をほんの少しでもよりよいものにしていくこと」が科学の目的だと著者は述べる。さらに、「危険か、安全か」の両端を考えるのではなく、安全と危険の間のグレーな領域で、どのようにリスクを減らすか、いろいろなリスクをどのように扱うべきかが重要だという(第1章)。

科学が目標とする「より良い仮説/理論」について、ニュートン力学(地動説)やプレートテクトニクス説の受容の経過などを例として説明し(第2章)、科学における「説明」には3つのパターン ((1)因果関係を明らかにして原因を突き止めること、(2)一般的・普遍的な仮説や理論から特殊。具体的なケースを導くこと、(3)現象や性質の正体を明らかにする) があると解説する(第3章)。

第4章から第6章では、理論や仮説をどのように作り、確認していくかを解説する。新たな仮説を立てるために、非演繹的な(誤っているかもしれない)推論方法である(1)帰納法、(2)投射、(3)類比、(4)アブダクションを使う。その仮説から導かれるはずの予言を(5)演繹(えんえき)によって導き出し、その予言が正しいかどうか調べることで仮説を検証する。このような仮説の確認手順を(6)仮説演繹法と呼ぶ(第4章)。仮説を検証するためには、反証条件が明確に示されることが重要であり、あいまいな言葉で示された仮説は検証ができない(第5章)。仮説を検証するための実験では、特定の条件だけを変えて他の条件はまったく同じ「対照実験」を設定する必要がある。相関関係は誤って使われることが多く、扱いには注意が必要である(第6章)。

後半の第2部では、なぜ市民に科学リテラシーが必要かを解説した後に、さまざまな情報をどのように受けとり、判断したらよいかについて、原発事故後の被曝リスクを具体例として解説している。

「科学・技術だけによっては解決できない問題」があることが、次の3種類に整理して紹介される。

(1)科学・技術自体が希少資源であるための問題(技術の恩恵の配分方法をどうするか、だれのために使うか)

(2)「トランス サイエンス」の問題(科学に問いかけることはできるが、科学によって答えることができない問題)

(3)科学・技術自体が問題となるかもしれないこと(社会への影響や将来の安全性など)

社会的な意志決定のために、市民は、科学・技術の特性を知り、科学者たちの活動を評価・批判し、専門家の信頼度をチェックしなければならない。そこで重要なのは、「科学の知識」よりも「科学についての知識」である(第7章)。

第8章では、市民が科学情報を読み解くための具体的な「科学リテラシー」について、原発事故後のさまざまな報道や議論を例として解説されている。ここにはそのいくつかを紹介する。

○1つの情報源に頼らない

○喩え(たとえ)による「分かりやすい」説明だけで満足しない

○「分からないこと」が「分からない」と正しく伝えられているかチェックする

○科学が不確実なことがらを扱うときには、かならず「外挿(がいそう)」や「推定」が含まれていることを知っている

○不確実な科学領域には、つねにいくつもの異論が並立していることを知っている

○ヒトのリスク認知には独特のゆがみがあることを認識し、数値化したリスクを参考にする

科学・技術の「安全」と「安心」について、安全は科学で決着のつく理性的問題、安心は理性では決められない心や感情の問題とされることが多いと著者は述べる。しかし、安全は「今」のシステムが適切かどうか、安心はそのシステムが「将来」も維持できるかどうか、すなわち「システムの維持可能性の問題」であり、「科学なしには解決できないが、科学だけでは解決できない問題」にあたると、著者は結論している。

目次

はじめに

第 I 部 科学的に考えるってどういうこと?

第1章 「理論」と「事実」はどう違うの?

「科学が語る言葉」と「科学を語る言葉」
クリエーショニスト・ステッカーの運動
「インテリジェント・デザイン」の戦略
進化学者はどう応えるか?
「理論/事実」の二分法で考えてはいけない
二分法的思考はヤバイ

第2章 「より良い仮説/理論」って何だろう?

真理に近いのが良い理論か?
プトレマイオスの天文学とニュートン物理学
なぜニュートン力学のほうが良い仮説なの?
「より良い仮説/理論」の三つの基準
地向斜造山論の難点
プレートテクトニクスによる日本列島形成論
プレートテクトニクス理論の汎用性
縞模様の謎、トランスフォーム断層の謎
プレートテクト二クスはなぜ良い理論なの?

第3章 「説明する」ってどういうこと?

原因を突き止める
なぜニュートンは偉いのか
天上の物理学――ケプラーの業績
地上の物理学――ガリレオの業績
ニュートン的総合!
正体を突き止めること
三つの説明に共通点はあるか
科学の理念としての還元主義と統一
超心理学はなぜ科学の仲間入りできないのか

第4章 理論や仮説はどのようにして立てられるの?
どのようにして確かめられるの?

正しい科学的説明であるためには
生命の発生をどう説明するか
個体発生は系統発生を繰り返す?
四つの非演繹的推論
四つの推論の共通点は?
なぜ私たちは非演繹的な推論をするのか
演繹とその特徴
なぜ私たちは演繹をするのか
二種類の推論を合体するとすごいパワーが!――仮説演繹法
恐竜絶滅の原因を推論する
仮説の確かめについて言っておくべきこと

第5章 仮説を検証するためには、
どういう実験・観察をしたらいいの?

頭のなかの規則を当てるゲーム
検証条件と反証条件
四枚カード問題
「疑似科学」と反証条件
科学的心理学と民間心理学
操作的定義というテクニック
十九世紀末からの心霊ブーム
超心理学と実験者効果
カール・ポパーによる線引き
相対性理論、否定される?
反証例が生じてもすぐに仮説や理論は捨てられない
補助仮説に注目を

第6章 なぜ実験はコントロールされていなければいけないの?

実験群と対照群
微生物に関する自然発生説論争
自然発生論争の決着
人間相手の実験をコントロールするのはけっこう難しい――二重盲検法の話
「四分割表」的思考のススメ
重要なのは高い確率ではなく相関だった
「脳科学」の危うさ
系統誤差と確率誤差
サンプリングをまちがってはいけない
相関から因果関係への推論は慎重に
相関から因果を推論できるか 地球温暖化問題の例
文部科学省のカン違い
マボロシの相関関係
第 I 部のまとめ

第 II 部 デキル市民の科学リテラシー
――被曝リスクから考える

第7章 科学者でない私が
なぜ科学リテラシーを学ばなければならないの?

本章で考える問い
第一の問題:残念ながら科学じたいが人間の希少資源である
第二の問題:トランス・サイエンスな問い
第三の問題:科学・技術じたいが問題になる
素人さんも共犯者
「なぜ科学リテラシーを学ばなければならないの?」への回答
市民の科学リテラシーは知識量にあらず
どうやって科学リテラシーを役立てるのさ?
コンセンサス会議という実験
誰が問題を立てるのか――遺伝子組み換え作物を例に

第8章 「市民の科学リテラシー」って具体的にどういうこと?

科学情報をどう読み解くか
「一〇〇ミリシーベルトで健康に影響が出る」とは?
ベクレルとシーベルトってどういう単位なのか
「分かりやすさ」の落とし穴
線量限度についての考え方
線形閾値なしモデル
線形閾値なしモデルをどう解釈し伝えるか
「安全は科学的に決着のついている話」なのか?――線量限度をめぐる論争
リスク評価の答えは一つに決まらない
グレーな領域でどうリスクをとるか
安全と安心の違い
「安心」は心の問題ではない
原子力発電という問題群
リスク論争は何に根差しているか

終章 「市民」って誰のこと?

「原発文化人」叩きの不毛
説得のレトリックが機能しない
脱パターナリズムへの転回
ここに市民がいた!

「科学的に考えるための練習問題」解答

さらに進んだ読書のために

あとがき

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