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農業と環境 No.148 (2012年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

公開シンポジウム 「阿蘇の草原に生きる植物と土壌〜わかってきた植物ごとに好きな土壌〜」 が開催された

独立行政法人農業環境技術研究所は、2012年6月2日(土曜日)、熊本県阿蘇市の国立阿蘇青少年交流の家において、「阿蘇の草原に生きる植物と土壌〜わかってきた植物ごとに好きな土壌〜」 と題した公開シンポジウムを開催しました。

ここでは、このシンポジウムでの話題を簡単に紹介します。

日本の自然環境下においては森林が広がるはずのところですが、阿蘇では、人の手が加わることによって数千年もの長期間にわたって草原が維持されてきました。このような環境では、そこに適した生態系が築かれており、ほかの環境では維持されない生物群が、いのちを繋(つな)いでいます。

カワラナデシコ(写真)

カワラナデシコ(撮影 平舘俊太郎)

オミナエシ(写真)

オミナエシ(撮影 平舘俊太郎)

たとえば、カワラナデシコやオミナエシ(写真参照)といった草原生の多年生植物たちは、発芽したその年に開花・結実するとは限らないにもかかわらず、木本植物の陰になると生育が困難になってしまいます。このため、これらの植物種の維持には、連続的かつ適度な人為的撹乱(かくらん)が必要であり、草原環境に依存していると言えます。このような植物たちは、かつて草原が積極的に利用されていた時代の日本では身近に見られた植物でしたが、現代の日本では草原がほとんど利用されなくなったため、その分布は著しく減少しています。

阿蘇には広大な草原が今でも広がっており、このような草原生植物の生育地として貴重な環境となっています。加えて、ハナシノブ、マツモトセンノウ、ヒゴタイ、ヒメユリ(写真参照)といった草原生の絶滅危惧(きぐ)植物の生育地としても大変重要な存在となっています。

ハナシノブ(写真)

ハナシノブ(撮影 横川昌史)

マツモトセンノウ(写真)

マツモトセンノウ(撮影 横川昌史)

ヒゴタイ(写真)

ヒゴタイ(撮影 横川昌史)

ヒメユリ(写真)

ヒメユリ(撮影 横川昌史)

しかし、たんに草原環境を保てば、このような在来の草原生植物は十分に保全されるのでしょうか? じつは、そう単純ではありません。草原の環境をつくってみても、セイタカアワダチソウ(写真参照)などの外来種によって占領されてしまうなど、思うように在来の草原生植物が戻ってきてくれない例がたくさんあります。

なぜ外来植物がはびこってしまい、なぜ希少な在来植物が思うよう戻ってきてくれないのか、この原因について農業環境技術研究所のグループでは研究を重ねてきました。その結果、原因の一端は土壌環境にあることがわかってきました。すなわち、セイタカアワダチソウなど多くの外来植物は、乾燥地で進化してきたものが多く、土壌のpHが高く、富栄養的な環境を得意としています。これに対して、オミナエシなど多くの在来植物は、日本の酸性土壌の環境で進化してきたと考えられ、日本のもともとの土壌環境、pHが低い (酸性が強い) 貧栄養的な環境を得意としていることがわかってきました。

セイタカアワダチソウ(写真)

セイタカアワダチソウ(撮影 横川昌史)

これらのことは、それぞれの植物種がどんな土壌環境に分布しているかを調べたり、それぞれの植物種がどんな体内栄養元素組成を持つかを調べたりすることによって確かめられています。また、野外でセイタカアワダチソウが蔓延する場所の土壌のpHを下げたところ、土壌pHを下げた場所だけ在来植物であるチガヤが優占し、土壌pHを下げなかった場所では依然としてセイタカアワダチソウが蔓延し続けることを観察しました。このことは、草原として管理しても、土壌特性を適切に制御しなければ、目的とする植物を保全することは難しいということを意味しています。

それでは、どのような管理を行えば、オミナエシなど分布が縮小している植物を保全できるでしょうか。それには、定期的に刈り取りなどを実施することにより草原的環境を保つこと、土壌が過度に富栄養的にならないように注意すること、肥料成分などが混入しないように注意すること、貧栄養的な状態を保つこと、などが重要になってきます。いったん、改良草地としてしまった場所では、投入したリン酸肥料や石灰資材の影響が非常に長く続くため、長い期間、外来植物がはびこり続ける危険性があります。これに対して、改良草地としての利用履歴を持たない半自然草原 (刈り取りなど伝統的な管理によって維持されてきた草原) は、在来植物の保全に適した場所である可能性が高いと考えられます。

草原を貧栄養的に保つ上でもっとも効果的な管理は、草原に生える草を刈り取り、持ち出すことであると考えられます。野焼きや放牧も、やや効果は小さいものの、同様な効果があると考えられます。森林として管理すると、土壌表層に養分が蓄積されるなど、やや富栄養的な環境となるようです。肥料や土壌改良資材を大量に投入する改良草地は、もっとも富栄養的であり、多くの在来植物の保全にとって不適であると考えられます。阿蘇のいくつかの草原では、草の刈り取りと持ち出し、野焼き、放牧といった伝統的な管理によって、今でも草原が維持されています。

草原を貧栄養的に管理すると、在来植物の保全にとってはプラスの効果が期待できますが、草地の生産性を考えると必ずしもプラスとはなりません。すなわち、改良草地に比較すると、従来の半自然草原では草の生産量は劣ります。それでも在来植物の保全を考えてほしいと思う理由は、草地や農地における窒素やリンといった植物栄養元素の循環を健全な状態に保ってほしいと願っているからです。つまり、肥料や土壌改良資材の投入は、一時的に草地や農地の生産性を上げることはできても、持続的ではありません。肥料や土壌改良資材の原料が枯渇してしまえば成り立ちませんし、資源が枯渇しなくても、過剰投入によって草地や農地、ひいては私たちの身近な環境を変えてしまう危険性があります。

在来植物が保全される環境とは、健全な物質循環を反映してはじめて成り立つものであると考えることができるようです。逆に、外来植物が蔓延する環境とは、物質循環において何らかのアンバランスが生じており、そのために従来とは異なった生態系が出現しているものと捉えることができるかもしれません。

農業環境技術研究所の研究グループでは、阿蘇をはじめとして日本全国に分布する数多くの草原を調べることによって、このような在来植物が維持されるメカニズムとその重要性などを明らかにしました。この貴重で価値ある草原が、これからも伝統的な管理のもと、次世代へと長く引き継がれていくことを願っています。

公開シンポジウム 「阿蘇の草原に生きる植物と土壌〜わかってきた植物ごとに好きな土壌〜」

主催:独立行政法人農業環境技術研究所

共催:阿蘇草原再生協議会公益財団法人阿蘇グリーンストック

参加者数:約80名

プログラム:

開会挨拶  井手 任 (独立行政法人 農業環境技術研究所 研究コーディネータ)

1.阿蘇の草原が持つ価値とその危機

横川昌史(京都大学大学院 農学研究科)

2.植物と土壌の間の切っても切れない関係

平舘俊太郎(独立行政法人 農業環境技術研究所)

3.阿蘇の植物の分布と土壌特性の関係:とくに盆花やセイタカアワダチソウについて

小柳知代(早稲田大学)

4.阿蘇の植物が必要とする栄養分について:とくに盆花やセイタカアワダチソウについて

森田沙綾香(独立行政法人 農業環境技術研究所)

5.草原の管理に向けて:刈取りや野焼きなどの伝統的管理が阿蘇の野草を守る

楠本良延(独立行政法人 農業環境技術研究所)

6.総合討論

司会&総合コーディネータ:

高橋佳孝(独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センター)

平舘俊太郎(独立行政法人 農業環境技術研究所)

本公開シンポジウムは、環境省・環境研究総合推進費プロジェクト 「野草類の土壌環境適性の解明と再生技術の開発」(D-1001) の補助を受けて実施したものです。

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