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農業と環境 No.156 (2013年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 332: 重金属のはなし ―鉄、水銀、レアメタル (中公新書)、 渡邉 泉 著、 中央公論社(2012年8月) ISBN978-4-12-102178-6

人類による重金属の利用は、自然に産出する金属の宝石や顔料、化粧品としての利用から始まり、銅、そして鉄へと拡大していった。産業革命以来、さまざまな重金属が広くわれわれの生活を支えるようになり、今日では触媒、燃料電池、太陽電池、半導体や磁性材料などの最重要素材として、レアメタルの持つさまざまな性質が利用されるようになっている。一方で、水俣(みなまた)病やイタイイタイ病のように、悲惨な公害病も引き起こしてきた。今後、人類は重金属とどのようにつきあっていけばいいのか。幅広く考察し、問題を提起する。以下、内容の一部を紹介する。

生命にとって必須元素としての重金属は、酵素の活性中心、エネルギーの貯蔵、細胞の浸透圧調整などの重要な生理機能を果たしている。生命と重金属の関係を理解するためには、宇宙と地球の歴史、そして生命の誕生から今に至る進化の過程との関連で考えることが有効である。

元素は、ビッグバンにより生まれた水素とヘリウムがその後の宇宙を構成する元素の材料となり、核融合により次第に大きな元素が作られていった。その結果、宇宙における元素の存在割合は、基本的に小さい元素ほど多く、重くなるほど少なくなる。例外は鉄で、その存在量は重金属の中で突出して多い。

地球史上の大事件も、生命と重金属の関係に大きな影響をもたらしてきた。20数億年前、酸素発生型の光合成により大気中に酸素が蓄積し、酸素呼吸が出現すると、毒性の強い活性酸素種やフリーラジカルを消去する抗酸化メカニズムが必要となり、そのため、銅、亜鉛、マンガン、鉄などの重金属を多量に取り込み、抗酸化反応に利用するようになった。

生命は陸上に進出する数億年前までは、海の中で暮らしていたが、海水の元素組成と人の血漿(けっしょう)中の元素組成を比べると、海水のナトリウムやカルシウムの濃度は血漿中のそれらの濃度よりも数倍高い。これは、大陸形成後に、これらの無機元素が大陸や地殻から海に溶け出したためと考えられる。そのため、生物は原始環境を維持した細胞内を守るため、カルシウムやナトリウムを細胞外に排出するとともに、それらの安定した電位を利用することで多細胞化した細胞間や細胞内の情報伝達に利用している。

一方、近年の人間活動は、重金属を掘り起こして身の回りにあふれさせる結果となり、それにより甚大な重金属中毒を引き起こしてきた。第3章から第6章までは、そうした水銀、カドミウム、鉛、ヒ素、それぞれに関する各論である。水俣病、イタイイタイ病、土呂久(とろく)鉱山のヒ素公害など、いずれも原因の特定までに長い時間を要し、その間に多くの犠牲者を生じてしまっている。

第7章では必須(ひっす)元素による環境汚染や中毒事件について、また、レアメタルの鉱山資源と複合汚染、自然破壊の問題についてである。レアメタルは、毒性に関する知見が乏しいものも多く、そうした中、メジャーと呼ばれる金属資源の大企業やその手先のジュニアと呼ばれる多数の小企業が途上国でレアメタルの乱開発を繰り広げており、かつてわが国の鉱山開発で起きた悲劇の繰り返しを警告する。

第8章ではわが国の重金属対策の現状と問題点を指摘し、今後を展望する。今後、包括的な化学物質対策がとられるようになると、多量の化学物質による影響ではなく、微量な暴露(ばくろ)が長期に及ぶ慢性中毒が問題となる可能性が高いこと、また、単独の化学物質ではなく、複数の物質の複合的な影響となって現れる可能性を指摘する。レアメタルに関しては、新たな汚染が懸念される一方で、エネルギー問題の解決や医療での利用など、社会が抱える重要な課題を解決するためのツールとしての役割も期待されている。

人類は今後重金属とどうつきあっていけばいいのか、そのことを考える上で、有益な一冊である。

目次

第1章 産業の最重要素材 ―人類の歴史を牽引した重金属

第2章 からだと重金属 ―必須性と毒性

第3章 水銀 ―古くて新しい地球規模の汚染

第4章 カドミウム ―日本発の食糧汚染

第5章 鉛 ―野生動物を直接死に至らしめる環境汚染物質

第6章 ヒ素 ―毒の代表選手

第7章 必須元素とレアメタルによる環境汚染

第8章 悩ましい存在と生きる ―重金属対策の今後

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