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農業と環境 No.161 (2013年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第52回 米国線虫学会年次大会 (7月 米国) 参加報告

せいぜい体長数ミリメートルの種が多いため、線虫という生物を身近に感じる人は少ないでしょう。しかし、線虫は山の上から海の底まで、熱帯から北極・南極にまで生息し、さらに、多くのほ乳類、鳥類、魚類、昆虫類などにも寄生しており、地球上の多細胞動物の中ではもっとも種数が多いであろうと言われています。そのため人間とのかかわりも多様で、関連する学会も、医学系(人体寄生性種)、獣医学系(家畜寄生性種)、水産学系(魚類寄生性種)、農学・林学系(植物寄生性種)、土壌生態学系(陸生自由生活性種)、海洋生態学系(海産自由生活生種)、さらに遺伝学や生理学のモデルとしての線虫を専門に扱う学会まで多岐にわたります。日本の線虫学会はこれらのうち農学・林学系の研究が中心ですが、今回私が参加した米国線虫学会の年次大会(Society of Nematologists 52nd Annual Meeting)は、農学・林学系の研究を中心としつつも、土壌生態学系の講演も比較的多く、私としては楽しめました。

(写真)

会場入口に置かれた線虫の写真
高さ2メートル。最新の撮影技術により線虫体内の構造が鮮明に再現されている。

DNA配列を効率的に読み取れる次世代シーケンサーが普及しつつあることを背景に、線虫研究でも植物寄生性種やシーエレガンスなどモデル線虫を中心に、線虫の生存や、宿主植物との相互作用を遺伝子レベルで解明するような研究がはやりつつあることは米国でも日本でも同じですが、そこはやはり米国の学会のふところの広さで、ほ場の栽培管理の方法と線虫の発生消長との関係や、天敵微生物を用いた植物寄生性線虫の防除など、古くからあるが解決されていない分野も、しっかりと継続されているところはさすがだなと感じました。

また、民間企業がいくつも参加し、成果や商品を盛んにアピールしていた点も日本の学会とは異なりました。たとえば、主根が非常に長く、深部の土壌養分を吸い上げて表層土壌に供給する機能を持つダイコン品種を開発した企業、線虫防除に有効だが培養困難だとされていた天敵微生物の人工培養に成功した企業、独自開発のアダプターを取り付けるだけで安価な顕微鏡でも高画質の線虫の動画を撮影できるとアピールする企業などです。それぞれの製品開発には多くの困難があったはずで、それを克服しての商品化に敬服しました。一方でこんな話も聞きました。米国では土壌浸食などを避けるために不耕起栽培を取り入れている場合がありますが、ここでも民間企業が活躍しているようです。不耕起栽培では雑草が生えやすく、その防除に除草剤を使う。ならば、それに耐えられるように遺伝子を改変したGM作物を栽培すればよいとのことで、企業が薬剤とGM種子とをセットで売り込もうとしているそうです。米国の企業は良くも悪くも活発です。

日本の学会で行われる、農耕地の栽培管理に関する研究発表では、ほとんどが植物寄生性の線虫種についてしか調べていません。植物寄生性線虫は線虫種の中で農業生産への影響がもっとも大きく、それだけを調査するのが研究の上でも効率的かもしれませんが、土壌中には微生物や動物を食べる自由生活性の線虫種も数多く生息しています。こうした線虫種の組成から土壌生態系の情報を得ようとする態度を欧米の研究者は持っています。たとえば、有機物の分解にかかわる線虫種の多寡(たか)から土壌養分の状態を推定したり、肉食性線虫の多寡から食物網構造の発達を推定したりすることを試みています。このような情報は、直接的に、明確に作物生産に役立つものではないかもしれませんが、持続的なほ場管理を行う上では有益なものではないでしょうか? 私も、植物寄生性の線虫種のみでなく、「その他おおぜい」 の線虫種についてもできるだけ調査したいと考えています。

今回、私は、科学研究費補助金(科研費)で実施中の 「地球温暖化が水田の土壌食物網に及ぼす影響の解明」 という演題で発表しました。開放系二酸化炭素増加 (FACE) 実験施設を設置した水田 ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/outline/face/ ) で行った2か年の調査の結果です。湛水期間中に、生産者(水稲根)、消費者 (微生物、線虫) に50年後のCOと気温の増加がどのように影響するかを調べたところ、CO増加の影響は生産者止まりで、消費者にはほとんど届いていませんでした。しかし、気温増加(実際にはヒータにより水温を操作)の影響はすべての生物に同時にかかり、生産者のバイオマス(生物量)は増加、消費者のバイオマスなど(微生物バイオマスや植物寄生性線虫の密度など)はかえって減少していました。将来の温暖化で水田土壌の微生物や線虫は減少するのかもしれません。米国の研究者はこうした研究を評価してくれましたが、研究の内容よりも FACE の実験装置やデータの量に興味を持つ人が多かったようです。自由生活性の種も含め種別に線虫の密度を推定する作業には労力がかかりますが、さいわい作業の速い研究補助員のおかげで短い期間で発表にこぎ着けることができました。今後は高温による線虫の増殖などの抑制について、室内試験でさらに調べていきたいと考えています。また、今回の発表については現在論文にまとめており、今年度中に発表したいと考えています。

(生物生態機能研究領域 岡田浩明)

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