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農業と環境 No.163 (2013年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

放射能モニタリング調査 −原発事故後の対策に活用− (日本農民新聞連載 「明日の元気な農業への注目の技術」 より)

放射能モニタリング調査

農業環境技術研究所(農環研)では、大気圏内核実験や原子力施設事故による放射能汚染の状況を知るために、全国の農業関係試験研究機関の協力を得て、九州から北海道まで、米14地点と麦(主に小麦)7地点の定点ほ場を設け、収穫された作物とその栽培土壌に含まれる放射性物質濃度(セシウム137とストロンチウム90)を50年以上にわたって毎年調査しています。

セシウム137濃度(全国平均)の推移(グラフ)

米と土壌のセシウム137濃度(全国平均)の推移

図に1959年からの米と土壌のセシウム137濃度の全国平均値を示しました(2011年は玄米と土壌の値のみ)。東京電力福島第一原子力発電所事故 (東電原発事故) 後、玄米と土壌のセシウム137の濃度は著しく高くなり、土壌の濃度は1960年代の大気圏内核実験の時期よりも高い値を示しました。しかし、玄米の放射能濃度はその時期よりも低く、玄米は土壌ほどに汚染されなかったことがわかります。これは、大気圏内核実験の時期には放射性セシウムが年間を通じて降下し、生育している稲の穂や葉が直接汚染されたのに対し、東電原発事故は田植え前の3月に起こったため、直接汚染が起こらずに、放射性物質が土壌から供給される間接汚染が主となったことによると考えられます。一方、原発事故の時期にほ場で生育途中だった麦は、米の20倍の濃度を示しました。また1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故の時にも、日本では米ではなく、麦に顕著な影響が現れました。これらは降下する放射性セシウムによって、麦が直接汚染を受けた結果と考えられます。

移行係数決定の根拠に

直接汚染がなく土壌経由の間接汚染のみが考えられる場合、作物の放射能濃度を予測する上で重要な意味を持つのが 「移行係数」 です。放射性セシウムの移行係数は、[作物中の放射性セシウム濃度]/[土壌中の放射性セシウム濃度] で求められます。原発事故後に、さらなる放射能の大量放出がなければ、その年に栽培される米の主要汚染経路は間接汚染であると考えられました。米の放射性セシウム濃度が2011年3月に定められた暫定規制値500ベクレル/kgを超えないためには、作付け制限が必要な水田土壌の放射性セシウム濃度を早急に決定する必要がありました。この決定に使われたのが農環研で継続している放射能モニタリング調査です。大気圏内の原水爆実験が行われなくなった後も放射能調査を継続していたことで、放射性物質の供給源がほぼ土壌だけという状況で、地域・土壌・品種などの条件が異なる水田での米の放射性セシウムの移行係数を算出することができました。これが、原子力対策本部が水田土壌中の放射性セシウムの米への移行の指標を 0.1 に決定する根拠となり、これから作付け制限が必要な水田土壌の放射性セシウム濃度 5000 ベクレル/kgが求められました。

平常時の調査により不測の事態に備える

現在、農環研のホームページでは、2010年度までの放射能モニタリングのデータを提供しており、全国の平均値の推移を見ることができます( https://vgai.dc.affrc.go.jp/vgai-agrip )。原発事故以降も放射能モニタリングを継続しており、2011年のデータもまとまり次第追加する予定です。現在解析中の結果から、放射性セシウムについては、原発事故の現場から 400 kmよりも遠い場所では事故の影響がほとんどみられないこと、放射性ストロンチウムについては、原発事故後の土壌濃度の増加傾向は認められないことがわかってきています。

今後、長期にわたり福島県周辺の汚染地の調査が必要なことはいうまでもありません。しかし、原発事故から離れた地域でも平常時の放射能モニタリング調査を続けることは大きな意義があります。それは、原発事故後の周辺地域の放射能汚染の状態を空間的に、時間を追って把握するために不可欠であるとともに、日本全域に存在する原子力発電所や東アジア等も含む世界各地で行われている原子力開発、さらには核兵器開発に伴う不測の事態に備えることにもなります。

土壌環境研究領域 木方展治

農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成24年(2012年)5月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。なお、新聞に掲載された図はモノクロでしたが、ここではカラーの原図を掲載します。

もっと知りたい方は、以下の関連情報をご覧ください。

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