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農業と環境 No.165 (2014年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 穀物収量は増大するか、停滞するか−過去の収量トレンドの解析

Distinguishing between yield advances and yield plateaus in historical crop production trends
Patricio Grassini et al.
Nature Communications 4: 2918 (2013)

20世紀半ばの緑の革命 (注1) 以来少しずつ減少してきた穀物価格は、近年急激に増加しており、それに伴い、農地面積は近年大きく拡大した。2050年ごろに予想される食料需要をまかなうためには、現在の穀物生産量をおよそ倍にしなれればいけないと言われており、穀物生産量を確実に増加させるためには農地面積と収量の両方を増加させる必要があるが、農地面積の拡大がこのまま続くかどうかは、穀物の収量に大きく依存する。従って、穀物収量が今後どのように変化していく可能性があるかを理解することは、食料安全保障において中核的なテーマとなっている。

この論文では、過去の穀物収量統計データを用い、過去の収量のトレンドを解析することによって、将来の収量はどうなり得るのかを議論している。

使用したデータは、FAOSTAT (注2) が公開している1965年から2010年までの、主要生産国・地域のコメ、コムギ、トウモロコシの収量データ(合計36個の時系列データ)である。これらの時系列データに対して、複数の統計モデルを当てはめ、どのモデルがもっとも当てはまりが良いかを解析することで、過去の収量トレンドを議論している。比較した統計モデルは、(1)直線、(2)二次曲線、(3)指数関数、(4)下側に停滞状態がある直線、(5)上側に停滞状態がある直線、(6)2つの直線の組み合わせ の6つである。

もっとも明瞭な結論の一つは、過去において収量がある一定の年率で増加していたということを示す結果はない、という結論である。これまで、多くの食糧安全保障の将来予測研究においては、収量が「ある一定の年率で増加する」と仮定されていた。とくに部分均衡モデルを使用する経済モデル研究でこの傾向は大きいようだ。しかしながら、ある一定の年率で増加するということは、収量の絶対値が指数的に増大すると仮定していることになる。この論文では、過去においてそのような収量トレンドを示す結果はなかったと論じている。つまり、これまでの多くの食糧安全保障の将来予測研究における収量トレンドは、かなり楽観的なシナリオであると指摘している。

もう一つの重要な結論は、収量の時系列データの半数近くで収量の伸びが縮小するモデルが示されたことである。収量の伸びが縮小している国は、世界のコメ、コムギ、トウモロコシの生産量の31%を占める。過去の食糧安全保障に関わる研究では、将来の収量トレンドに指数関数的な収量の伸びは仮定していなくとも、直線的な伸びを仮定していることは多い。この論文では、それらもやはり楽観的なシナリオであると指摘している。

ただし、とくに先進国で見られるこの収量の停滞は、それらの国の収量がすでに潜在収量 (Yield potential) に達していることを示しているわけではない。筆者らは、「今回の結果は現在の収量が潜在収量の閾値(いきち)に近づいているという指摘と整合性がある」 と述べるにとどめ、将来の食糧安全保障の研究において、収量の将来トレンドに、一定年率での増加 (指数増加) を仮定するのではなく、直線的増加を仮定すること、また、作物成長シミュレーションモデルなどから予測される潜在収量の閾値を置くことが必要であると主張している。

将来の人口増加に伴う食料需要をまかなえるだけの生産性を維持できるのか、できない可能性が高ければ、今後どのような政策が必要か、それらの議論は近年さらに高まりつつある。その中で、穀物の収量はそれぞれの地域でどこまで伸び得るか、いわゆる潜在収量に関する議論は中核的な要素をなすだろう。潜在収量には、生物学的な要因だけでなく、その土地の土壌劣化や気候変動も大きく影響する。この論文では引用されていないが、たとえばフランスのトウモロコシの研究において、近年の高温の気象条件が収量トレンドの停滞を引き起こしていることが示唆されている (Hawkins et al. 2013) (注3) 。緑の革命以来、どこまでも伸びるように感じる収量だか、その限界値はいったいどこにあるのか、収量についてどのような将来シナリオを考えるのが現実的なのか、これからさらに議論が活発になっていくと考えられる。

(注1) 緑の革命とは、1940年代から1960年代に主に行われた化学肥料の大量投入や背が低くそのかわりに収穫指数が高い高収量品種の導入などにより、穀物の生産性が大幅に増大したことを指す。

(注2) FAOSTATとは、国際連合食糧農業機関 (FAO) が収集し、公開している統計データベースである。収量や収穫面積などさまざまなデータが国スケールで集計・公開されている。

(注3) Hawkins Ed et al. (2013) Increasing influence of heat stress on French maize yields from the 1960s to the 2030s. Global Change Biology 19: 937-947.

櫻井 玄(生態系計測研究領域)

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