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農業と環境 No.167 (2014年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 344: ミツバチ大量死は警告する、 岡田幹治 著、 集英社新書 (2013年12月) ISBN978-4-08-720717-0

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない。
(レイチェル・カーソン、1907-1964)

最近、見かけなくなったと感じる身近な生き物として、ツバメ、コウモリ、トンボ、オタマジャクシなどが思い浮かぶ。『そして誰もいなくなった』 はアガサ・クリスティの有名な推理小説だが、身近な生き物の種類や数が、昔に比べ減ってきたと多くの人々が感じているのではないだろうか。

この本ではミツバチをとりあげる。ミツバチは花壇や畑などで普通に見かける生き物だが、ミツバチは養蜂家による蜂蜜採取の他に、あまり知られていないことだが、イチゴやメロンなどの施設栽培野菜の花粉交配用にも盛んに利用され、ミツバチは現代農業には欠かせないパートナーとなっている。

この花粉交配用ミツバチが、2009年春に全国的な不足が起こったことを知り、これをきっかけに著者は精力的な取材を始め、本書をまとめる。

著者は、朝日新聞の元記者・論説委員で、食の安全や環境問題、日本経済を主なテーマに取材・執筆活動を行っているフリージャーナリストである。

著者は、国際的にもミツバチ大量死が話題になっていることを知る。ミツバチを含む授粉昆虫 (ポリネーター) を保護する措置が強化されなければ、約2万種もの植物種が今後数十年で地上から消えてしまうと、国連環境計画 (UNEP) は2011年に警告する。2013年12月には、農業環境技術研究所も参加する 「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム (IPBES) 」 でもポリネーター問題をとりあげることが決定される。

本書の前半部では、ミツバチ異変を著者は追跡する。序章でミツバチの生態を紹介した後、第一章でミツバチの大量死が日本で続いてる実態を報告し、第二章で先進工業国に共通するミツバチの危機は複合的な要因 (蜜源・花粉源の減少、蜂蜜輸入の増加、ハウス栽培の隆盛、寄生虫や病気の蔓延、遺伝的多様性の欠如、栄養不足、新型農薬の登場) と紹介しつつ、近年は新タイプの農薬 (ネオニコチノイド系農薬) の影響が大きくなっているとする。続いて、ミツバチ不足の実態と政府・養蜂家などの対応ぶりをアメリカ(第三章)とヨーロッパ(第四章)に分けて紹介する。

本書の後半部では、環境中に放出された農薬などの化学物質 (環境化学物質) 問題に話を展開する。第五章でミツバチ大量死の有力な原因とされるネオニコチノイド系農薬の実相について、第六章では “農薬安全神話のまやかし” について、第七章では、環境化学物質がもたらす生態系への影響の典型例として、田んぼ(水田)が危機に陥ってる実態について報告する。続いて、環境化学物質のヒトへの影響に焦点を当て、いま子どもたちに異変が急増していること(第八章)、被害者は子どもたちだけではないこと(第九章)を訴える。最後に、第十章で “化学物質づけ社会” から脱出するための政策や暮らし方について持論を展開する。

このように著者の目論見(もくろみ)は、環境化学物質の危険性を最新の情報をもとに明らかにし、危険性をできるだけ少なくするにはどうしたらよいかを世の中に問うものであることが分かる。ミツバチ大量死は、著者にとっては、人々に関心の薄い化学物質の世界に読者をいざなうための “案内役” に過ぎないことが理解される。

著者は 「本書全体を貫いているのは、科学技術を武器にひたすら経済成長をめざしてきた近代文明には巨大な死角があるという認識」 とし、本書はレイチェル・カーソンの 『沈黙の春』 の現代日本版をめざすと宣言する。

目次

はじめに

序章 ミツバチ一家は完全分業

第一章 ミツバチの墓があちこちに

第二章 なぜミツバチは減り続けるのか

第三章 アメリカのミツバチは疲労困憊

第四章 農薬規制に動いたEUの国々

第五章 ネオニコチノイド系農薬の罪と罰

第六章 「農薬安全神話」 のまやかし

第七章 生物多様性の宝庫・田んぼの危機

第八章 急増する子どもたちの異変

第九章 広がり、深刻になる健康被害

第十章 「脱・化学物質づけ」 への道

あとがき

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単位の説明

略語の解説

参考文献

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