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農業と環境 No.174 (2014年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 中国のメラミン製造工場から単離された新規メラミン分解菌の特徴

Characterization of a novel melamine-degrading bacterium isolated from a melamine-manufacturing factory in China
H. Wang et al.
Applied Microbiology and Biotechnology 98(7), 3287-93 (2014)

メラミン (2,4,6-triamino-1,3,5-triazine, C3H6N6) は樹脂、塗料の原料として工業的に大量に生産されているが、2008 年、中国で粉ミルクや飼料原料に意図的に混入される事件があり、ペットや乳幼児に対する健康被害(死亡する場合もある)が大きな社会問題になった。

メラミンによる尿路結石や腎不全などの健康被害は、メラミンとその主要分解物であるシアヌル酸との複合体(メラミンシアヌレート)や、その分解過程の中間にあるアンメリド及びアンメリンによると考えられている。また、中国の調査では、557 サンプルの作物体中の3サンプルから1 mg/kg 以上のメラミンが検出(他も低濃度で検出)され、工場廃液水及び土壌からそれぞれ最大 226.8 mg/kg 及び 41.1 mg/kg が検出された(Qin et al. 2010)。このような社会情勢を受けて、コーデックス委員会では飼料及び食品中のメラミンの最大基準値を 2.5 mg/kg と定めた。

一方、日本では 2011 年 4 月に、石灰窒素水和造粒品に不純物としてメラミンが含まれていることが判明し、該当品の自主回収が行われた。現在では、メラミンを多く含む石灰窒素肥料は使用されていないが、農水省の調査( 2013 年 4 月)では、石灰窒素肥料を連用した土壌の中にメラミンが残留(最大濃度 19 mg/kg 乾土)していることが確認され、土壌への残留が長期(半減期: 118〜164 日(容器内試験)、587 日(ほ場試験))にわたることが判明した。さらに、土壌中のメラミンを吸収しやすい作物として、ニンジン、サトイモ、コマツナが知られている。 ( http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_hiryo/cacn_melamine/pdf/cacn_melamin_2504.pdf

今回紹介する論文は、2014 年に発表されたもので、中国のメラミン製造工場の汚泥から単離された新規のメラミン分解細菌( CY1 株)について、その分類学的な特徴、メラミン及びその類縁体である殺虫剤シロマジン(N-cyclopropyl-1,3,5-triazine-2,4,6-triamine)の分解特性、代謝物等を詳細に検討している。特筆すべきことは、メラミン事件で多数のペットや乳幼児の死因となった腎不全の原因物質と考えられているメラミンシアヌレートが、メラミンの分解過程で生成するシアヌル酸と結合して培地中に析出することを、共焦点ラマン顕微鏡を用いて見いだした点である。ほ乳類の体内でも同様なメラミン代謝プロセスで、結晶化したメラミンシアヌレートが腎臓に析出すると考えられる。

ところで、CY1 株であるが、16S rRNA 塩基配列(1,436 bp)を用いた系統解析の結果、Alicycliphilus 属の新種であることが判明した。Alicycliphilus 属細菌の形態・生理的特徴は、グラム陰性で運動性のある桿菌であり、通性嫌気性菌である。メラミン分解菌株は、これまでに5属、6種が単離・同定されていたが、すべて好気性菌であり、酸素の有無にかかわらずエネルギーを獲得できる通性嫌気性菌は CY1 株が初めてである。

日本の水田土壌から単離された Norcadioides sp. ATD6 株(Takagi et al. 2012)以外のメラミン分解菌は、メラミン分解に他の炭素源を必要とする。CY1 株も ATD6 株同様、他の炭素源なしで 500 mg/kg のメラミンを 10 日間で 94%分解できた。これは、メラミンのトリアジン環の炭素を資化(利用)しているわけではなく、培地から取り込んだか体内に蓄えた炭素源でメラミンを分解し、窒素源として利用している。トリアジン環の炭素は CO2 として排出していることが [13C] 標識メラミンを用いた分解試験で証明された。メラミンの分解代謝物としては、他の分解菌と同様に、アンメリン、アンメリド、シアヌル酸、ビウレット、尿素、アンモニアを検出した。

シロマジンは土壌中や植物体内で脱アルキルし、メラミンに代謝変換することが知られている(FAO/WHO 2008)。しかし、CY1 株は、シロマジンの2つのアミノ基を加水分解し、水酸基に変換した 6-(cyclopropylamino)-[1,3,5]triazine-2,4-diol を生成し、最終産物として蓄積することが明らかになった。この化合物は、新規代謝物であり、シロマジンの環境運命に新たな知見を提供するものである。

今回、中国で発見された新規メラミン分解菌 CY1 株は、ATD6 株と同様にメラミン分解能が高い菌株である。今後、この菌株を用いた、工場廃水や汚染環境の浄化が進むことが期待される。

(有機化学物質研究領域 木 和広)

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