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農業と環境 No.176 (2014年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: RNA干渉によるマツノザイセンチュウのアルギニンキナーゼ遺伝子発現阻害

Cloning arginine kinase gene and its RNAi in Bursaphelenchus xylophilus causing pine wilt disease
X.-R. Wang et al.
European Journal of Plant Pathology 34(3), 521-532 (2012)

RNA 干渉(以下 RNAi )は、モデル生物として著名な線虫、Caenorhabditis elegans で初めて認められた現象1) で、小さな二本鎖 RNA(以下 dsRNA )が、相補的な配列を持つ mRNA を破壊するため、その配列を含む遺伝子のタンパク質への翻訳が抑制され、特定の遺伝子が効果的に抑制される現象である。ここでは糸状菌食性の線虫における RNAi 発現の報告例を紹介する。

モデル生物 C. elegans では、大腸菌の中にターゲットの dsRNA を遺伝子組換えによって生産させ、それをえさとして摂食させれば、RNAi を発現させることができる。細長く引き伸ばしたガラス管で線虫体内にターゲットの dsRNA を直接注射する微小注射法でも、RNAi 現象を引き起こさせることができる。マツノザイセンチュウは大腸菌を摂食せず、微小注射法の適用がきわめて困難(最近マツノザイセンチュウで成功例が報告3)された)である。そこで本論文では、体の周りの dsRNA を含む水をマツノザイセンチュウに飲み込ませて RNAi 現象を引き起こさせる、虫体浸漬法が取られた。Octopamin は神経伝達物質で、線虫に作用して周囲の水を飲み込ませる働きが知られる4)

アルギニンキナーゼは無脊椎(せきつい)動物に固有のエネルギー代謝のキー酵素で、無脊椎動物の化学制御、たとえば無脊椎動物に特異的な農薬開発のターゲットの一つとなり得る。著者たちは、マツノザイセンチュウのアルギニンキナーゼ遺伝子を初めてクローニングし、塩基配列を決定した。アルギニンキナーゼ遺伝子の塩基配列を用い、C. elegans などの線虫や節足動物・軟体動物など、ほかの無脊椎動物のアルギニンキナーゼ遺伝子の塩基配列を含む系統樹を作成したところ、各種線虫のアルギニンキナーゼ群は単系統を構成し、さらに各種節足動物(線虫と節足動物は、成長に際し脱皮するという特徴を共有する)のアルギニンキナーゼを加えた群もまた単系統を構成するという結果が得られた。

次いで、マツノザイセンチュウを Octopamin とアルギニンキナーゼ遺伝子の合成二本鎖 RNA を含む水溶液に浸漬して、アルギニンキナーゼ遺伝子の RNAi を起こさせ、活性発現を阻害した。すると、マツノザイセンチュウは苦悶(くもん)を示し、その多くは時間がたつと死亡した。生き残った線虫の産卵数も減少して、RNAi の現象は次世代にも及んでいた。

本論文でクローニングされたアルギニンキナーゼ遺伝子に基づいて合成された二本鎖 RNA は、マツノザイセンチュウに対し、その発現が認められないほど強い RNAi を引き起こした。しかし、生き残ったマツノザイセンチュウは糸状菌上に移すと産卵した。マツノザイセンチュウには塩基配列が異なるアルギニンキナーゼが存在するのかもしれない。複数のアルギニンキナーゼを持つ無脊椎動物は多く、C. elegans は6つ、ダイズシストセンチュウでは2つのアルギニンキナーゼを持っている。ただ、すでに発表されているマツノザイセンチュウの全ゲノム塩基配列2)を検索しても、アルギニンキナーゼ様の遺伝子配列は見つからなかったという。

ネコブセンチュウなど、口針を持ち、それを植物の根に挿入して摂食する Tylenchida 目線虫における RNAi の現象を利用した機能解明研究は、本論文のマツノザイセンチュウの例のように虫体浸漬法で進んでいくかと思われた。しかし、最近の論文では、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)など寄主植物に、遺伝子組換えでターゲットの dsRNA を発現させることによって RNAi を起こさせ、同時に寄主植物が線虫抵抗性になるという報告が多い5)

これまでのところ、RNAi の現象が報告されている線虫はまだまだ少ないが、土壌生態系において重要な役割を果たしている糸状菌食性線虫の機能解明が、RNAi を利用して行われていくことは間違いない。えさとなる糸状菌(酵母を含む;マツノザイセンチュウは酵母をえさにしても培養可能)の遺伝子組換えによる dsRNA 導入法が線虫における RNAi の主流になっていくのか、浸漬法や微小注射法が活用されていくのか興味が持たれる。

引用文献

1) Fire, A., Xu, S., Montgomery, M., Kostas, S., Driver, S., Mello, C. (1998): Potent and specific genetic interference by double-stranded RNA in Caenorhabditis elegans. Nature 391(6669), 806-811.

2) Kikuchi, T., Cotton, J. A., Dalzell, J. J., Hasegawa, K., Kanzaki, N., McVeigh, P., Takanashi, T., Tsai, I.-S. J., Assefa, S. A., Cock, P. J. A., Otto, T. D., Hunt, M., Reid, A. J., Sanchez-Flores, A., Tsuchihara, K., Yokoi, T., Larsson, M. C., Miwa, J., Maule, A. G., Sahashi, N., Jones, J. T., Matthew, B. (2011): Genomic insights into the origin of parasitism in the emerging plant pathogen Bursaphelenchus xylophilus. PLoS Pathogens 7(9): e1002219. (on line)

3) Park, J.-E., Lee, K.-Y., Lee, S.-J., Oh, W.-S., Jeong, P.-Y., Woo, T.-H., Kim, C.-B., Paik, Y.-K., Koo, H.-S. (2008) :The efficiency of RNA interference in Bursaphelenchus xylophilus. Molecules and Cells 26(1), 81-86.

4) Urwin, P. E., Lilley, C. J., Atkinson, H. J. (2002): Ingestion of double stranded RNA by preparasitic juvenile cyst nematodes leads to RNA interference. Molecular Plant-Microbe Interactions 15(8), 747-752.

5) Yadav, B. C., Veluthambi, K., Subramaniam, K. (2006): Host-generated double stranded RNA induces RNAi in plant-parasitic nematodes and protects the host from infection. Molecular and Biochemical Parasitology 148(2), 219-222.

荒城雅昭 (生物生態機能研究領域)

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