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農業と環境 No.183 (2015年7月1日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

本の紹介 348: 植物が出現し、気候を変えた、 デイビッド・ビアリング 著、西田佐知子 訳、 みすず書房 (2015年1月) ISBN978-4-622-07872-2

原題は、「The Emerald Planet、How Plants Changed Earth’s History」。副題で「植物は如何にして地球の歴史を変えたか」というように、植物を通して地球環境の歴史の謎を解き明かす。読む者を、「地球の歴史になにがおこったのか、なぜ起こったのか、どうやって起こったのか」を探求する、知的冒険の旅へと誘う。

化石は生物の進化を物語る。5億4000万年前のカンブリア紀以降(顕生代)、生物は目覚ましい進化を遂げたが、化石から明らかになる動物の進化の歴史が多くの人々を魅了するのに対し、植物の化石は“地味”のようである。植物は、「ごく普通の進化をたどって今日に至っただけ」と見え、「地球の歴史を解き明かす重要な役割を果たしているとはとても思えないだろう」、という。

しかし、植物の化石からこつこつと拾い集めた情報を、他分野の最新の情報と一体化することで、今まで知られていなかった地球の歴史を植物が語り始める。植物は、自然の持つ大きな力の一つであり、地球の歴史について、今まで知られていなかったことを記録しているのである。

話題は、植物の「葉」の出現に関する謎から始まる。38億年の生命の歴史(地球の歴史は45億年)の中で、植物は約4億6500万年前(オルドビス期)に地上へ進出し、次第に陸地を緑で覆っていった。今日の植物の多くは「葉」で光合成を行っており、「葉」は植物にとってごく普通の器官であることから、容易に進化したかに思われるが、植物が地上に進出してから葉が出現して広がるまで、4000万年という長い時間がかかっている。植物の進化上、なぜそんなに長い時間が必要だったのだろうか。

植物は、葉を作るのに必要な遺伝子セットを、植物に葉が広がるかなり前から備えていたと考えられることから、要因は植物それ自身ではなく、環境にあったと考える。植物が地上に進出したころ、大気中の二酸化炭素濃度は高かった(現在の15倍)が、その後急速に低下した。過去の植物標本から、産業革命以来、二酸化炭素の上昇に対し、樹木は気孔の数を減らしていったことが明らかとなった。二酸化炭素濃度が気孔の数を決定しているのである。一方、気孔は二酸化炭素の通過弁としてだけでなく、水を蒸散し、温度を下げる機能を持つ。大きな葉は風が吹いても冷えにくいため、高温となる危険が高いが、二酸化炭素濃度が下がれば気孔をたくさん作り、蒸散が盛んになってより冷却することが可能になる。このように、二酸化炭素の濃度が減少することで気孔が増え、それに合わせて大きな葉が進化した、というのである。こうして二酸化炭素濃度の低下が植物の進化を促し、それが陸上動物や昆虫の多様化につながっていった。

ところで、葉が広く広まる要因となった、4億年から3億5千万年前の著しい二酸化炭素濃度減少をもたらしたのも、植物であるという。

以下、各章とも、冒頭にシンプルな問いから始まり、話が展開されている。その問いのいくつかを紹介する。

現在21%の大気中の酸素濃度は、過去5億年の間一定であったわけではない。約3億年前には30%まで上昇し、その後15%まで低下したことが明らかになってきている。酸素濃度が高かった時期(石炭紀:3億〜3億5000万年前)には、巨大な昆虫が飛び回っていた。酸素濃度が変化したカギは、熱帯の湿地林にあったとする。(第2章)

極地で問題となっているオゾンホールは、「生物圏のアキレス腱」とも称される。生物は過去5億年の間に5回の「大絶滅」を経験しているが、その中でも最大であったのが、ペルム紀−三畳紀境界(約2億5千万年前)に起こった大絶滅である。この大絶滅に、オゾン層の大規模破壊が関与していたのだろうか。(第3章)

約2億年前、三畳紀−ジュラ紀の境界で起こった大量絶滅。恐竜はこの時代を生き延び、繁栄していった。植物の化石から、この大量絶滅は、二酸化炭素濃度が上昇し「超温室状態」になったことが原因と考えられるに至っている。この大絶滅は、現在地球で進行している温暖化に警鐘を鳴らす。(第4章)

極地の化石にまつわる落葉樹と常緑樹の謎。かつて極地は温暖で、広大な森林が広がっていた。しかし、北半球の森で見つかるのは、落葉樹の化石ばかりである。それはなぜであろうか。長い冬を耐えるには、葉を落とす落葉樹の方が有利というのは本当だろうか?(第5章)

「自然が起こした緑の革命」といわれるC4植物の出現は、約800万年前と、植物の4億年以上の歴史の中では最近の出来事である。しかし登場したC4植物は、瞬く間に、それまで森林だった場所をサバンナや草原に変えていった。C4植物は低二酸化炭素環境に適応していることから、二酸化炭素濃度の低下が要因であることが考えられたが、当時二酸化炭素濃度はほとんど変わっていない。では、熱帯性のC4植物が速やかに世界中に広がったのはなぜだろうか。(第7章)

地球の歴史は変化の歴史である。その中で植物は受け身の立場であるかのように思われがちだが、そうではない。地球の歴史は、生物が環境に影響を与え、その変化した環境が生物の進化に影響を及ぼす、相互作用の結果としての歩みである。地球環境の将来を解くカギは、過去にある。

目次

第1章 葉、遺伝子、そして温室効果ガス

第2章 酸素と巨大生物の「失われた世界」

第3章 オゾン層大規模破壊はあったのか?

第4章 地球温暖化が恐竜時代を招く

第5章 南極に広がる繁栄の森

第6章 失楽園

第7章 自然が起こした緑の革命

第8章 おぼろげに映る鏡を通して

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