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農業と環境 No.189 (2016年1月4日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

論文の紹介:有機農産物と慣行農産物の環境影響の違いをLCAによって把握できるか?

Environmental impacts of organic and conventional agricultural products — Are the differences captured by life cycle assessment?
Matthias S. Meier et al.
Journal of Environmental Management, 149, 193-208 (2015)

有機農法や慣行農法などの異なる農業システムを対象とした包括的な環境影響評価は、環境影響の小さい農業システムを開発するために有用な情報を提供すると期待されています。LCA(Life Cycle Assessment)は、製品のライフサイクルを通して、さまざまな環境影響を網羅的に評価する手法です。近年は農業分野においても、有機農法と慣行農法の比較評価にLCAを用いる研究が増えています。これまでの研究によれば、結果のばらつきは大きいものの、有機農法は栽培面積あたりの環境影響が小さい一方で、生産量あたりの環境影響は大きい傾向がみられます。しかし、これは単に有機農法の生産量が少ないだけなのか、それとも、影響評価の手法も影響しているのかを確認する必要があります。

今回紹介する論文では、慣行農法と有機農法を比較しているLCA文献34件をレビューしています。2010年以降に公開された文献は19件です。おもに穀物、野菜、果物、ミルク、卵、肉を影響評価の対象としています。各文献における評価範囲の設定、環境負荷物質の算定と影響評価に着目して、LCAが両農法の特徴を捉えられているかどうかを検討しています。

農業システムの特徴を捉えるための評価範囲の設定

評価範囲の設定によっては、システムの特徴を捉えられない場合があります。粗放的農法(extensive)と集約的農法(intensive)で生産されるミルクを比較した文献を例示します。評価範囲の狭い文献では、一般的にミルク生産量を上げれば、ミルクの重量あたりの環境負荷が下がります。それに対して、評価範囲を拡張して評価している場合は、牛は産乳とともに仔牛を出産するので、仔牛も評価対象とします。粗放的農法(有機ミルク)の場合は、一般的に同量のミルクを得るのに長い産乳期間が必要なため、より多くの仔牛が生まれます。つまり、ミルクの生産量は少ないが、仔牛の生産量が多いために、ミルクに割り当てられる環境負荷は小さくなります。集約的農法の場合は、ミルク生産量が大きいが、仔牛の出産数が少ないため、ミルクに割り当てる環境負荷も多くなります。よって、ミルク生産量を上げると、ミルク生産量あたりの環境負荷が減るとは必ずしも言えません。

調査した34文献のうち評価範囲を拡張して評価している文献は3件のみでしたが、併産品の多い農業システムの場合は、評価範囲を拡張する方法が望ましいといえます。

農業システムの特徴を十分に捉えるための環境負荷物質の算定

栄養塩の流出は、富栄養化、酸性化、地球温暖化、生物多様性など多くの環境問題に関連するため、精度の高い分析が求められます。牛の排泄物からの窒素排出量の算定を例にした場合、一般に、飼料の組成が牛の排泄物中の窒素含有量に影響します。集約的農法は粗放的農法に比べて、飼料に相対的に高いタンパク質が含まれます。よって、牛の排泄物から排出される窒素を計算する際に飼料の違いを考慮することは、異なる農法システムの特徴を捉える際に重要です。しかし、一部の文献では、飼料と排泄物中の窒素の関係を無視し、牛肉の重量あたりの年間窒素排出量を両農法で同じ値と仮定していました。この仮定を置いた場合、粗放的農法では飼育期間が長いため、窒素排出量は集約的農法より43%大きいと計算されます。一方、飼料組成の違いを考慮して計算すると、粗放的農法の窒素排出量は集約的農法より18%大きい結果となり、両農法の差は半分以下になりました。

また、窒素と対称的に、牛の消化器経由(ゲップ)のメタン排出量は、多くの文献で飼料の違いを考慮して計算されていました。草を主体とする粗飼料は濃厚飼料に比べて、ゲップ由来のメタン排出量が多いのですが、濃厚飼料の場合は消化しにくい成分が相対的に多いため、排泄物(スラリー)の段階で、微生物分解によってメタンが多く排出される場合があります。後者を考慮した文献は見られず、濃厚飼料の場合のメタン排出量が過小評価されている可能性があります。

このように、異なる農業システムの特徴を捉えるためには、システム間の飼料や排泄物などの違いを考慮して、窒素バランスの推計方法と炭素モデルを改善する必要があります。とくに有機農法の場合に利用可能な、バックグラウンドデータの整備が求められます。

網羅的な影響評価

34の文献のうち16件は単一の影響カテゴリ(地球温暖化15件、農薬毒性1件)を考慮、9件は地球温暖化、酸性化、富栄養化を考慮、残り9件ではより多くの影響カテゴリを扱っていました。生物多様性を考慮した文献は4件だけでした。34件のうち25件は非常に限られた影響カテゴリだけを考慮していることが分かりました。これは、影響評価手法の開発が全般的に遅れていることが理由と考えられます。農業システム間の違いを示すには、とくに、生物多様性、土壌の質に関連する影響係数の開発が求められます。また、農薬の場合は、化学農薬の影響係数があっても、生物農薬の影響係数がない、などの課題もあげられます。

今回紹介した論文では、異なる農法システムをLCAを用いて比較評価している文献を調査し、農法間の違いを捉えているかどうかを確認しています。その結果、評価範囲の設定と環境負荷物質の算定において、農法間の違いを捉える観点で多くの課題が残っていることが明らかになりました。影響評価については網羅的でないとの記述にとどめていますが、農法の違いを反映できていない影響係数も課題の一つとして認識すべきです。たとえば、土地利用に伴う生態系影響を示す影響係数の場合、同じ面積の土地を使用しても、農法によって、ローカルの生物多様性や土地の質などの影響が異なると考えられます。農法の違いを考慮する影響係数の開発も急務と言えます。

湯 龍龍(農業環境インベントリーセンター)

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