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情報:農業と環境
No.31 2002.11.1

No.31

・第3回環境研究機関連絡会が開催された

・農業環境技術研究所案内(1):土壌生成調査実験圃場

・紫外線Bと低pHの相乗作用による
    カエル胚への致死的および亜致死的影響

・本の紹介 88:The Nitrogen Cycle
    at Regional to Global Scales,
     Eds. E.W. Boyer and R.W. Howarth,
     Kluwer Academic Publishers (2002)

・本の紹介 89:稲の日本史、佐藤洋一郎著、
    角川選書337(2002)

・本の紹介 90:反近代の精神 熊沢蕃山、大橋健二著、
    勉誠出版(2002)

・本の紹介 91:私の地球遍歴、石 弘之著、講談社(2002)

・本の紹介 92:多文明共存時代の農業、高谷好一著、
    人間選書241、農文協(2002)

・本の紹介 93:日本の棚田 百選、写真・文 青柳健二、
    小学館(2002)

・資料の紹介:IGBP News Letter No.50

・報告書の紹介:理事会および欧州議会への委員会文書;
    共通農業政策への環境問題統合を監視するための
    指標に必要な統計情報


 

第3回環境研究機関連絡会が開催された
 
 
 平成14年10月3日、(独)国立環境研究所で第3回環境研究機関連絡会が開催された。この連絡会は、環境研究に携わる国立および独立行政法人の研究機関が情報を相互に交換し、環境研究の連携を緊密にするため、平成13年10月に設置されたものである。環境研究機関連絡会の構成機関は、(独)国立環境研究所、(独)防災科学技術研究所、(独)農業環境技術研究所、(独)森林総合研究所、(独)水産総合研究センター、(独)産業技術総合研究所、国土交通省気象研究所、国土交通省国土技術政策総合研究所、(独)港湾空港技術研究所および(独)土木研究所の10所である。討議内容は、1)環境研究の推進状況の紹介と相互理解、2)環境研究の主要成果の紹介、3)環境研究の協力・連携・連絡、および4)その他環境研究に関連すること、と定めている。初年目(平成13年10月1日から平成14年9月30日)の事務局は、国立環境研究所が担当した。
 
 議事内容は、1)国立環境研究所理事長挨拶、2)各機関等における最近の取り組みについて(平成13年度業務実績評価、平成15年度概算要求、競争的資金の獲得等についての報告)、3)次期事務局について、および4)その他、であった。なお、二年目(平成14年10月から平成15年9月)の事務局は、(独)農業環境技術研究所に決まった。
 
 

農業環境技術研究所案内(1):土壌生成調査実験圃場
 
 
 農業環境技術研究所には、さまざまな目的をもつ圃場、実験施設、展示場などがあります。今回から機会があるたびに、「農業環境技術研究所案内」と題して、これらを紹介していきます。まず手始めに「土壌生成調査実験」の紹介をしましょう。
 
1.場所と面積
 農業環境技術研究所の敷地は、A、B、C地区に分けられている。その総面積は 573,397.11平方メートルある。A地区は研究本館を中心とした国道408号沿いに位置している。B地区は稲荷川を境にさらに国道を南下した方向に位置し、別棟や畑圃場を中心とした地区である。C地区はA地区の西側に位置し、業務棟や水田を中心とした地区である。B地区の東部と稲荷川沿いの西部の2カ所に、「土壌生成調査実験圃場」と呼ばれる敷地がある。東部地区と西部地区の圃場面積は、それぞれ 10,295m2 および 7,330m2 である。
 
2.土壌生成とは?
 岩石が変質して土壌ができるまでには、風化作用と土壌生成作用という二つの作用が働いている。風化作用とは、地殻の表層にある岩石が風雨にさらされることによって、岩石が物理的・化学的に破壊され、含水物質が生じる作用である。この作用は、有機物がほとんど存在しない状況下で進行するのが特徴的である。風化作用によって生じた含水物質は、土壌の無機的成分になるもので、これを土壌の母材という。ただし、泥炭土壌の場合は例外的に湿生植物の遺体が有機的母材となっている。
 
 これに対して土壌生成作用とは、生物および有機物の存在下において、母材から層位に分化した一定の形態的特徴をそなえた土壌(体)が生成する作用である。したがって、風化作用は必ずしも土壌生成作用を伴うとは限らないが、土壌生成作用は必ず風化作用と相互に関連しながら進行している。このような土壌生成がどのように進むかを知ろうとするのが、土壌生成調査実験圃場である。
 
3.土壌生成に関連する因子
 それでは、土壌生成にどのような因子が関連しているのであろうか。現代土壌学の創始者である V.V. Dokuchaev(1899)は、岩石(母材)とそれをとりまく生物、気候、地形(地表の起伏)との相互作用の発達過程(時間)の産物が土壌であるとした。さらに、母材(P)、生物(O)、気候(Cl)、地形(R)、時間(T)を土壌生成因子と呼んだ。
 
 H. Jenny(1941)は、土壌(S)とこれらの土壌生成因子との関係を次式のような関数関係で示した:S=f(Cl、O、R、P、T)。ところで、土壌生成に及ぼす人類の影響は、一般的には生物因子に含まれる。しかし、農業をはじめとする人類の活動の影響は日増しに増大しており、土壌のみならず大気や水にも大きな影響を及ぼしている。最近では「人為的因子」として他の生物因子と区別して扱われるようになった。
 
 生物が土壌生成に及ぼす影響はきわめて多様である。微生物を含め生物の存在なしには、いかなる土壌生成もおこりえない。植物の遺体は腐植の給源となる。根は土壌中に導管系をつくり、通気性や透水性をよくする。森林は微気候に影響を及ぼすだけでなく、土壌を侵食から守り、土壌を保全する。
植物の種類がいかに土壌生成に影響を及ぼすかが、これらのことからも明らかである。後で触れるが、当圃場の管理計画にも植物の種類がきわめて重要である。
 
 植物の遺体はダニやトビムシなどの小動物によって噛み砕かれ、それらが排出する多量のふん粒は腐植の生成に重要な役割を果たしている。ミミズの存在は、無機質土壌中へ有機物を混合させることにより、また無機成分と有機成分を化学的に結合させる。そのふん粒は団粒構造をも発達させる(均質化作用)。熱帯では、シロアリが同様な働きを行っている。バクテリアやカビなどの微生物は有機物の分解を促進し、アンモニウム塩や硝酸塩などの植物養分を生じると同時に腐植物質を形成する。また根粒菌は空気中の窒素を固定し、土壌を肥よくにする。
 
 気候はもちろんのこと気温、降水量、蒸発散量、日射量などの季節的変化を通じて土壌の温度状況と水分状況を支配する。また、土壌中で起こるあらゆる反応過程に大きく影響する。このことが、地球表面に気候帯と植生帯の分布を生じ、それに対応した成帯性土壌を出現させる要因となっている。
 
 地形は、地表における太陽放射エネルギーと降雨水を再分配する役割を果たしている。斜面の向きは太陽熱による加熱量に大きく影響するので、日陰斜面と日向斜面とでは異なった土壌が生成する。傾斜度が大きくなるほど流去水の流量と流下速度が増し、土壌侵食が激しくなり、斜面上部から土壌物質が失われ斜面下部に集積するようになる。平坦地でも地表面にごくわずかな高低の差があると、地下水位が異なる。このことが、母材の透水性の差異とあいまって降雨水の浸透を左右し、土壌断面形態の差ができる。当圃場でも、地形の高低によってその差が認められる。
 
 母材が土壌の性質に及ぼす影響は、一般に土壌生成の初期段階で強く現れるため、温帯地域では石灰岩起源のレンジナや火山灰由来の黒ボク土のように、母材の影響を強く反映した成帯内性土壌が生じる。しかし、土壌生成過程が進行するにつれて母材の影響は次第に弱まり、外的因子(気候や植生)の影響が強くなって、気候や植生に対応した成帯性土壌の方向に変化していく。残念ながら、当圃場はいずれも火山灰由来の土壌であるため、これらの違いは調査できない。
 
 これらの因子と土壌生成の関係を長期間にわたって測定することが、この圃場の存在理由である。これまでの当圃場の歴史と管理計画などを紹介する。
 
4.土壌生成調査実験圃場の管理に関する資料
 農業技術研究所は、昭和55年(1980)に東京の西ヶ原からこの地に移転した。それから3年後の昭和58年(1983)12月、農業技術研究所は、農業環境技術研究所と農業生物資源研究所と一部農業研究センターに分化した。このため、圃場に関して多くの取り決めが必要であった。土壌生成調査実験圃場に関する当時のメモを掲載して、土壌生成調査実験圃場の来し方行く末を眺めよう。なお、参考までに農業技術研究所の時代、土壌生成に関する研究は、主として化学部土壌第三科が担当していた。
 
●再編後の圃場利用計画についての意見:昭和58年10月12日
 業務科長殿
再編後の圃場利用計画についての意見
 B地区土壌生成調査実験圃場(特に農薬試験果樹園隣接圃場)は、雑木、ササ林、赤マツ林、雑草地等の種々の自然植生下で、厚層黒ボク土、普通黒ボク土、淡色黒ボク土等の筑波台地に分布するほとんどの種類の黒ボク土がモデル的に分布する貴重な自然土壌保存圃場である。

 現在、土壌第3科において、黒ボク土の代表地点として各種土壌断面を常備し、国内外の研究者の見学、研究試料の採取、生成・分類研究上の現地検討の場として、また、林・草地下での土壌生成環境としての土壌温度の経時測定や土壌成分の動態調査などに広く利用されている。

 再編後は、環境研の土壌管理科あるいは資源生態系科において、各種黒ボク土研究の国内外の標準地点としての役割とともに、種々の自然植生下における各種黒ボク土の水熱状況や物質の動態等の研究の場として、益々重要な圃場になると考えられ、一般の作物栽培圃場と異なり、将来にわたって自然生態系保存のための厳格な管理のもとに専有して使用しなければならない性格の圃場である。
 従って、土壌生成実験圃場は、環境研の管理責任圃場とし将来とも専用できるよう措置されたい。
化学部圃場委員  井磧 昭

 
●業務科長殿:昭和58年10月12日
 業務科長殿
 土壌3科が使用している土壌生成調査実験圃場(B地区)は、ササ、雑木、マツ等の自然植生を維持し、しかも自然植生下において筑波台地に分布する各種土壌が出現するので、土壌生成の研究上極めて重要な圃場である。すでに土壌モノリス、土壌温度の経時変化の測定、黒ボク土の代表的土壌として、土壌断面の常設(国内外の研究者の見学或いは国際的対比など)等の研究に使用しており、今後もこの圃場本来の目的で使用することには変わりはない。従って、この圃場の管理責任分担は当該部科の所属する環境研が将来とも当たるべきと考える。
化学部 土壌3科 圃場委員  井磧 昭
 
5.土壌生成調査実験補場に関するデータ
 当圃場に関するこれまでのデータは、次の文献の中に見ることができる。
 
● Pedon 020 Okawaguchi: 9th Internal Soil Classification Workshop, Tour Guide, SMSS, USDASoil Conservation Service, 272-291 (1987)
● Pedon IBARAKI-1: Andosoils in Japan, ed. K. Wada, Kyushu Univ. Press, 264-269 (1986)
● 農業技術研究所ほ場の土壌および三要素試験の概要:農業技術研究所化学部資料第3号、農林水産省農業技術研究所、1-45、昭和59年3月
 
 
 なお、「農業技術研究所ほ場の土壌および三要素試験の概要」の序文と目次は以下の通りである。
 農業技術研究所の茨城県筑波郡谷田部町への移転にともない造成されたほ場の完成から6年目を過ぎ、ほ場管理、実験等も軌道に乗るようになったが、ほ場の正確な土壌断面の記載、土壌分析はまだなされていなかった。そこで、1983年2月4日、B地区D1ほ場で深さ3mの試抗を掘る機会があったのを利用して、土壌調査と層別の土壌分析を化学部で行うことになった。その後、作物生育の結果などを含めて資料として残すことになり、その結果をとりまとめた。
 
 分析項目については、位置的、時間的変動が小さく、土壌生産力ポテンシャルの指標及び農業環境中の微量元素のうちで過去の蓄積量が少なくこれからの環境変化の指標になると考えられるものを選択し、無機態窒素含量や微生物性等は除外した。また、分析法は詳細な記述と引用文献を記載するようにし、将来各分析項目の変化の追跡等、データの比較ができるように心がけた。さらに、調査、分析のデータについては結果を重視し、考察が広範囲に及んだり頻雑になることは避けるようにした。そうした意味において、これらのデータを読者自身が自由自在に活用することを希望する。
 
 多くの分析担当及び執筆者からなるための完全な統一性を欠くうらみはあるが、このデータによって現在のほ場の土壌についての性質を正確に把握し、各種の実験や作物栽培についての参考資料とするだけではなく、将来土壌の変化等を検討する際の出発データとして役立てることができれば幸いである。
昭和58年11月  農業技術研究所化学部長 阿部和雄

 
目次
I .概況 天野洋司(土性第3研究室)
II .土壌の物理的・化学的性質  
  1.物理性 遅沢省子(土壌物理研究室)
  2.化学性  
   2−1.全炭素・全窒素・可給態窒素 井ノ子昭夫(土壌科学第1研究室)
   2−2.一般化学性  南条正己・谷山一郎(土壌科学第2研究室)
   2−3.全分析 山崎慎一(土壌科学第3研究室)
   2−4.微量元素(Cr,Cs,Co,Sc,Eu) 渡辺久男(土壌科学第3研究室)
   2−5.粘土鉱物組成 渡辺 裕(土壌科学第2研究室)
III .水稲及び小麦の三要素試験
 
矢沢文雄(作物栄養第1研究室)
 
  1.水稲  
  2.小麦  
  附図、地温 足立美智子(土壌第3研究室)
 
6.現在の圃場の管理計画
 現在、当圃場は農業環境インベントリーセンター土壌分類研究室が管理している。将来の管理計画は以下の通りである。
 
 西部地区は、西側の大半を松林として保存する。残りは現在のクヌギとコナラを維持する。東部地区は、全体を次の6区に分け、維持管理する。1)草地、2)富栄養落葉広葉樹域:乾性土性に生育する富栄養性の落葉広葉樹(エノキ)を植裁・維持する。3)貧栄養落葉広葉樹域:乾性土性に生育する貧栄養性の落葉広葉樹(コナラ)を植裁・維持する。4)好湿性植物域:より湿性の土壌に生育する植物を植裁・維持する。5)針葉樹域:マツを主に生育させる。6)針葉樹・常緑樹混交域:マツおよびシラカシを保存するが次第にシラカシに交代する。なお、これらの各域の樹種は、ニセアカシアを除き保存する。ニセアカシアは全部伐採する。5、7、9月には毎年下刈を行う。同時期に柵周辺は除草剤を散布する。
 
 当圃場では、昭和58年頃に土壌温度や土壌成分の動態調査を行った経緯がある。その後、このような「地象」調査はほとんど行われなかった。国際的土壌分類では、土壌の理化学性のほか、土壌水分や土壌温度の年間変動を土壌の特性として基本的分類基準に採用している。しかしその重要性にもかかわらず、日本の土壌分類に関する研究において、このことはあまり注目されてこなかった。幸いにも、本年度の機械整備費により土壌養分測定装置を設置することができた。これは、温度、水分、pH、ECを継時的に測定できる装置である。現在、草地と林地で5、25、50、100cmにセンサーを埋設し、継時的な測定を開始した。これにより、年間を通じた地象をモニタリングすることが可能になり、国際的な基準に対応できる土壌地象のデータが蓄積されるようになった。このような長期の土壌地象情報は、気象情報とともに土壌中における物質移動や循環、動物や微生物の活動を解明する上でも重要な情報である。また、これらのデータをインベントリー情報として蓄積する予定である。
 
 

紫外線Bと低pHの相乗作用による
カエル胚への致死的および亜致死的影響

 
Lethal and sublethal effects of UV-B/pH synergism on common frog embryos
Maarit Pahkala et al. : Conservasion Biology, 16, 1063-1073 (2002)
 
 農業環境技術研究所は、農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに、侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって、生態系のかく乱防止、生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため、農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが、今回は紫外線増加と環境の酸性化がカエルの卵の発育に及ぼす影響に関する論文を紹介する。
 
要 約
 
 紫外線B(UV-B)の照射は多くの両生類の発育に悪影響を及ぼすことが示されているが、いくつかの種−たとえば、ヨーロッパアカガエル(common frog, Rana temporaria)−は、UV-B照射に耐性がある。同じ種でも個体群によりUV-Bを受ける量は異なると思われるが、UV-B耐性の地理的変異についてはほとんど知られていない。また、UV-B照射は他のストレス要因と相乗作用的な効果を持つかもしれない。著者らは、スウェーデンの南部と北部で採集したカエルを用いた室内実験で、UV-B照射と酸性化の組合せがヨーロッパアカガエルの卵の孵化率及び初期発生に及ぼす効果を調べた。
 
 新しい受精卵を、3水準のUV-B条件(対照:照射なし、通常:1.254 K/J/m2、増加:1.584 K/J/m2)、および2水準のpH条件(酸性:pH 4.5、中性:pH 7.6)に置いた。UV-B照射を酸性条件下で行うと、北部の個体群では顕著に生存率が低下し(約50%)、卵の発生異常の頻度が増加したが(約30%)、南部の個体群ではそうならなかった。南部の個体群ではUV-Bを照射された卵からサイズの小さいオタマジャクシが孵化したが、酸性条件ではどちらの個体群も孵化時のサイズが小さくなった。どの個体群、pH条件でも、通常のUV-B条件で、最も卵の発育が速かった。卵の発育速度あるいは孵化時のサイズについては、pHとUV-B照射の相乗作用は認められなかった。
 
この実験の結果は、これまで考えられてきたこととは異なり、ヨーロッパアカガエルの卵はUV-B照射量の増加に対して非感受性ではないことを示している。ただし、UV-B照射の致死効果は、環境の酸性化のような他のストレス要因と重なった時にだけ現れ、その相乗作用の効果は、同じ種でも個体群によって異なるのかもしれない。
 
 

本の紹介 88:The Nitrogen Cycle at Regional to Global
Scales, Report of the International
SCOPE Nitrogen Project
Eds. E.W. Boyer and R.W. Howarth
Kluwer Academic Publishers
(2002) ISBN 1-4020-0779-5

 
 
 この本は、国際学術連合(ICSU)の環境問題科学委員会(SCOPE)が行った国際プロジェクト、「窒素の移動と動態:地域および地球規模の分析」の最終報告書である。SCOPEは、いかに人類が広大な地域スケールで地球規模の窒素循環に変化をもたらしたかをより深く解明するため、このプロジェクトを1994年から2002年の8年間かけて遂行してきた。人類の活動により、地球の大陸表面の反応性を示す窒素の生成割合が2倍になり、そのため窒素循環が促進されている。この反応性窒素の分布は一定ではない。ヨーロッパやアジアのある地域では反応性窒素が大規模に増大しており、一方ほかの地域ではほんのわずかしか変化していないところもある。
 
 このSCOPE窒素プロジェクト報告は、過去8年間以上にわたるワークショップのシリーズを通して、人間が及ぼす窒素循環への変動を詳細にまとめたものである。これらに参加した科学者を累積すると、20カ国、250人に及ぶ。これまでのワークショップの結果は、次のタイトルでさまざまな雑誌の特集号や特別報告書にまとめられている。
 
● Nitrogen on the North Atlantic Ocean and its watersheds (Howarth 1996)
● Nitrogen Cycling in Asia (Hong-Chi Lin et al. 1996; Mosier et al. 2000)
● Nitrogen Cycling in the Temperate and Tropical Americas (Townsend 1999)
● nitrogen Dissipation in the Environment and Emissions of Nitrogen Gases to the Atmosphere (Tsuruta and Mosier 1997; Mosier et al. 1998)
● The Ecological Society of America on Global Alteration of the Nitrogen Cycle (Vitousek et al. 1997)
● The Ecological Society of America on Nitrogen pollution of Coastal Ecosystems (Howarth et al. 2000)
● The US National Research Council on Coastal Ecosystems (Howarth et al. 2000)
● The US National Research Council on Coastal Nutrient Pollution (NRC 2000)
 
 なお、これらの報告書の出典は、本書の「まえがき」に紹介されている。本書は、植物による大気の窒素固定から政策への提言まで、きわめて幅広い内容の本である。窒素の研究が、地域、地球および政策面からもきわめて重要であることをこの本は教えてくれる。目次は以下の通りである。
 
Foreword
International Scope Project
 
Vitousek, P.M. et al.: Towards an ecological understanding of biological nitrogen fixation
Karl, D. et al.: Dinitrogen fixation in the world's oceans
Neff, J.C. et al.: The origin, composition and rates of organic nitrogen deposition: A missing piece of the nitrogen cycle?
Boyer, E.W. et al.: Anthropogenic nitrogen sources and relationships to riverine nitrogen export in the northeastern U.S.A.
Mayer, B. et al.: Sources of nitrate in rivers draining sixteen watersheds in the northeastern U.S.: Isotopic constraints
Seitzinger, S.P. et al.: Nitrogen retention in rivers: model development and application to watersheds in the northeastern U.S.A.
Goodale, C.L. et al.: Forest nitrogen sinks in large eastern U.S. watersheds: estimates from forest inventory and an ecosystem model
Breemen, N.V. et al.: Where did all the nitrogen go? Fate of nitrogen inputs to large watersheds in the northeastern U.S.A.
Alexander, R.B. et al.: A comparison of models for estimating the riverine export of nitrogen from large watersheds
Sickman, J.O. et al.: Regional analysis of inorganic nitrogen yield and retention in high-elevation ecosystems of Sierra Nevada and Rocky Mountains
Lewis, Jr. W.M.: Yield of nitrogen from minimally disturbed watersheds of the United States
Banshkin, V.N. et al.: Nitrogen budgets for the Republic of Korea and the Yellow Sea region
Xing, G.X. and Zhu, Z.L.: Regional nitrogen budgets for China and its major watersheds
Johnes, P.J. and Butterfield, D.: Landscape, regional and global estimates of nitrogen flux from land to sea: Errors and uncertainties
Mosier, A.R. et al.: Policy implications of human-accelerated nitrogen cycling
Note added in proof
 
 

本の紹介 89:稲の日本史、佐藤洋一郎著、角川選書337
(2002)1500円 ISBN4-04-703337-5

 
 
 福岡県の板付遺跡は、BC4世紀頃のはるかなる縄文の時代に、わが国にコメの文化があったことを語っているようです。また、青森県の砂沢遺跡や垂柳遺跡は、BC4〜AC3世紀の弥生時代にさらに豊かなコメの文化があったことを証明しています。さらに、登呂遺跡、菜畑遺跡や垂柳遺跡にみられるように、弥生時代には、水田を通してひとびとが力を合わせなければ生活していけないムラ文化が形成されていったのです。
 
 大化改新において、中大兄皇子は班田収授の法を定めました。これは水田をすべて国有とし、それを班(わか)って一定面積の田(公田)を一定年齢に達した国民(公民)に授け、死後はこれを取りもどして収める方法でした。奈良時代から平安時代の初期に行われていたようです。
 
 平安時代から室町時代にかけては、荘園制があらわれるようになりました。貴族や寺院が開田を行い、水田の大造成が行われたのです。平安時代の初期から16世紀頃までつづきました。
 
 その後、世に太閤検地といわれる検地が確立しました。検地は全国的な規模に及び、これにより天下統一の経済的基盤が整い、わが国の封建制が確立したのです。
 
 明治政府が行ったのが地租改正でした。江戸時代に各所領でまちまちに行っていた物納貢租を廃し、全国一率の定率金納地租に改めたのです。この改革によって土地領有制は廃止され、農民の私的所有が認められることになりました。
 
 われわれは、稲に関する日本の歴史をおおむね以上のように理解しています。
 
 この本は、従来の「稲の日本史」が誤りだったことを書いています。本書は、かつて柳田國男が「稲作史研究会」のまとめとして出版した「稲の日本史」と同じ表題で出版されています。あえて本書の表題を柳田國男のものと同じにした理由は、かつての「稲の日本史」には、おおきな誤りがあったからだと著者は指摘しています。
 
 本書の流れは次のようです。縄文遺跡から次々に見つかるイネの痕跡は、この時代、現代の水稲(温帯ジャポニカ)とは異なる熱帯ジャポニカの稲作が、多様性あふれる方法で営まれていたことを物語っています。水稲が弥生時代に渡来した後も、水田稲作は一気には普及しなかったようです。日本人が稲作にもつ「見渡す限りの水田」というイメージは、近世以降推し進められた画一化の結果であることを明らかにしています。また著者は、縄文稲作の多様性がもつ意味を、今日的な視点でとらえなおすことを主張しています。
 
 「おわりに」で著者は語ります。右上がり歴史観を支えてきた「弥生の要素」。むろんそれが果たした役割はきわめて大きいが、イネや稲作の歴史には、もうひとつ「縄文の要素」が隠されている。それが行き詰まった21世紀の稲作や、ひいては社会を救う救世主になることを期待して、私は本書を書いた、と。目次は以下の通りです。
 
第1章 イネはいつから日本列島にあったか
   先人の足跡を追う
   縄文稲作を追い求めて
   インドシナに縄文稲作のあとを求めて
   2つのジャポニカ
   DNAでみた2つジャポニカ
   縄文時代のイネの実像にせまる
   縄文のイネはいつどこから来たか
   モチ米とウルチ米
 
第2章 イネと稲作からみた弥生時代
   話があわない
   水田は急速に広まったか
   休耕田がある?
   水稲は多量には来なかった
   水稲渡来の経路
   弥生時代のヒトとイネ
   植物が運ばれるとき
 
第3章 水稲と水田耕作はどう広まったか
   熱帯ジャポニカの衰亡
   熱帯ジャポニカはなぜなくなったか
   品種の移り変わり
   なかなか広まらなかった水田耕作
   水田耕作の広まりを押しとどめた力
   水田耕作を広めた力
 
第4章 イネと日本人−−終 章
   弥生の要素からの呪縛
   呪縛からの開放
 
おわりに
 
 

本の紹介 90:反近代の精神 熊沢蕃山、大橋健二著
遊学叢書27、勉誠出版
 (2002)4500円 ISBN4-585-04087-0

 
 
 熊沢蕃山(1619−91)は、中江藤樹(1608−48)に陽明学を学んだのち、江戸を代表する賢者の一人である備前藩主池田光政に抜擢、重用されて三千石を賜り、岡山藩の執政として縦横に経綸の才をふるった。しかし、陽明学と幕政批判により、幕府から反体制の危険人物と見なされたため、追われるように各地を転々とし、ついに下総の古河で幽閉され窮死した悲劇の人物である。
 
 蕃山の肖像画には、強気と頑固な政治家風の「容貌魁偉」なものと、白皙の美男風の「柔和温良」なものとがあるという。このような違った二つの顔。どちらが蕃山の実像に近いのであろうか。マックマレンは語る。それは彼の人間像そのものと、その思想の双方を覆っている。彼の人生経験の驚くべき多様さ、また、それに呼応するかのような彼の思想の幅広さに由来すると思われる。
 
 容貌が異なる二つの肖像画があるように、研究者にとっても蕃山の人間像は不可解で解りにくく、当惑を覚えずにはおかない存在であるようだ。前半生の栄光と後半生の悲惨。尊敬と嫌悪。いわば光と影にも似た対照的なものに彩られている。
 
 「情報:農業と環境」に、このような熊沢蕃山をとりあげたのは、優れた経世家であるとともに大破壊大懐疑の人物であったにもかかわらず、エコロジーの先駆者であったことによる。ここでも蕃山は光と影をもつ。蕃山は、日本の儒教思想の伝統のなかから空間の思想をとりあげて、環境土木の哲学を創造した第一人者であろう。「土木事業を進めるにあたっては、環境への配慮を欠いてはならない」という思想である。
 
 蕃山の認識は、「山川は天下の源である。山はまた川の本である」ともいいかえられる。これは、「山林は国の本である」ということである。自然と人間社会の全体を、基本原理である陰陽の気の様態として説明するこの思想は、天地という広がりと四季の時間的変遷を枠組みとする一種の空間の哲学である。南方熊楠は、エコロジーの先駆者としての蕃山の文章を次のように引用する。
 
 「山川は天下の源なり。山又川の本なり、古人の心ありてたて置きし山沢をきりあらし、一旦の利を貪るものは子孫亡るといへり。諸国共にかくのごとくなれば、天下の本源すでにたつに近し。かくて世中立ちがたし。天地いまだやぶるべき時にもあらざれば、乗除の理にて、必乱世となることなり。乱世と成りぬれば、軍国の用兵糧に難儀することなれば、家屋の美堂寺の奢をなすべきちからなし。其間に山々本のごとくしげり、川々むかしのごとく深く成事なり。」「集義外書、巻三」
 
 「山林とそこから流れ出る河川は、天下万物を育む生命の源である。にもかかわらず、経済の論理を優先して利のために山の木を切り倒してしまえば、山は水を出さなくなり、川は枯れ果てる。天下の本源というべき山と川が荒廃すれば、天下は必ず窮してその結果乱世となる。乱世となれば、戦争のために多くをとられ、木を切り倒して豪邸や豪壮な寺院を造る余裕もなくなる。木々が切られることがなくなるので、この間に山々の木々は元のように生い茂る。川にも満々たる水が湛えられるようになるだろう。蕃山はこのような逆説を悲観的に語っている。」
 
 農業と環境を研究する者にとって、本書は考えさせる多くの内容を含んでいる。環境論の立場から蕃山を高く評価した鳥取環境大学長の加藤尚武の話や、南方熊楠、安藤昌益、田中正造など環境史を研究するうえで避けて通れない先達と関連づけながら解説される本書は、格好の環境哲学史でもある。目次は以下の通りである。
 
序 「近代」へのプロテスト
  若き日の反発と屈辱   非「近代」としての日本社会
  陽明学に内在する「近代精神」  「近代人」による「近代」批判
 
第1章 蕃山の生涯と挫折
  1 大衆の人気者−−蕃山像をめぐって
人気歌舞伎『朝顔日記』のモデル  学者のスター
  2 若き日の蕃山と近代武士−サラリーマンへの幻滅感
「会社人間」の出現  「熊沢天皇」と蕃山  二十歳の退藩理由
  3 理想主義の敗北
現実と理想主義  陽明学の功罪  三十九歳の退藩と背景
武士社会への挑戦−世禄法  改革  「人情」と「大政治」
林子平の禄高改革論  河井継之助の禄高改革
  4 隠退の真相
光政の蕃山罵倒  「筑波山」への思い  光政への諫言
  5「失敗者」への同情と共感
義経の画像  「特立独行」の志
 
第2章 蕃山における近代精神
  1 例外的日本人
日本批判論者(リビジョニスト)による評価  「虚名」批判
  2 学問における反「党派性」
価値相対主義と陽明学  非陽明学的
  3 蕃山と陽明学
日本陽明学の特質  朱子学批判
  4 「内部指向」と「外部指向」
リースマンとオルテガ  倫理の内面化
  5 近代武術の源流
近代柔術の祖・陳元贇  「猫の妙術」 通俗思想家への影響
佚斎樗山と蕃山剣の思想
  6 「アカ」反体制者への迫害
「大破壊大懐疑の人」  耶蘇と由比正雪  河上肇と安藤昌益
  7 批判と理解
藤樹批判  藤樹の真の理解者  強靱な主体的精神  戦後デモクラシーの源流
 
第3章 蕃山の近代批判
  1 中央集権的専制政治への反発と伊達騒動
参勤交代批判  山本周五郎『樅の木は残った』  烈士・伊東七十郎
伊達騒動への影響
  2 『源氏物語』と蕃山
光源氏への共感  武家批判の武器−本居宣長の蕃山批判
「色好み」の積極的意義  「人情」と専制政治
  3 独裁政治批判
埴谷雄高と陽明学者伊東潜龍  スターリニズム批判
  4 近代官僚政治批判
新田開発反対論  「天罰」という評価  近代官僚への嫌悪
  5 専制政治下の刑罰と万物一体論
団藤重光『死刑廃止論』とその周辺  陽明の万物一体思想
  6 エコロジーの先駆者
南方熊楠・田中正造  わが国最初のエコロジー
 
第4章 反近代・反時代的精神
  1 『文明の衝突』と時処位論
日本の将来−キリシタンの世の中  キリスト教国家アメリカの支配
時処位論と「自由の弁証法」  過剰な外国追随への懸念
  2 ホワイト・カラーと武士士着論
「世間の愚者」と「光の子」  武士たちのセーフティネット
兵農分離と「会社主義」  「市民意識」と武士土着論
  3 平凡日常の精神
鴎外「小倉左遷」と蕃山  諦観と「全幅の精神」
  4 近代二元論に抗して
丸山の蕃山評  吉本隆明による丸山批判  反時代的一元論者
 
あとがき
 
 

本の紹介 91:私の地球遍歴
石 弘之著、講談社
 (2002)1700円 ISBN4-06-211491-7
 
 
 著者は東京大学教授を退官し、この10月に駐ザンビア大使に着任した。かつて、国連ボーマ賞、国連グローバル賞500賞、毎日出版文化賞を受賞している。環境研究を志している人で、この著者の名前を知らない人はまずいまい。主な著書に「地球環境報告」「地球環境報告2」「酸性雨」「インディオ居留地」「地球破壊七つの現場から」「地球への警告」「知られざる地球破壊」「地球環境運動全史(訳本)」「緑の世界史(訳本)」「環境と文明の世界史」「環境学の技法」などがある。あとの2冊は、すでにこの「情報:農業と環境」の「本の紹介 41(14-31)81(26-42)」にも掲載した。
 
 本書は、これまで125カ国を訪れた著者が、地球が抱える主要な環境問題から「環境保護運動」「熱帯林破壊」「砂漠化」「環境汚染」「水資源」「海洋汚染」「地球温暖化」「原発事故」「戦争」を拾い出し、いずれも、その現場に立ち合った著者自身の体験をつづったナマモノである。125カ国の訪問とそこで得られた上記の環境問題の体験は、かつて30カ国を訪れたことのある筆者(これを書いている本人)からしても想像に絶するものがある。
 
 著者は、「まえがき」で語る。「私はこれまでも、そうした現場からの報告はさまざまな形で発表してきたが、その多くは報道であり、論文であった。本書は、私としてははじめて一人称で書いたものである。正直いって自分を書く気恥ずかしさを味わった」と。気恥ずかしさを味わいながらも出版された本書は、結局のところ多くの若者に読んでもらいたいからである。そのことは、「まえがき」の後半に表現されている。いわく、「世界をまわっていて、あまりにも多くの若者が未来に関して無関心であることに、あらためて愕然とする。フランスの歴史学者ミシェル・ボーがいうように「無関心は私たちの世界を腐敗させる」のである。本書はそうした若者にも読んでほしい、未来へのスタートラインを示したつもりである。・・・・・(省略)ここまでひどくしてしまった地球を直視しなければ、未来への出発もない。」と。
 
 地球が抱えるさまざまな環境問題は、大地や大気の叫びととることもできる。この叫びに呼応して人間の叫びを、人間の心の悲鳴を表現したのがこの本である。著者は、臆面もなくいたるところで泣き怒る。それは、地球の多くを見過ぎてしまった男の嘘偽りのない涙と怒りなのである。
 
 ここでは、第2章「死に急ぐ先住民たち」から始まって、9章「原発事故の余波」の中からの印象的な文章を記載して紹介にかえたい。
 
 第2章:ブラジルが狂奔する「開発」に私たち日本人も手を貸し、大豆の輸入ひとつとっても間接的にせよインディオ迫害に関わっている。生物学的には環境の質を示す指標は、そこの環境にもっとも適応してその場所以外では生存のむずかしい生き物が選ばれる。
 
 地球環境の悪化を示す事例はいろいろ挙げられるが、自然環境と高度に共生してきた先住民が生きていけなくなったことこそ、地球環境の悪化が最終段階に入ったことを雄弁に物語る指標であろう。もしかしたら、先住民の間に自殺が多発しているのは、開発へのはかない抗議ではないか、という気がしてならない。
 
 第3章:実はこの薪不足地域は、飢餓地域と重ねるとぴたり一致する。根は同じ森林の破壊にあり。一方で、農地や放牧地を荒廃させ、他方で燃料不足に追い込んだのである。薪を集める、畑を広げる、家畜に草を食べさせる、こうした毎日の生活の積み上げが、やがて森林を枯渇させ土壌を悪化させる。
 
 そこに干ばつが襲ってくると、大地は作物をつくり家畜を育むことを拒否する。エチオピアの姿は、意図せずに自然を収奪しつくしていく人類のサガをみる思いがして仕方がない。
 
第4章:この砂漠の村も、長年の酷使で傷んだ船底に開いた穴であろう。日本はさしずめ、一等船客である。船底で浸水と戦っている人々に、かわいそうだからと食べ物や毛布を恵んできた。私たちはその穴を修理するのに、どんな努力をしたのだろうか。沈没するときは一等船室だって同じ運命である。
 
 そんな思いを抱きながら、涙を流して送ってくれる村人に別れを告げた。迎えのジープが遅れたために、エルファシャに戻る道は深夜になった。星明かりの中に、砂漠が浮かび上がる。これがあれだけ人間を苦しめている同じ砂漠とは思えないほど、幻想的だった。
 
第5章:「どうしたら西側の過剰消費を抑制し、伝統的な消費行動を守れるか」という声だけは高い。果たして加速する西欧化から逃れられるのだろうか。日本人からみれば「いつかきた道」である。私たちの二の舞だけは演じてほしくはないが・・・。
 
第6章:2000年オリンピック開催地に北京が立候補してシドニーに敗れた原因の1つに、大都市の大気汚染があった。それ以来、中国は北京市の都市整備や緑化につとめ、燃料を石炭から天然ガスに切り替え、世界に環境対策をアッピールしてきた。その甲斐があって2008年の開催も決まり、スローガンには「緑色」が掲げられた。つまり環境保護を前面に押し出したのである。果たして、このスローガンはいつまで色あせないか、心配である。
 
第7章:小さな罪では、一緒に撮った記念写真を送るといって送らない。大きな嘘では「ぜひ君を日本に留学生として呼んであげたい」といったその場かぎりの約束をする。アフリカやアジアで、約束を信じて写真の到着を待ちわび、日本留学を夢見ている若者がどれだけいるか、知っているのであろうか。
 
第8章:先送りをつづけているうちに、地球上でもっとも環境の変化に敏感な南極がついに悲鳴を上げはじめたのだ。南極一番乗りを果たせなかったロバート・スコットの息子である英国のピーター・スコット卿は、自然保護活動家として南極の保護に打ち込んでいる。「人間の貪欲な欲望をコントロールできない限り、南極の自然、そして地球が人間の手によって破壊されていくだろう」と、近著を通じて警告している。
 
 夢にまで見た「空白地帯」の現状は以上のようだった。夢想していたのに比べて、あまりに人間臭かった。むろん、ペンギン、オットセイ、クジラなど多くの生き物には会えた。人間に接したことのなかった南極の動物たちは、人を恐れずあまりに無邪気だった。人間は、南極の自然やこの生き物たちをどうする気なのだろう。心のなかにポッカリと新しい「空白地帯」ができた。
 
第9章
 原発にかぎらず、コンビナート、タンカー、航空機などの巨大技術システムの大事故で不可避のものはまずなく、ほとんどの場合、なんらかの人的なエラーが絡んでいる。どんなに技術が発達しようが、いかにコンピューター制御が進もうが、人間は必ずや間違いをしでかす生き物であることは、日本の原発産業の現場で起きているさまざまな事故や故障を検証すれば容易にわかる。
 
 人間が失敗をしても、事故の被害が最小で収まるような等身大の技術への回帰とそれを支える「安全文化」の確立こそが、2つの大原発事故の教訓ではなかったのか。目次は以下の通りである。
 
まえがき    
第1章 環境保護活動家の死    
  いのちを賭(か)ける運動 追いつめられる先住民 殺害される活動家
  アマゾンの英雄たち  ナイジェリアのデルタ地帯で 体制化する環境保護運動 
       
第2章 死に急ぐ先住民たち    
  アマゾンの明かり 多発する若者の自殺 居留地を訪ねる
  インディオ居留地 動機を求めて 自殺の動機
  貧困・絶望・酒・自殺 大豆ブームと居留地 居留地は動物園か
       
第3章 飢餓(きが)キャンプの現実    
  よみがえる飢餓感 被災者センター 高原に流れる歌
  若者たちの死 干ばつの孤児 飢餓の原因
  人間侵略の歴史 貧者のエネルギー危機  
       
第4章 砂漠の村のできごと    
  勢いを増す砂漠 砂漠の村を目指して 干ばつ後遺症
  活動を始めた休眠砂丘 歯車が狂いだす アラビアゴムノキの壊滅
  砂に埋もれた村 エネルギー危機 出稼ぎが結ぶ外の世界
  雨のにおいが迫る 変わらない農業 追記
       
第5章 東欧の汚染地帯    
  環境と政治 黒い三角地帯 漏れだした情報
  白い雪が降った 社会主義のツケ 森林の墓場
  森林の復讐 勢いづく市民運動 民主化のもたらしたもの
       
第6章 中国の二つの大河    
  中国に抱く複雑な感情 あまりに急な発展 黄河の異変
  断流がはじまる 空前の長江大洪水 長江が黄河になった
  北京を襲う嵐砂嵐 食糧増産のツケ 原因は食にあり?
       
第7章 奪い尽くされる海    
  人間の活動に屈する海 エストニアに入れ込む アザラシの大量死
  大量死の原因は汚染 バルト海・北海の惨状 黒海のドナウ河口を行く
  汚染が進行する黒海  船の墓場となったアラル海  「自然大改造計画」が殺した
  どこへゆくアラル海    
       
第8章 南極の緑の大草原    
  南極に夢をはせる  世界最南端の町へ  「南極っこ」たちに出会う
  南極にまでおよぶ汚染の手 押し寄せる観光客  棚氷(たなごおり)の崩壊がはじまった 
  草原と化した雪原 温暖化への危機感  
       
第9章 原発事故の余波    
  子孫への巨額な借金 チェルノブイリ原発への道 原子炉が爆発した
  傷だらけの石棺(せっかん) 戻ってきた人々 重くのしかかる後遺症
  子どもの甲状腺ガン 枯れた松の木 マスコミ批判
  地球環境への警鐘    
       
第10章 戦争が奪う人間と環境    
  戦争の記憶 無残な戦争の遺産 複雑な国家の崩壊
  憎悪の根っこ 枯葉(かれは)作戦の後遺症 爆撃による破壊
  アリの巣に入る ダイオキシン汚染 復興運動に立ち上がる
  オオヅルを求めて
 
   
あとがき    
 
 

本の紹介 92:多文明共存時代の農業、高谷好一著
人間選書241、農文協
 (2002)1800円 ISBN4-540-01006-9
 
 
 本書は4章からなる。第1章は「農業の誕生−世界の生態と4つの農業起源地−」である。この章は、第2章以下の記述をその上に載せるための基礎になる白地図のようなものである。世界を砂漠、草原、森とサバンナ、熱帯多雨林、山地と大きく5つの景観区に分けて、その上に4つの農耕起源の地が書きこまれている。これで農耕が始まったころの地球の様子がわかる。
 
 第2章は「環境に適応した自給的な地域農業」である。ここでは、起源地から拡散していった農業が、到達した先々でどんな地域農業をつくり上げたかが述べられている。この地域農業は、いくつかの類型に分けられる。それがまた細分、ときには再細分される。その様子は代表的な地域農業として図示される。
 
 第3章は「売るための農業」である。第2章で述べた地域農業は、いずれも何千年もかけて、その土地の人びとがじっくりと育て上げてきたものである。第3章はこれとは異なる。第3章は、いわゆる近代に入って他国者がもっぱら利潤追求のためにつくりあげた農業である。単品で大規模な栽培が中心の農業である。代表がプランテーションである。ここではその実例がいくつか述べられている。カリブ海の砂糖キビ、アメリカの棉、ジャワの砂糖キビ、マレーのゴム、それに少し毛色は違うがアメリカのコメが取り上げられている。
 
 第4章は「多文明共存の時代へ向けて−農業をどう考えるか−」で、総括と考えられる。ここでは二つのことが論じられる。一つは、地域農業とプランテーションの関係である。ほかは、日本にとって農業は何だったかということである。日本の社会の最も大きな特徴は、強い仲間意識の存在と自給自足を基礎に据えた国づくりである。すくなくとも、江戸時代から明治時代にかけてはそうであった。その基礎の上に明治以降の日本は大きく伸びた。そして、その基礎が稲作である。この章では、こうしたことが論じられる。
 
 ところで、著者は「はじめに」で語る。「世界は今、大きく変わりつつある。もうすぐ多文明の時代がやってくる。それぞれの社会が本当に自分の身にあった生き方をする時代に入っていくのである。こんな時、本当に強い足腰を持ち、日本人らしい生き方をしようとするなら、私たちはどうすべきなのか。日本が自らつくってきた歴史的背景からして、結局もう一度、農業に目をやり、そこから考え直し、組み立て直していくより手がないのではないか。これが第4章の論点である。また同時に、この小冊子の主張である。」と。
 
 著者は、このように様々な農業を紹介し、これまでの農業を反省し、その中で出てきたのが多文明共存という考え方であるという。地球上にはいろいろな生態があり、多様な歴史的経緯があるのだから、いろいろな文化、社会があるのは当然であるという考え方である。この多様なものを認めあったうえで、それらの共存の方法を探っていこうという考え方である。わが国でのそのことは、稲作農業であることを著者は主張する。
 
 最後に著者は語る。「この日本の基底にまだ残っているもの、それを育ててきたのが農業、とりわけ稲作農業であった。そういうことを考えながら稲田を見るとき、私は稲田に深く頭を下げたくなるのである。ありがとうございまいた、おかげで私たちの今日があるのです、荒れ果ててしまった日本ですが、まだ全部がつぶれてしまったわけではないのです、すくなくとも田舎には日本の基底が残っています、ありがとうございました、とそんな気持ちになるのである。
 
 私たちはもう少し、自分たちの国の歴史に誇りを持つべきなのではなかろうか。そして、この国を今日あらしめている風土に感謝の気持ちを持つべきではなかろうか。そうしなければ根なし草になった民族では、やってくる多文明の時代はけっして生きのびてはいけない。
 
 どの民族も、それぞれに風土の中で風土にあった生活をしていく、それが世界の民族の共存の本当の姿であり、また、人と自然の共存の本当の姿でもある。」と。目次は以下の通りである。
 
はじめに
 
第1章 農業の誕生−世界の生態と4つの農業起源地−
  1、世界の生態区分
  2、4つの農業起源地
   1 ムギ・羊農業
   2 ミレット農業
   3 根栽農業
   4 新大陸農業
 
第2章 環境に適応した自給的な地域農業
  1、ユーラシア大陸の地域農業
   1 オアシス灌漑農業
   2 天水農業の核心域
   3 天水農業の地域展開
   4 遊牧
  2、アフリカの農・牧業
   1 アフリカの地域差
   2 ミレット農業
   3 牧畜
  3、オセアニアの根栽農業
  4、新大陸の伝統農業
 
第3章 売るための農業
  1、カリブ海の砂糖キビプランテーション
  2、工業路線をとったイギリス
  3、ジャワの砂糖キビ栽培
  4、マレー半島のゴムプランテーション
  5、アメリカのコメ生産
 
第4章 多文明共存の時代へ向けて−農業をどう考えるか−
  1、農業の歴史
  2、日本と農業
  3、農業は何を与えてくれるのか
 
 

本の紹介 93:日本の棚田 百選
写真・文 青柳健二、
小学館
 (2002)1500円 ISBN4-09-343179-5
 
 
 わが国の畑や田や川は「地形連鎖」という言葉であらわせるように、たがいにつながっていた。川を押し広げるように水田を広げ、水が得にくいところは畑として利用するという土地の生かし方によって、自然条件の欠点を封じ、自然を保護しながら土壌を守り生産を維持しつづけてきた。いま考えてみても、きわめて知恵のある地形連鎖の活用である。
 
 日本の多くの伝統的な農村地帯には、台地上に林や畑があり、低地に水田がある。このような地形連鎖を活用すると、流域の環境を保全することができる。今後の環境問題を考えるうえできわめて重要なことである。
 
 たとえば、畑に投入されたチッソ肥料や有機態チッソのうち、利用されなかったチッソは、硝酸態チッソとなり地下水に流れる。硝酸態チッソが多くふくまれた地下水は飲料水に適さないし、そのまま湖沼や海に流れればアオコや赤潮を発生させる原因のひとつになる。しかし、畑のそばにある水田では、その地下水が灌漑に利用される。水を張った水田は酸素の欠乏した状態(還元状態)なので、地下水にふくまれる硝酸態チッソは、無酸素状態で活躍する微生物の営む脱窒作用によってチッソガスとなり、大気に放出される。
 
 こうして、硝酸態チッソに汚染された地下水は、水田をへて浄化されることになる。地形連鎖を活用した田畑の配置は、養分を有効利用するとともに、水をきれいにする環境保全型農業の代表的な事例といえる。
 
 私たちは、農業や農村から多くの恵みを得ている。いちばん大切な食べもののほかに、農業や農村には環境を保全する多様なはたらきがある。その中からまず、水をめぐる機能について紹介する。
 
洪水防止機能:水田は、ダムやため池のように雨水を一時的に貯留して、河川への急激な水の流出を緩和してくれる。そのため、洪水被害を軽減・防止する機能がある。
渇水緩和機能・水涵養機能:田畑の水を一時的に貯留することは、雨が降らないときの渇水をやわらげる機能にもなる。また、地下水を涵養する。
水質浄化機能:汚染された水が水田にはいると、田面を流れているあいだに汚染物質の一部は、大気に揮散したり、土壌に沈殿したり吸着されたりする。
 
 つぎに土をめぐる機能である。
土壌浸食防止機能:水を張るため集中豪雨があっても浸食をほとんど受けない。
土砂崩壊防止機能:水田があれば土砂崩壊が防止される。棚田は土砂崩壊を防ぎ、そのうえ、洪水や渇水をやわらげてくれる、地域の貴重な財産である。
 
 最後に大気と生物多様性についての機能である。
大気浄化機能:イオウやチッソなどの大気汚染ガスを植物体内と土壌に吸収する。
気候緩和機能:作物・植物・水が熱を吸収する。とくに水田は、このはたらきが大きいことが特徴的である。
生物相保全機能:雑木林がある農村は、カブトムシのかっこうの繁殖地である。水田や水路はトンボやドジョウなど、さまざまな生きものの生息地である。農村地域では、多種多様な生物が保全されている。
 
 このうような、わが国での地形連鎖を含む水田の特徴は、農業の持つ多面的機能として、国内はもとより国外においても広く認められるところとなった。この写真集は、日本の棚田を「米も風景もおいしい私たちの文化遺産」として美しく紹介したものである。
 
 棚田を保全しようという国民の機運は強い。平成11年7月には農林水産省が全国134カ所の棚田を、「日本の棚田百選」と認定した。また、同年8月には農学、歴史学、地理学、民俗学などの研究者や行政担当者、市民などによって「棚田学会」が設立され、棚田の社会的位置づけは高まっている。
 
 これは、国土保全における棚田の重要性を訴えるとともに、日本人の心のふるさとを痛切に感じさせる「癒し」の写真集でもある。北は岩手県から南は鹿児島県まで、各地の棚田が紹介される。目次は以下の通りである。
 
大蕨:山形県山辺町 大山千枚田:千葉県鴨川市
花坂の棚田・梨ノ木田の棚田・大開の棚田:新潟県高柳町
白米の千枚田:石川県輪島市 青鬼:長野県白馬村
四谷千枚田:愛知県鳳来町 坂折:岐阜県恵那市
丸山千枚田:三重県紀和町 あらぎ島:和歌山県清水町
長谷の棚田:大阪府能勢町 岩座神:兵庫県加美町
大井谷:島根県柿木村 井仁:広島県筒賀村
東後畑:山口県油谷町 樫原の棚田村:徳島県上勝町
中山千枚田:香川県池田町 千枚田:高知県檮原町
つづら棚田:福岡県浮羽町 蕨野の棚田:福岡県相知町
土谷棚田:長崎県福島町 寒川地区棚田:熊本県水俣市
尾戸の口(神々の里)・栃又・徳別当:宮崎県高千穂町
くりの町幸田の棚田:鹿児島県粟野町
 
全国棚田めぐり
東北の棚田 関東の棚田 中部・東海の棚田 近畿の棚田
中国の棚田 四国の棚田 九州の棚田  
 
『日本の棚田 百選』MAP
見直される「日本の原風景」 中島峰広
棚田歩きの注意点
 
 

資料の紹介:IGBP News Letter No.50
 
 
 IGBPは、Intenational Geosphere−Biosphere Programme(地球圏−生物圏国際共同研究計画)の略である。地球の大気、海洋および生物を含めた地球環境の変化を物理的、生物的および化学的な相互作用に重点を置いて解明する研究計画。この計画は、国際学術連合会議(ICSU)の下に設立された特別委員会で実行計画が立案され、1990年から10年計画で実施されている。1995年末現在、世界で74か国に国内委員会が設立されている。IGBPは各国の拠出金で運営されている。
 
 IGBPは、気候系を物理的な側面から解明するWCRP(世界気候研究計画)と、地球環境の変化を社会科学的な観点から解明する、地球環境変化の人間次元の国際研究計画(IHDP)と相補的な関係があり、両者は密な協調を図っている。
 
 日本においては、日本学術会議において1987年より国内計画の検討が始められ、1990年4月に「地球圏−生物圏国際共同研究計画(IGBP)の実施について」の勧告を政府に提出した。これを受けて、日本学術会議の地球環境研究連絡委員会の下にIGBP専門委員会が設けられた。現在、IGBP専門委員会には、下記の(1)〜(9)の研究計画に対応した9つの小委員会が設けられており、世界のIGBPと連携を図りつつ、日本のIGBP研究活動を推進している。
 
 研究を具体的に実施するコアプロジェクトとしては、以下の研究計画が実施されている。(1)大気微量成分の大気化学的、生物化学的過程の解明を目指す、地球大気化学国際共同研究計画(IGAC)、(2)大気と海洋の炭素に関与した物質循環の解明を目指す、国際共同海洋フラックス研究計画(JGOGFS)、(3)海岸・沿岸域における陸域海域の相互作用研究計画(LOICZ)、(4)地球変化と陸域生態系(GCTE)、(5)水循環の生物的側面(BAHC)、(6)大気圏・水圏・陸圏と生物圏の相互作用を考慮したモデリング(GAIM)、(7)古気候・古環境の復元を目指す、古全球変化(PAGES)、(8)人間活動とのかかわりが深い、土地利用・被覆変化(LUCC)。このほかに、各コアプロジェクトからの観測データのニーズに答えるために、(9)データおよび情報システム(DIS)や地域レベルで研究計画を推進する、解析・研究・研修システム(START)が実施されている。
 
 最近、IGBPはニュースレター No.50 「IGBP2:特集号」<http://www.igbp.net/download/18.5831d9ad13275d51c098000339/NL50.pdf (最新のURLに変更しました。2012年8月) >を発行した。IGBPのニュースレターは、この号も含めてIGBPのホームページで見ることができる<http://www.igbpnet (最新のURLに変更しました。2012年8月) >。
 
 「IGBP2:特集号」の書き出しは次のように始まる。IGBPは科学的に重要な成果を達成して15年を経過した後、刺激的な第2フェーズに発展しつつある。この地球変動ニュースレター特集号で、それぞれを紹介する。新しいIGBPのそれぞれのプロジェクトには、過去10年間に行われてきた各分野の経過と将来への挑戦が記されている。将来、IGBP第2フェーズは、姉妹プログラムであるIHDP(International Human Dimensions Programme on Global Environment Change: 地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画)、WCRP(World Climate Research Programme 世界気候研究計画)、DIVERSITAS(DIVERSITAS Programme 生物多様性科学国際協同プログラム)とさらに密接に協力していく。同時に、4つのプログラムはESSP(Earth System Science Partnership 地球システム科学協力)を構成している。ESSPと新しい「共通プロジェクト」についての記事は、IGFAからの最後の記事とともに、これまでよりもさらに広い背景のもとにIGBPの科学を位置づけている。
 
 この特集号の目次は以下の通りである。
The new and evolving IGBP
The future of PAGES
GAIM in 2002 and beyond
Working towards a new atmospheric project within IGBP
SOLAS: Surface Ocean - Lower Atmosphere Study
Ocean reserach in IGBP2
Land-ocean interactions - towards LOICZ2
Summary of IGBP structure and acronym glossary
The future of land research in IGBP2
Exploring the land-atmosphere system in IGBP2
The Earth System Science Patnership
Global Carbon Project
Global Environmental Change and Food Systems
Joint Water Project
A future's perspective: A new contract between Science and Society
 
 

報告書の紹介:理事会および欧州議会への委員会文書;
共通農業政策への環境問題統合を監視するための
指標に必要な統計情報

 
COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE COUNCIL
AND THE EUROPEAN PARLIAMENT
Statistical Information Needed for Indicators to Monitor the Integration
of Environmental Concerns into the Common Agricultural Policy
Brussels, 20.03.2001
COM(2001) 144 final
 
 欧州委員会は、2001年3月20日に欧州理事会と欧州議会への文書「共通農業政策への環境問題統合を監視するための指標に必要な統計情報」を採択した。この文書は、前年に出された文書 「共通農業政策への環境問題の統合のための指標」で示した各指標について、その作成にどのようなデータが必要か、そしてそれらのデータをどうやって入手するかを扱った文書である。
 
 今回は、この文書の英語版
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2001:0144:FIN:EN:PDF
(最新のURLに修正しました。2010年5月)
を日本語に仮訳した。仮訳した中には原文の内容が的確に表現されていない部分もあると思われるので、原文で確認していただきたい。なお、参考となると思われる資料を脚注に加えた。
 
 
1. 任務
 
一連の欧州理事会において、すべての欧州共同体政策に環境を統合して、これらの政策が持続可能な発展に貢献することを確保するという公約が再確認された。理事会および欧州議会への委員会文書 COM (2000) 20 「共通農業政策への環境問題統合のための指標」では、欧州連合内の農業・農村政策に環境問題を統合する戦略の有効性を監視するための指標を開発することについて述べている。この報告は、これらの指標の基礎となる、適切で信頼しうる統計情報の必要性を重視し、(その第4.2節で)この問題に関わる文書をさらに準備することを約束した。
 
本文書はこの約束に対して準備された。前の文書と1999年11月に採択された理事会戦略での詳細な議論は繰り返さない。また、委員会は持続可能な農業についての文書を別に作成することになっているため、持続性についてもここでは扱わない。欧州連合以外、とくに開発途上国での環境問題の重要性については、この文書の範囲を越えており、ここでは扱わない。この文書では、すでに COM (2000) 20 で確認された指標を作り上げるために必要なデータと、データ供給について考えられる方法に焦点を当てる。委員会のすべての活動と同様、これらの方法が成功するかどうかは、委員会だけでなく、欧州統計システムにおいて委員会の主要なパートナーである加盟国内の参加と資源にかかっている。
 
欧州議会と理事会は、この文書に示した提案を検討し、この領域の作業を遂行する任務を委員会に与えることを求められている。

1998年6月にカーディフで開かれた欧州理事会は、それぞれの政策領域内における環境の取り込みと持続可能な発展を実行に移すための各自の戦略を確立することを、理事会のすべての関係者に求めた。なかでも農相理事会に、その手続きを開始することを要請した。1998年12月にウィーンで開かれた欧州理事会は、環境と持続可能な発展をすべての欧州共同体政策に統合する公約を再確認した。農相理事会は、将来の対策の実施予定と指標セットを含む包括的な戦略をヘルシンキ欧州理事会に提出するために、その作業を続けることを求められた。1999年6月のケルンでの欧州理事会は、さらに手順を進め、ヘルシンキでの欧州理事会(1999年12月)は、主要分野に対し、将来の対策の実施予定と指標セットを含む包括的な戦略を2001年6月の欧州理事会に提出することを要請した。

 
2. 農業と環境
 
農業は、さまざまな方法で環境と影響し合う。欧州の農村景観は数世紀にわたる農業活動によって形成されており、農業者と環境との間の共存関係は、複雑かつ密接である。欧州連合における主な土地利用者であり、食料供給者である農業は、健康的な生態系が、適切かつ能率的に機能することに大きく依存している。農業者は、田園地域の、生態系の、そして農村景観の保護者である。生態系の崩壊は、水質汚染、昆虫の大発生、植物と家畜の病気のまん延、洪水、地力低下などの原因になる。政策の課題は、関連する部門の内外での望ましくない影響を最小限に抑えながら、生態系を保護することである。これは、環境を保護・強化する活動(農業部門では、十分な理解に基づく自己利益の問題として、さまざまな活動が広く実施されている)を促進・支援し、悪影響のある活動を抑えることを意味する。
 
1999年11月に、農相理事会は、アジェンダ2000の下で採択された改革を通じて、共通農業政策(CAP)への環境要件の統合に取り組むための戦略を採択した。水、農薬、土地利用と土壌、気候変化と大気環境、景観と生物多様性について、目標が設定された。
 
3. 指標
 
詳細な政策目標を設定して、これらの目標の達成に向けた経過を評価しなければならない。
 
以下のために、しっかりした指標セットが必要である。
− 農業環境政策と農業環境プログラムを監視、評価することに役立ち、農村開発全般についての関連情報を提供する
− 欧州の農業に関わる環境問題を明らかにする
− 農業環境問題に取り組むプログラムの目標の設定に役立つ
− 農業活動と環境との関わり合いを理解する
 
委員会の各部局の作業は、OECDの作業をもとにしており、欧州農業のシステムを扱うために修正・拡大されている。委員会の作業範囲は、必要な指標を定めるだけではなく、適用するべき方法、可能なデータソース、あるいはデータ収集法を定め、欧州連合加盟国の指標を同じものにして、比較可能にすることである。

詳細については、OECD(経済協力開発機構)の出版物「農業のための環境指標 (Environmental Indicators for Agriculture)」 第1巻:概念と枠組み (OECD 1997)、第2巻:問題点とデザイン (OECD 1999)、第3巻:方法と結果 (OECD 2001)を参照
第1巻と第2巻については、情報:農業と環境 No.2(2000年6月)の、
OECD:「農業と環境」に関する出版物の紹介
(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn002.html#00203) でもふれられている。

 
農業環境指標を選ぶための、おもな基準は、次の通りである。
 
政策関連性 − 主要な環境問題を扱っているか
反応性 − 活動に応じて十分敏速に変動するか
分析の正しさ − しっかりした科学に基づいているか
計測可能性 − 現在あるいは計画中のデータ入手が実行可能か
解釈の容易さ − 明確で理解しやすい方法で、必須の情報を伝達できるか
費用効果 − 得られる情報の価値に対する費用
 
COM (2000) 20 では、指標の初期のセットと、指標が必要な領域が示された。この文書の最後の表に、これらを追加情報とともに要約した。これらの指標の領域は、開発のレベルが異なっており、4つのグループに分けられる。
 
(a) 第1のグループには、どの統計データを集める必要があるかが、直ちに明らかな指標が入る。
 
(b) 第2のグループについては、統計データは適切な情報ソースではないが、統計家が異なった情報ソースからのデータを関連付け、組み合わせることによって、全体的な状況の把握に役立つと思われる。
 
(c) 第3のグループでは、指標は、何が最適なデータかを決められるほどには、まだ明確にされていない。
 
(d) 第4のグループについては、指標は必要であるが、どの指標も明確にされていない。データの必要条件については、まだ勧告できない。
 
現在の課題は、(1)しっかりした分析の枠組みの中で、統計、行政、環境の情報ソースからデータを見つけ出して組み合わせることによって、確認された指標の算定、手直しに必要な入力を提供すること、(2)第3、第4のグループの指標をより明確に定めることである。
 
この文書では、直ちに決定できるデータ要件(グループa)を考察し、グループbとグループcにおける問題に取り組むためのいくつかの提案をする。
 
指標のためのデータを用意する際には、まず、既存の情報ソースを最大限に利用する努力をする。第2に、可能な場合には、追加的情報を、既存の統計、行政のデータセットの範囲を拡大することによって得る。これらが要求を満たせそうもない場合のみ、新しいデータを集める。
 
4. 関連情報の既存の統計情報ソースと他の情報ソース
 
欧州統計システム(ESS)は、欧州統計局(Eurostat)と加盟国政府の関係組織から構成され、政策決定者に必要な統計情報を提供している。行政手続きによって生じるデータは、豊富な情報ソースとなるが、その情報を統計環境の中に正確に統合するためにはかなりの努力が必要である。地理空間ツールは、しっかりした分析の枠組みの中で、統計データ、行政データ、および環境データ(土壌、土地被覆、集水、河川、気候ほか)を統合し、関連指標を提供するために用いることができる。ESSの活動の成果は、委員会で直ちに利用できるが、行政目的で集められた詳細な情報の多くは、今のところ欧州共同体では利用できなかったり、あるいは欧州共同体レベルでは知られてさえいなかったりする。この領域での進展は、農業活動の全国あるいは地域ごとの調査とともに、(地域内の)地区調査の情報を集めることによって行われる。
 
ESSは、1組の基本データを作成するが、このセットは、政策の展開とともに修正されるかもしれないさまざまな指標を作り出すために、さまざまな方法で結合される。そのため、次のことをとくに重視する。
 
− いくつかの異なった地域、たとえば、流域やぜい弱地域ごとに結合するため、地区レベルのデータを提供すること。
 
− 費用効果が高く、他の調査データとの整合性を確保できる、既存の調査を通して、新しいデータを提供する。
 
4.1. データソース
 
4.1.1. 農業構造調査
 
農業構造調査(FSS)は、欧州連合加盟国すべてに対して広範囲にわたる質問をするもので、1966/67年から2年または3年ごとに実施されており、特性間の関連を分析することができる。次回の調査は2003年に実施される。10年ごとの完全な調査については、詳細な地理的分析が可能である。
 
4.1.2. 家畜統計、作物統計および関連統計
 
ESSは、家畜と農作物およびそれらの価格の統計の作成について長い歴史がある。したがって、家畜の頭数と構成、作物栽培面積と生産量についての長期の統計が、対応する生産物価格とともに利用できる。
 
4.1.3. 林業統計
 
多くの林業活動は、農地と関連しており、環境と明らかな関わりがある。森林戦略に関する文書(COM (1998) 649)の後に、同じテーマで理事会決定が出されている。持続可能な森林管理のための基準と指標に関する作業の進行を考えると、この戦略の適切なモニタリングのためには、さらに指標が必要である。この作業は、とくに欧州森林保護関係閣僚会議の追跡調査の過程において実施された。

1998年12月15日の理事会決定1999/C 56/01、欧州官報(OJ) C56 1999年2月26日 (最新のURLに修正しました。2010年5月)
(http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:1999:056:0001:0004:EN:PDF) (最新のURLに修正しました。2010年5月)

 
4.1.4. 土地利用統計
 
LUCAS(土地利用/被覆領域枠組み統計調査)プロジェクトは、農業と環境の分析のための詳細な地理参照のある情報を提供するだろう。最初の成果は、2001年に関するもので、このツールの真価は、継続した調査の情報が農業と環境の動向の明確な状況を提供するときに、明らかにされるだろう。
 
4.1.5. 環境統計質問票
 
ESSは、共同質問票を通してOECDと協力しながら2年ごとに主要な環境統計を集めている。欧州環境庁と国連機関は協同作業により、この分野での作業の一貫性を確保している。

(対応するURLが見つかりません。2010年5月) の「質問票」の項を参照

 
4.1.6. 農業会計データ・ネットワーク
 
欧州連合の農業会計データ・ネットワーク(FADN)は、農業事業者の収入の決定と事業分析のための正確な会計データを集めるため、1965年に設立された。60000の事業者のサンプルに基づいている。

1965年6月15日の理事会規則(EEC)79/65 (最新のURLに修正しました。2014年10月) 、欧州官報(OJ) 109 1965年6月23日
( http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:31965R0079&from=EN (最新のURLに修正しました。2014年10月) )

 
4.1.7. EU統合管理システム(IACS)
 
このシステムは、欧州共同体の支援システムの管理を統合し、農業環境指標に利用できる可能性のある広範囲の行政情報を作り出す。この情報ソースをどのように利用できるかが、研究されている(新しい法令が必要と考えられる)。

1992年11月27日の理事会規則(EEC) No 3508/92、欧州官報(OJ) L 355 1992年12月5日
( http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:31992R3508:EN:HTML (最新のURLに修正しました。2010年5月)

 
4.1.8. 農村開発プログラム
 
農村開発プログラムのモニタリングと評価の一部は、共通指標にその基礎をおいている。そのいくつかは特定の農業環境対策、あるいは、ほかの農村開発対策の環境側面と関連する指標である。モニタリングはプログラムの直接の成果を扱うが、評価は、たとえば生物多様性、景観、および、水、土壌などの自然資源に関する結果あるいは影響を調査する。このような指標は、プログラムの実施地域において、直接的または間接的な受益者とおもに関係している。共通評価指標は、多くの判定基準を通して、あらかじめ決められた質問セットに答える際に役立つ。
 
今後、農村開発プログラムは、対象地域についての農業環境指標を提供するが、プログラムの内部での進展を全体的な動向と比較するために、他の情報ソースからの関連情報(たとえば、その部門や地域の農地全体に関する農業環境指標)を付け加えなければならない。

農村開発プログラムのモニタリングと評価の概要については、欧州委員会農業総局の
解説ページ
(http://ec.europa.eu/agriculture/rur/eval/index_en.htm)(英文)を参照。
欧州農業指導保証基金(EAGGF)の農村開発支援に関する理事会規則(EC) No 1257/1999
1999年6月26日官報(OJ) L 160, p.80

( http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:1999:160:0080:0080:EN:PDF ) (最新のURLに修正しました。2010年5月)
並びに、理事会規則 No 1257/99 の適用について詳細なルールを定めた1999年7月23日の委員会規則 No1750/99
1999年8月13日OJ L 214、p.31
(http://www.legaltext.ee/text/en/T40444.htm) (最新のURLに修正しました。2010年5月)
以前の理事会規則 No 2078/92
( http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:31992R2078:EN:HTML (最新のURLに修正しました。2010年5月) )

 
4.1.9. 他の行政情報ソース
 
有用かもしれないかなりの量のデータが、欧州共同体の規制手続きの副産物として作り出されている。現在、委員会の部局ではこの一部のみを利用可能である。その利用(関連データの調査と入手、あるいは他のデータとの統合)の費用と利益が検討されている。
 
4.2. EUの研究開発活動
 
4.2.1. 共同研究センター(JRC)
 
JRCは欧州連合の政策を支援するための研究を実施する。JRCの「農業環境部門」は、農業環境指標の進展の評価、定量、モニタリングを支援し、科学技術の専門知識を提供する。
 
そのために、JRCは、土壌、土地被覆、集水域、河川水系、および気候についての全欧州地理環境データベースを開発した。これらのデータを、空間モデリングツール(GIS)を用いて行政統計と結合できることが、重要な特長である
 
4.2.2. 欧州共同体研究枠組みプログラム
 
農業と環境の間の関係についてのわれわれの知識を向上させ、指標を開発するための研究活動は、継続的な欧州連合研究・技術開発(RTD)枠組みプログラムのもとで資金援助されてきた。取り組まれた課題として、砂漠化、土壌侵食、化学肥料と農薬による自然資源への圧力、景観と生物多様性、農業による温室効果ガス排出などがある。現在の第5次枠組みプログラムでは、とくに、重要行動「持続可能な農業、漁業と林業」と「地球変動、気候と生物多様性」、および環境の社会経済的側面についての包括的な研究活動のもとで、このような支援を提供している。
 
4.2.3. 欧州環境庁(EEA)
 
EEAは、その専門化された欧州トピックセンター(European Topic Centres)を通して、大気放出、土地被覆、水質、自然/生物多様性についての情報を収集する、先導的な組織である。とくに、CORINE土地被覆インベントリーは、景観の変化に関する指標の作成に必要な基本的データのソースであり、さらに詳細な地理レベルの統計を表現するための基盤も提供する。

CORINE: Coordination de l'INformation sur l'Environnement(環境情報調整)

 
4.2.4. TAPAS
 
TAPAS(農業統計のための技術行動計画)プログラムは、欧州共同体の農業統計システムの向上を促進する。支援を確認されている領域の一つは、農業環境指標である。

2000年9月28日の欧州議会と理事会決定 2298/2000 (OJ L263, 18.10.2000)によって最近延長された、1996年6月25日の「欧州共同体農業統計の向上について」の理事会決定 96/411/EC
(対応するURLが見つかりません。2010年5月) )

 
5. 指標
 
5.1. 指標1: 農業環境支援を受けている面積 (グループb)
 
考え方: 理事会規則1257/99は、自分の土地に対する「環境に有益な」活動の実行を農業者に奨励するためのプログラムを提供している
 
指標: 規則1257/99による農業環境プログラムの対象となっている農地の面積(活動のタイプによって分類)。
 
提案: 新たなデータの収集は必要ない。
 
5.2. 指標2: 地域レベルの適正な農業活動 (グループb)
 
考え方: 農業活動は環境に直接影響する。そのため、農業活動についての地域情報が必要である。適正な農業活動の規定が、すべての加盟国に、国あるいは地域レベルで存在している。既存の文書の整理統合が必要である。
 
指標: 適正な農業活動の地域基準に従っている農場の数。委員会規則1750/1999によって最低基準が定められている。
 
提案: 新たに、共同体法令の要件を上まわる適正な農業活動を特別に規定している地域についての情報をまとめる。動向を監視するために、実際の活動について定期的に情報を集めるシステムを確立する。
 
5.3. 指標3: 地域レベルの環境目標(グループd)
 
この指標を開発するためには、さらに作業が必要である。取組みの一つとして、どの地域が環境目標を持っているかを判断し、行政データか統計データを使用して、その目標がどの程度達成されたかを評価することが考えられる。
 
5.4. 指標4: 自然保護を受けている面積(グループb)
 
考え方: ある農地は、その地域が、たとえば、Natura 2000や自発的同意による自然保護区の一部であるため、何を生産できるか、あるいは、どのような農業活動を実施できるかについて制限がある。農業者は、これらの制限に対する補償を受けているだろう。
 
指標: 制限された農地の面積と割合(農地のタイプによって分類)(指標26を参照)。
 
提案: Natura 2000と農村開発プログラムのモニタリングからの(当初は予備調査で得られた)情報の利用。制限のタイプとプログラムによる分類の可能性が検討される。

COM 2000 (20) の3.3.2節で指標のセットが解説されている。各グループについては3節で説明した。
Natura 2000 については、欧州委員会の解説パンフレット(英文)
(http://www.natura.org/nnp_leaflet.pdf (最新のURLに修正しました。2010年5月) )を参照。

 
5.5. 指標5: 市場のシグナル:有機生産者への割増金(グループa)
 
考え方: 一般農産物と有機農産物の市場価格の差は、有機作物に付加される割増金の指標となる。有機農業活動への転換に影響する第2の問題は、有機栽培農業者の収入である。
 
指標: 1)有機生産物の価格と一般生産物の価格との関係の指数と、2)同じ地域内の同様な規模の農場と比較した有機栽培農場の経済実績。
 
提案: 1)有機農産物を一般農産物と区別する農産物価格統計のシステムを使用し、2)FADN(農業会計データ・ネットワーク)のデータが指標2を計算するための十分な情報を与えるかどうかをテストするための予備プロジェクト。
 
5.6. 指標6: 技術と能力:農地所有者の研修水準(グループa/グループc)
 
考え方: 技術と能力の向上は、生産プロセスでは、生産性の向上、労働条件や生産物の品質の改善として現れることが期待されるが、一方では、環境への影響もあるだろう。
 
指標: 農業者の農業環境研修
 
提案: FSS(農業構造調査)では、農場主の研修水準を記録している。しかし、研修の日付や訓練を受けたときの年齢は記録されていない。その農場主が従事した農業環境開発の活動についての質問項目で補足することによる、FSSの情報の改良を、予備的研究の対象にすべきである。
 
5.7. 指標7: 有機農業が行われている面積(グループa/b)
 
考え方: 有機農業は、土地をより非集約的に利用すること、より多様な栽培を行うことを含み、化学肥料と農薬の使用がいちじるしく制限される。理事会規則2092/91は、農産物が有機農産物として欧州連合の市場に出される前に、生産者が満たさなければならない、厳しい要件を提示している。
 
指標: 有機農業が行われている面積: 上の規則の実施の監視が共通の情報セットを利用して行えるように開発された、任意質問票から入手可能。
 
提案: 適用範囲、質問票の全項目を任意回答とすることが適切な情報をもたらすかどうか、あるいは、いくつかの要素を必須回答とすべきかどうかについて確認するため、質問票を再検討する。
 
5.8. 指標8:使用された窒素(N)肥料とリン酸(P)肥料の量(グループa)
 
考え方: 人の健康と環境への悪影響のリスクは、農業における肥料の使用と関係があり、肥料の消費量の増加とともに増大するだろう。養分の投入量が作物の吸収能力を上まわる場合は、とくにそうであろう。
 
指標: 作物別および地域別の肥料の使用量
 
提案: この指標は、指標18と関連付けて考えなければならない。
 
5.9. 指標9農薬の消費量(グループa/c)
 
考え方: 農薬の使用においては、人の健康や環境に容認できないリスクが伴っていてはならない。このリスクは、有効成分の特性(毒性、残留性)と使用方法(散布量、散布の時期と方法、作物のタイプ、土壌のタイプ)によって、農薬ごとに大きく異なる。
 
指標: 2つの相補的な指標が考えられる: 1)農薬使用指数(異なったタイプの毒性や使用方法などを考慮して重み付けをした指数)、2)農薬使用量(たとえば、非標的種への毒性、長期影響、環境中への残留性など固有の特性によって分類されたもの)。
 
提案: 1)各除草剤、殺菌剤、殺虫剤の使用に関するデータを、主要な農薬製造者から(可能であれば加盟国からも)集めることを継続する。農業者への直接調査を実施するTAPAS(農業統計のための技術行動計画)プログラムを通じて、これを補足することを、加盟国に要請する。
2)有効成分の特性に基づいて、農薬の分類法を開発する。(これは研究プロジェクトの課題とするべきかもしれない)
 
5.10. 指標10: 水利用の強度(グループa)
 
考え方: 生育期間中に雨が降らない時期がある国では、かんがいのための水利用によって、限られた水資源がひっ迫することがある。栽培する作物は、気候と水の入手を考慮して選択すべきであり、また、かんがいの効率を上げて水の損失を最小限にする観点から、適切なかんがい技術(ドリップかんがいなど)を利用すべきである。
 
指標: かんがいされた作物の生産額1000ユーロ当たりの水使用量
 
提案: 現在はデータソースが存在しない。購入された、あるいは使用された水のデータを、これらのデータがすでに利用可能な加盟国から始めて、FADN(農業会計データ・ネットワーク)の中に取り入れることができる。水利用に関する調査手法を開発する必要があるだろう
 
5.11. 指標11: エネルギー使用(グループa)
 
考え方: COの排出を減らすために、経済のすべての部門は、エネルギーを合理化して、エネルギー効率を向上させなければならない。
 
指標: 燃料タイプ別の年間エネルギー使用量。農業によるエネルギー使用に関する入手可能なデータは、おもに石油製品に限られ、農業目的に使用されるディーゼルに特別税が適用されているため、容易に区別できる。農業で使われる他の燃料は、おもに電気と、いくつかの国では、天然ガスである。
 
提案: FADN(農業会計データ・ネットワーク)では、燃料に対する総支出について情報が集められているが、燃料のタイプや購入量に関する詳細はわからない。データがすでに入手可能な加盟国から始めて、FADNの調査を拡大し、不足する情報をカバーすることができるだろう。
 
5.12. 指標12: 土地利用:地形の変化(グループb)
 
考え方: 開発活動は、環境と景観に重要な影響を持つ。これらの開発は、(農業、輸送、都市開発、エネルギーの生産と流通、工業などの)さまざまな部門での必要性から生じており、(野生生物の生息地、植生、地表水と地下水、景観などに)非常にさまざまな影響がある。
 
指標: タイプと場所で分類された開発のインベントリー
 
提案: 多くの開発活動は、公的資金(地方、国、あるいは欧州)による支援を受けており、ほとんどが規制手続きに従っている。したがって、それらの変化についての場所、性質と規模を含む行政記録が存在する。このような記録の利用の可能性を確認するための予備試験が必要であり、統計の目的にそれらを利用することを認めるための法律が、おそらく必要になるだろう。
 
5.13. 指標13: 土地利用:作付け/家畜のパターン(グループa/c)
 
考え方: 家畜と、農地の各区画を管理することは、各農業者の戦略に関わる問題である。その影響についてはあまり記録がない場合が多く、ほとんど理解はされていないが、土地利用の変化は、環境(たとえば、野生生物の生息地や景観など)に影響するだろう。
 
指標: 農業活動の欧州共同体分類と戦略(開発予定)に基づいた、分類の各区分による各農用地のシェア(分類はすべての農村活動をカバーできるように拡大されるかもしれない)。
 
提案: いくつかの加盟国は、国内政策あるいは地域政策のために、戦略と農業者の活動を分類するための研究をすでに進めている。方法論の開発とデータに基づく予備調査によって、既存の事例を統合することが可能になるだろう。
 
5.14. 指標14: 管理:指標2も参照(グループd)10
 
この指標の定義については今後の作業が必要である。

10 指標の領域14、30と31に関しては、必要な指標がまだ確定されていないため、この文書では扱わない。

 
5.15. 指標15: 動向:集約農業/粗放農業、専業経営(グループa/c)
 
考え方: 農用地の専業化は、生産と輸送の両方のコストにおける規模の経済(economies of scale)をもたらす。農業の集約化によって、農用地の生産性と雇用の持続性は向上する。しかし、専業化と集約化が同時に進行すると、多様性の低下だけでなく、環境や他のリスクの増大につながる。関係する外部効果(externalities)を考慮すると、評価は、適切な空間的単位(たとえば、河川の流域、利用集水域、農業関連産業収集センター)と関連付けるべきである。
 
指標: 集約化は生産の要因のすべてに関係しうるため、利用できる指標の数は多い。たとえば、いくつかのタイプの畜産については、家畜頭数と飼料生産面積との関係が適切であろう。
 
提案: 共同体農用地分類は、各農場および生産地域の集約化と専業化の確認、測定を可能にする。この分類を改良することによって、様々なタイプの農場とその管理業務の地理的な分布についての情報が向上するだろう。FSS(農業構造調査)とFADN(農業会計データ・ネットワーク)からのデータを、生産データと合体することは、適切な分類の確立に貢献するだろう。これには、新しいデータの収集をまったく必要としないが、適切な指標の選択を改良するための情報を、予備調査によって提供できるだろう。
 
5.16. 指標16: 動向:専業経営/多角経営(グループa)
 
考え方: 活動の多角化は、リスクを管理するための中期的戦略である。多角経営には、農業のみの場合、その保有地で非農業活動も行う場合(多面的利用)、あるいは、農場外で農業または他の部門の活動を行う場合(兼業)がある。所得への効果は限られているが、これらの戦略は農場の存続能力にプラスの効果がある。
 
指標: 共同体分類の各区分の重要性。ほかの収入のある活動にも従事する農業者の割合。農業者の農業/非農業の収入の比
 
提案: (兼業の有無だけでなく)兼業の規模を調べるために、FSSに質問を追加する必要がある。農場の存続能力に対する兼業の影響を調べられるような、詳細な農場経営収入統計は、この作業の重要な情報になる。
 
5.17. 指標17: 動向:限界地化(グループa/c)
 
考え方: 限界化(marginalisation)は、農用地が、受け入れられる最低限の収入を生み出せなくなることであると定義できる。これは、経済的または物理的な環境の悪化の結果と考えられ、対象とする農場での農業活動が停止するリスクが増大することになるだろう。
 
指標: 後継者がいる農場と、いない農場の、割合の現状と変化。支援のためのインフラストラクチャー(サービス、行政、コミュニケーションなど)の状態も、この指標に関与するだろう。
 
提案: 必要な情報の多くは、FSS(農業構造調査)から入手できる。適切な(精密な)地理情報が、これらのデータを配置しなおすことで得られるだろう。これは、支援のためのインフラストラクチャーに関する国別情報によって、あるいは、必要であればFSSへの質問の追加によって、補足できるだろう。この提案については、予備調査による検証が必要である。
 
5.18. 指標18: 指標8を含む、土壌表層の栄養バランス:肥料の使用(グループa)
 
考え方: 栄養素は、植物の生育に必須である。施用が過剰であると、栄養素は地表水に流出したり地下水に浸透したりし、硝酸塩の濃度が受容できないレベルまで高まることがある。栄養素の過剰使用を推定する最も適切な方法は、土壌表層の栄養バランスである。適切なデータが、FSS(農業構造調査)から取り出せる。ただし、正しい洞察は、地域、地方あるいは流域のレベルでなければ得られないだろう。
 
指標: 表層土壌の栄養バランスは、全栄養量投入量(有機肥料、化学肥料、大気からの降下、マメ科作物による固定)から、作物による吸収(放牧による除去を含む)を差し引いたものと、定義される。
 
提案: 1)NUTS 2レベルでの栄養バランスは入手可能であるが、以下に示すような方法論的な問題を扱うためには、さらに作業が必要である。
 
a)肥料: 化学肥料販売量については、国別の数値が入手できるが、これらを地域に割り当てることには問題がある。FADN(農業会計データ・ネットワーク)に登録されている農業者は、肥料への経費を報告している。これを、肥料の種類(N、P)ごとの購入量も報告対象とするように拡大し、このデータがすでに入手可能な加盟国から開始することができるだろう。
b)家畜ふん尿(livestock manure): ふん尿係数(manure coefficient)は、測定法やモデリング手法の違いによって、国ごとに大きく異なる。
c)作物による吸収: 飼料作物と放牧を介して除去される窒素を推定するため、モデルの改良が必要である。
 
2) 河川流域あるいは排水域におけるバランスを計算するための手法開発の有効性を調べるための試験プロジェクトを提案する。

NUTS: Nomenclature des Unités Territoriales Statistiques(地域統計分類単位)。欧州連合ではNUTS 1からNUTS 5までの統計上の地理的単位が設定されている。NUTS 2はregion(地域)に相当し、欧州連合ベースで地域政策を議論する際に使われる。欧州統計局の解説ページ
http://ec.europa.eu/eurostat/ramon/nuts/introduction_regions_en.html (最新のURLに修正しました。2010年5月)を参照。

 
5.19. 指標19: メタン(CH)の排出(グループa)
 
考え方: 農業は、メタンと亜酸化窒素の主要な排出源であり、どちらもCOの何倍も強力な温室効果ガスである。これらのガスは、おもに家畜ふん尿から排出される。2008〜2012年までに、温室効果ガスを8%削減する約束は、欧州連合において優先度の高い政策事項である。
 
指標: 地球温暖化ポテンシャルで重み付けした、CH、NOとCOの農業からの年間総排出量。
 
提案: 温室効果ガスのすべての排出データが、欧州環境庁から入手できる。データは、農場におけるエネルギー源としての、(天然ガスと同一の)メタンの(嫌気的な発酵槽での)意図的生産、捕獲と利用に関する情報を集めることで改良できる。メタンの利用には、農場で使われる従来の燃料を減らすと同時にメタン排出を減らすという、2倍の利点がある。FSSの特性リストは、設備とその能力、利用についての情報を集められるように拡大できる。
 
5.20. 指標20: 農薬による土壌汚染(グループc)
 
考え方: 残留農薬が土壌に蓄積している程度を示す。
 
指標/提案: この指標を定義し、提案するには、環境関係の機関との協力による、土壌サンプリングでの確認をともなう、かなりの作業が必要である。
 
5.21. 指標21: 水質汚染(グループc)
 
考え方: 取組みの方法は、指標20で採用する取組みと同様である。その重点対象は、重金属と、獣医用薬品の残留物を含む有機化学物質(すなわち、指標30の対象とならない潜在的な汚染物質)などの汚染物質である。
 
指標/提案: 指標20と同様。
 
5.22.指標22: 地下水のくみ上げ(グループa/c)
 
考え方: 農業者による地下水の直接のくみあげは、一般に記録されないが、地下水位低下の主要な原因の1つであると、広く考えられている。
 
指標: 地下水源から農業者によって直接くみ上げられた地下水の年間総量
 
提案: 指標10で、この領域のデータ収集を提案した。この必要性を拡大して、自給の場合も対象にでき、くみ上げの水源の情報、すなわち地下水(井戸から)か河川や小川かのデータも含められる。
 
5.23. 指標23: 土壌侵食(グループa/b/c)
 
考え方: 欧州の土地の半分以上は、ある程度の土壌侵食を受けており、土地の生産性の減少と生態系の衰退がおきている。この現象は、欧州南部の国々できびしく、欧州北部でも、たとえば、冬の間、保護する植被がないために、潜在的な侵食のリスクは大きいかもしれない。気候、地形と土壌の特性のような物理的要素は土壌侵食のプロセスで重要であるが、最も重要な要因は土地被覆と農業活動である。さらに、土壌侵食は、農業環境対策と関係付けられることがある。
 
指標: 表土流出量の所在と推定および土壌侵食リスクマップ危険地域の土地被覆と農業活動
 
提案: 欧州の土壌、土地被覆、デジタル地形モデルと気象データに関する、地理情報を持った統一形式データの結合をもとにして、地理−空間モデリング法による、土壌侵食リスクの矛盾のない統一されたマップを作成できる。
 
5.24. 指標24: 資源の枯渇:土地被覆の変化(グループa)
 
考え方: 土地被覆(LC)変化のマトリックスが、開発を追跡するために必須である。農業−環境の視点からは、利用変化の入口、出口および内部を示す、農業利用のマトリックスが重要な条件である。
 
指標: 種類と規模で分類した土地被覆変化のマトリックス
 
提案: LUCAS11の実施と定期的な改訂により、必要なマトリックスの生産が可能になる。

11 上の4.1.4を参照

 
5.25. 指標25: 種の遺伝的多様性(グループb)
 
考え方: 生物多様性は、生物とその活動の多様さであり、一般に3つのレベルで認識される。
 
・ 遺伝的多様性−1つの種の典型的な個体の間で見られる遺伝的構成単位の多様さ
 
・ 種多様性−特定の場所で見られる生物の多様さ
 
・ 生態系の多様性−さまざまな物理的条件で生じる、種、生態学的な機能と活動の多様さ
 
遺伝的改良は農業の生産性に貢献しうるが、一方で、農業生産が新しい害虫や病気のまん延や気候の変化のリスクにますます弱くなっていくような、遺伝資源の侵食がだんだんと進んでいく過程を準備しているかもしれない。
 
指標: 1)主要な作物品種/家畜品種の総数と生産割合、および、2)絶滅する危険のある国内の作物品種/家畜品種の数
 
1つめの指標は、農業生産における生物多様性の程度を示し、増加あるいは減少をすべて追跡する。2つめの指標は、既存遺伝子プールの一部の遺伝的侵食と回復しえない消失のリスクについて情報を提供する。
 
提案: 指標1においては、基本的な作物情報が、農業植物種の品種共通目録から得られる12。これは、特別な情報ネットワークによって補足する必要がある。

12 農業植物種の品種共通目録は、1970年9月29日の農業植物種の品種の共通目録に関する理事会指令70/457/EEC(OJ L225、12.10.1970、p.1)の第18項の規定に従って公表されている。この目録は、1975年7月21日に初めて公表された(OJ C164、21.7.1975、p.1)。定期的に更新されており、第21版が1999年11月9日に公表された( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )

 
5.26. 指標26: 自然価値の高い場所、草原、その他(グループb)
 
この指標は、指標4の一部である
 
5.27. 指標27: 再生可能エネルギー源の生産(グループa)
 
考え方: バイオディーゼルや木などの再生可能なエネルギー源は、化石燃料の使用とCOの正味排出の削減に貢献できる。
 
指標: 定期伐採林(coppice woodland)とバイオディーゼル用油料種子作物の生産面積と生産量
 
提案: この領域に関する行政データを集める。あるいは、FSSと作物生産統計を、関係する生産をカバーするように拡大できる。

英国での短期伐採林(Short Rotation Coppice)の試みが、次で紹介されている:
(対応するURLが見つかりません。2010年5月)

 
5.28. 指標28: 種の豊かさ(グループd)
 
考え方: いくつかの種は、特定の農業生息地と結びついており、農業におけるなんらかの開発に対する生物指標として使用できるが、種多様性と個体数は農業以外の事象によって影響を受ける。種の選択と、気象条件など自然の影響と人間が作り出した変化とを区別するのに十分な、長い期間のモニタリングが可能かどうかは、この指標を作成するときに出会う難しい問題の一部である。いくつかの国では、おもに鳥の個体数による調査例がある。高度な技術を要しないため、これらの生物指標は広く人々の関心を引く。
 
指標: 入手可能なデータに基づいて定義する。長期間にわたるデータが必要なため、データが現在入手できるかどうかが、重要な点である。
 
提案: この指標をさらに発展させる必要がある。
 
5.29. 指標29: 土壌の性質(グループc)
 
考え方: 農業における土壌管理のための重要な政策目標は、農業生産のための限られた資源としての土壌を、環境的に健全で、経済的に持続可能な、そして社会的に受容可能な方法で、適切に機能させていくことである。土壌「能力」のマップを実際の土地利用マップを比較することで、一致しない地区が確認でき、土壌劣化のリスクが予測される地区を示し、政策の評価、モニタリング、方向付けの関連情報となる。
 
指標: 土壌の能力と、実際の土地利用あるいは予定されている土地利用とが適合しない農用地の面積
 
提案: (1)(統一した欧州土壌情報システムを使用して)欧州の土壌の、土壌としての制限要因(地形、根層の厚さ、肥沃(ひよく)度、有機炭素量、保水能力13、土性)を確定し、 (2)作物に適した地域を引き出し、そして(3)土地利用マップとその能力マップを比較する。

13 保水能力は、OECD作業の中でそれ自体が指標とみなされている。降水量の多い期間に続いて乾季が交互にやってきて、植生による土壌の被覆が制限されるような地域では、保水能力は非常に重要である。こう配が急で流れの速い河川を持ち、激しい雨のある国々では、高い保水能力を持つ適切な土壌構造が、大きな経済損失につながりうる洪水や地すべりの防止に必須である。

 
5.30. 指標30: 水中の硝酸塩と農薬(グループd)14
 
考え方: 農業は、地下水と地表水に含まれる栄養素と残留農薬のおもな原因の一つである。地下水と地表水における濃度の変化は、農業部門で実施される対策の効果の指標の一つである。対策の結果を地理学的に分析することによって、問題を地域化できる。
 
指標: 指標の定義を、さらに開発しなければならない
 
提案: 農薬よりも硝酸塩に関するデータが多いが、基本的には、データは国内と欧州連合レベルで入手できる。データは様々な方法で、たとえば集水域内のおもな土地利用を考慮して、選択し、表示することができる。指標を定義し、作成するためには、政策決定者、データ提供者、環境専門家との間での議論が、さらに必要である。

14 指標の領域14、30、31に関しては、必要な指標がまだ確定していないため、この文書では扱わない。

 
5.31. 指標31: 地下水位(グループd)
 
考え方: 農業による地下水の過度のくみ上げ(指標10を参照)、あるいはさらに他の利用者によるくみ上げも同様に、地下水面の低下の原因となる。ある地区の水の動態(hydrology)がかく乱されると、地下帯水層への塩水の侵入などのような重大な結果につながり、淡水の供給がさらに減少するかもしれない。
 
いくつかの国では、選ばれた測定場所で長期間の地下水位データが集められており、これらのデータは、気象条件によって生じた変動と人間の作り出した影響とを区別するために必須である。欧州連合レベルでの組織的なデータ収集は知られていない。
 
指標: まだ定義されていない。
 
提案: この指標から予測されることを整理し、指標を定義するための作業が、さらに必要である。
 
5.32. 指標32: 景観の状態(グループb)
 
考え方: 景観の状態は、異なったレベルの分析的指標によって説明できる。多様性と構造は、景観の記述に利用される。農業用地の区画の構成と組織性、全体の土地被覆、建物の配置と種類、視覚的要素(均質化、放棄された土地、建物の拡大などの側面を含む)のような要素がすべて関係している。農業環境面の取組みでは、農業の構成要素がとくに重要である。
 
指標: 顕著な視覚的要素の数と多様さ (改良する必要がある)。
 
提案: 委員会は、各国で景観評価に使用されているシステムの目録を作成した。これらの取組みを欧州共同体レベルで使うための、検証と拡張の作業が進行中であり、これを継続、強化すべきである。環境にかかわる質問が、LUCASの中に取り込まれる。これらへの回答は、調査地点からの写真情報とともに、指標の作成に貢献するだろう。
 
5.33. 指標33: 生息地と生物多様性への影響(グループc)
 
考え方: 農業は、農耕地およびその間の生け垣、水路や他の境界などの空間に存在する自然生息地の管理に貢献している。農業者は、境界の特性を良好な状態に維持するだけでなく、自然の動植物を保護できるような農耕地管理を行うことによって、生息地の保護に貢献している。これらの行動は、経済的に最適化した業務と両立しないことがある。
 
指標: 農業者所有地レベルでの線状の要素の密度と土地被覆の多様性
 
提案: LUCASでの環境関連の質問とFSSでの追加質問の利用。FSSのデータに基づいて多様性を推定し、そして、これらのデータを空間的に再配置するためにCorine土地被覆(CLC)情報をできる限り利用するための方法論の開発。
 
5.34. 指標34: 排出、硝酸塩汚染、水利用における農業のシェア(グループb)
 
考え方: 農業は、排出、汚染と水ストレスに寄与している1分野にすぎない。農業の相対的な寄与を他分野と比較して評価することは、目標とされる農業が問題に取り組むためのもっとも有効な方法であるかどうかを評価するために重要である。
 
指標: 1)経済部門ごとの温室効果ガス排出量。2)経済部門ごとの水界への窒素排出量。3)経済部門ごとの水の使用量
 
提案: 1)温室効果ガスについては十分なデータセットが利用可能である。2)農業からの硝酸塩を他の排出源からの硝酸塩と区別する単純な方法はない。そのため、農用地からの流出量、工業(主に食品工業)からの硝酸塩の投入量、他の排出源からの硝酸塩量を推定するためのモデルを開発する必要があるだろう。3)現在の水統計の質問票は加盟国によってさらに包括的に仕上げられるべきである。
 
5.35. 指標35: 景観の多様性への影響(グループc)
 
考え方: 景観の多様性は、自然条件、大地の働き、そして農業と他の土地利用者との相互作用の結果である。この多様性は資源とみなすべきであり、また生息場所の場合より、さらに包括的なレベルで認識するべきである。
 
指標: 全体の指数、農業の多様性の指数、それらの時間的な変化の指数
 
提案: CLCに基づいて土地利用の多様性についての研究が実施された15。この取組みは、環境に関する質問と、LUCASにおける地点のネットワーク内部の多様性とを使って改良される予定である。土壌に関する情報を地形情報および気候データと統合することによって、多様性の「自然な(本来の)」ベースライン(基本水準)の確立に利用できる。LUCASからの変化マトリックスを使うと、多様性とその発展に対する農業の寄与部分のみを分離することができるだろう。

15 「土地被覆から景観の多様性まで (From land cover to landscape diversity)」 欧州委員会/欧州環境庁 合同報告、2000年

 
6. 結論
 
6.1. 全体的な要件
 
前節では、文書COM (2000) 20で提案された指標のそれぞれについて、委員会の提案を提示した。提案では、一部の指標の定義や計算において満たすべきいくつかの要件を明らかにした。これらを、要約した形式で下の表に示す。これらをうまく実施するには、各国の行政と他の組織の十分な参画と関与が必要であり、これらの課題についての作業を委員会だけには限定できないことを強調する必要がある。確認された作業の実施予定あるいは実施可能性は、すべての関係者がこれらの課題に割り当てる資源に決定的に依存することになる。この事業を満足に進めるには、欧州議会と理事会の支援が欠かせないだろう。「欧州連合の拡大も考慮しなければならない。加入後、新たな加盟国は、彼らが行わなければならない作業の全体に向けて、徐々に進むことしかできないかもしれない」。
 
6.2. 今後の作業(勧告と予定表のリスト)
 
6.2.1. 優先事項
 
委員会は、農業環境指標に関する作業の重要性と、関連する業務に適切な資源を割り当てる必要性について、意思決定組織の関心を引き出すことを継続する。とくに、政策決定における統計の重要性を強調する努力を強化する。これは継続的な課題である。
 
6.2.2. データソース・インベントリ
 
欧州統計システムの農業統計用のネットワークが、(作業委員会の定期的な開催を通して)加盟国と加盟予定国における農業環境問題に関するデータソースのインベントリを改訂、完成するために利用されている。このインベントリは、関連するデータソースすべてを対象とし、以前の統計ソースには限定しない。
 
6.2.3. 農業構造調査と農業会計データ・ネットワークの調査範囲
 
この2つのデータソースにおける環境的特性の調査範囲については、継続的にレビューを実施する。このレビューは、農場会計データ・ネットワークについては継続して実施されている。農場構造調査における特性は、調査年ごとに再検討されている。2003年調査のための委員会提案の検討は、2001年の前半に完了する予定である。
 
6.2.4. 地理情報の精密化
 
環境に関してもっと意味のある地理的提示のために既存データを再配置する研究について評価プロジェクトが提案された。最初の成果は2002年に予定されている。
 
6.2.5. 行政データ
 
この文書の前節における分析から、いくつかの指標の計算については、行政データを利用することが、もっとも費用効果の高い解決法であるという結論が導かれる。統計を目的として行政データを利用できるかどうかは、法令によって制限されていることが多い。そのような法令を変更する提案が、委員会によって提出される予定である。これらの変更には共同決定が必要であり、この分析結果と提案した取組みへの支援に対する理事会と議会の見解は、きわめて重要である。
 
行政データと統計データの有効な結合にともなう技術的な問題点が、さらに研究され、提案が行われる。さらなる分析や検証が可能になるよう、行政データを、とくに報告の物理的単位に関して、統計システムと一致する構造で報告する必要性を、とくに強調しなければならない。
 
行政官と統計専門家との間にすでに存在している、統計ソースの管理に関する密接な協力関係は、新たな、あるいは既存の行政情報ソースの詳細にも拡大されることになる。
 
6.2.6. 予備研究と調査
 
いくつかの指標のための、予備的研究あるいはさらなる調査が、今後の進展のための最良の取組みとして明らかにされた。これらは本文と下の要約表に示されている。
 
DPSIR*項目 グループ 番号 指標 データソース 要件 行動





対策



 
公共政策




 
b
 
1
 
農業環境支援を受けている面積 行政
 
行政データの入手
 
R
 
b
 
2
 
適正な農業活動
 
行政
 
手法の入手, 加盟国の調査
今後の研究
M,R,S
 
d 3 環境目標 * 今後の試験と研究 M
b 4 自然保護 加盟国における情報 情報の入手 P,M,R
市場シグナル a 5.1 有機生産者価格 農産物価格統計 範囲の拡大 P,E,S
a 5.2 有機栽培農業者の農業収入 FADN 実施 E
技術と能力
 
a/c
 
6
 
土地所有者の研修水準
 
FSS
農村開発のデータ
新しい調査項目
行政データへのアクセス
E,M,R
 
姿勢
 
a/b
 
7
 
有機農業
 
行政データ
特別質問票
データへのアクセス
新たな質問
R,E
 





推進力







 
投入利用




 
a
 
8
 
肥料消費量
 
FADNと他のデータソース
特別調査
新たな特性項目
開始
P,E
 
a/c
 
9
 
農薬消費量
 
行政データ
TAPAS行動の結果
水のリスク指標の研究
データ入手
P,S,R
 
a 10 水利用 FADN, 特定の調査 新たな特性項目、開始 E
a 11 エネルギー利用 FADN 新たな特性項目 E
土地利用

 
b 12 地形変化 各国の行政記録 データへのアクセス P,M,R
a/c
 
13
 
作付け/家畜パターン
 
各国の研究
 
情報へのアクセス
標準化の促進
R,M
S,M
管理 d 14 管理活動 提案なし 今後の研究と調査 S
動向




 
a/c
 
15
 
集約化/粗放化
 
FSSとFADNデータ
 
既存の情報ソースの十分な活用 P,S
 
a
 
16
 
多角化
 
FSS, GIS
 
新たな特性項目とFSSデータの再配置 E,S
 
a/c
 
17
 
限界地化
 
FSS, 各国のデータ
 
データの再配置, 新たな特性項目、実行可能性 P,R,E,M
 






圧力





 
汚染



 
a 18 表土の栄養素バランス FSSと行政データ 手法開発 S,M,R
a
 
19
 
メタンの排出
 
インベントリ (欧州環境庁,加盟国)、FSS 既存インベントリへのアクセス、新たな特性項目 M
E
c 20 農薬による土壌汚染 * 今後の作業が必要 En
c 21 水質汚染 * 今後の作業が必要 En
資源の枯渇



 
a/c
 
22
 
地下水のくみ上げ/水ストレス 調査
水源
指標10を参照
加盟国からの入手可能性

R,M
a/b/c 23 土壌侵食 既存の研究とGIS 手法開発 S En
a 24 土地被覆の変化 LUCAS 有効な活用 L
b 25 遺伝的多様性 行政データ 補足調査 R,S
便益


 
b
 
26
 
自然価値の高い地域
 
NATURA 2000, CORINE土地被覆(CLC)、FSS CLCの改訂
情報ソースの統合
E
S
a
 
27
 
再生可能エネルギー源
 
行政データ, FSS
 
データへのアクセス, 新たな特性項目 R,E
 


状況

 
生物多様性 d 28 生物種の豊かさ 各国のデータ? 今後の作業が必要 M
自然資源


 
c
 
29
 
土壌の性質
 
CLCと既存のデータ
 
もっとも有用な情報ソースを明らかにする P,M En
 
d 30 水中の硝酸塩/農薬 各国のデータ? 今後の試験と調査 M En
d 31 地下水位 各国のデータ? 今後の試験と調査 M En
景観 b 32 土地利用マトリックス LUCAS 有効な活用 L



影響

 
生息地と生物多様性 c
 
33
 
生息地と生物多様性
 
LUCAS
FSS/CLC
有効な活用
空間的再配置の研究
L
S
自然資源

 
b 34.1 温室効果ガス排出 既存のデータ モデル作成 S
b 34.2 硝酸塩汚染 各国のデータ モデル作成と各国のデータ M,S
b 34.3 水利用 水関係質問票 質問票に項目を追加 E
景観多様性
 
c
 
35
 
農業と全体の多様性
 
LUCAS
CLC
有効な活用
改訂
L
E


 
行動: R = 行政データの統計利用(および、必要な場合は統計システムとの統合)についての規則、 E = 既存の調査に基づく、 M = 加盟国からのデータ/手法の利用、 S = 研究/開発、 L = LUCAS調査、 P = 予備的研究、 En = CORINE土地被覆、土壌、気候などの環境データベース

 
 
<表の文字ポイントアップ版はこちら>
 
 

* DPSIR: 欧州環境庁が採用した社会と環境の相互作用を記述する枠組み。
推進力(Driving forces)−圧力(Pressures)−状況(State)−影響(Impact)−対策(Response)。
欧州環境庁用語集のDPSIRの項
( http://glossary.eea.europa.eu/EEAGlossary/D/DPSIR/ (最新のURLに修正しました。2010年5月) )を参照。

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