系統樹における祖先形質状態の最節約的復元法


[要約]
種の形質データと系統樹の樹形を与えたとき、系統樹上の仮想的共通祖先の形質状態を最節約的に復元するための基礎理論を離散数学を用いて展開し、動的計画法に基づく計算アルゴリズムを開発した。
農環研 環境管理部 計測情報科 調査計画研究室
[部会名] 環境評価・管理
[専門]  情報管理
[対象]  
[分類]  研究

[背景・ねらい]
形質情報に基づく生物間の系統関係の推定には、1)系統樹の樹形の推定、および2)系統樹上の仮想的共通祖先の復元という二つのプロセスが含まれている。 樹形の推定法については、これまで研究が進んでいる。一方、仮想祖先形質状態の復元の方法に関しては、ほとんど研究が進んでいない。しかし、系統群を定義 づける形質がどのようなプロセスで進化したのか、どのような速度で進化したのか、さらにその形質進化が生態学的・行動学的にどのような意味をもつのかと いった系統学の応用面では、むしろ祖先形質状態の推定が重要である。そこで、仮想祖先形質状態の最節約復元のための新しい数学理論によるアルゴリズムを開 発した。

[成果の内容・特徴]

  1. 末端種の形質状態と系統樹の樹形を既知のデータとする。このとき、系統樹の全長(形質状態変化の総数)を最小化するように、仮想的共通祖先の形質状態を 数学的に復元するアルゴリズム-仮想的共通祖先の最節約復元-を開発した。
  2. 図1左の仮想例では、末端種の形質状態が整数値で与えられている。 このアルゴリズムを用いると、系統樹の内部分岐点に位置する仮想共通祖先の形質状態値の最節約復元をすべて枚挙することができた。(図1)では8通りの最節約復元が存在する(図1右)。
  3. (図2)で は、単細胞黄緑色藻類であるハプト藻類(Prmnesiophyta)の光合成関連遺伝子rbcLのDNA塩基配列(1,389塩基対)に基づく最節約系 統樹の上で、鞭毛形質の最節約復元を行なった。この実例では、2通りの最節約復元が存在し、形質進化の方向や収斂に関する結論がそれぞれ異なる。
  4. 今回開発したアルゴリズムは、形質状態のメジアン区間を逐次的に求めることで、再帰的に最節約復元を行なうものである。この復元方法 は、形態形質や制限酵素切断サイトデータなどの順序型形質に適応できるだけでなく、アルゴリズムに少し変更を加えるだけで、塩基配列・アミノ酸配列データ などの無順序形質にも適用できる。

[成果の活用面・留意点]

  1. 分子データから得られた系統樹に基づいて形態形質の進化過程を復元したり、既知の系統樹の上で生態・行動形質の進化や適応の起源を研究するときに利用できる。
  2. 系統樹形の推定法は昨年度までにすでに検討したが、同程度に最節約的な祖先形質状態復元が得られたとき、それらの間の比較と選択のための規準を与える必要がある。

具体的データ


[その他]
研究課題名:生物系統分類のための数量的方法の開発
予算区分 :経常
研究期間 :平成6年度(平成6年〜9年)
発表論文等:Minaka, N. :Algebraic properties of the most parsimonious 
      reconstructions of the hypothetical ancestors on a given tree, 
      Forma, 8(2), 277-296, 1993. Fujiwara, S. et al. (共著):Molecular 
      phylogenetic analysis of rbcL in the Prymnesiophyta. Jour-nal 
      of Phycology, 30, 863-871, 1994. Hanazawa, M. et al. (共著): 
      Generating most parsimonious reconstructions on a tree, 
      Discrete Applied Mathematics, 56, 245-265, 1995. 
      三中信宏:分岐分析に基づく系統推定の論理とその応用、「動物分類学の
      多様な展開」(馬渡峻輔編、北大図書刊行会)、(1995)(印刷中)
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