湿地ツンドラにおける二酸化炭素とメタンの年間収支とその年次変動


[要 約]
 夏季に湛水状態となる北極域の湿地ツンドラは,冬季を含む年間の収支として二酸化炭素を吸収しており,メタン放出量を考慮しても地球温暖化の抑制に寄与している。両ガスの収支の年次変動は大きく,総光合成量が多い年には二酸化炭素吸収量は平年の約2倍となり,メタン放出量も約50%増加する。
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 地球環境部 フラックス変動評価チーム
[分 類] 学術

[背景・ねらい]
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では,陸域生態系ごとの温室効果ガス収支,炭素収 支を正確に評価することが求められている。近年,国内では水田の温室効果ガス収支に関して研究成果が得られているが,国際的な視点で考えると,世界の土壌炭素の1/3を蓄積しているとされる高緯度湿地帯の炭素収支の解明も重要な課題である。なかでも,北極域に広く分布するツンドラは地球温暖化に対する脆弱性が指摘されているが,温室効果ガス収支の現状やその年次変動を評価するために必要な観測データはほとんどない。そこで,本研究では北極域の代表的なツンドラである湿地ツンドラを対象にガスフラックスの長期連続観測を行い,1)年間の2/3におよぶ冬季の放出量を含めた二酸化炭素の年間収支,2)メタンの放出量も考慮した温室効果ガスとしての年間収支,3)気象の年次変動に伴う年間収支の変動幅,を明らかにする。
[成果の内容・特徴]
  1. 本成果は,アメリカ合衆国アラスカ州バローの北極海沿岸に位置する湿地ツンドラ(図1)での観測の結果に基づく。バローの夏季(6月から9月)の平均気温は2.5°C,夏季総降水量は74mmで,観測点の植生はスゲ(最大葉面積指数1.4),コケ,地衣類である。二酸化炭素には渦相関法を,メタンには傾度法を適用してガスフラックスの連続測定を行い,フラックスの30分値を積算して両ガスの年間収支を求めた。
  2. 夏季4ヶ月間の二酸化炭素の吸収量は冬季8ヶ月間の放出量を上回り,年間収支としては湿地ツンドラは二酸化炭素を吸収している(表1)。他の高緯度湿地と比較すると,湿地ツンドラは夏季に湛水状態となるため,総光合成量に対する生態系呼吸量の比が小さい。
  3. 地球温暖化指数(積算期間100年)を用いて換算すると,ツンドラからのメタンの年間放出量は二酸化炭素の年間吸収量に比べて少ない(表1図2)。すなわち,今後100年間に対する積算効果を考えた場合,現在の湿地ツンドラは地球温暖化の抑制に寄与している。湿地ツンドラで二酸化炭素とメタンのフラックスを同時に通年観測した例は他になく,新しい知見である。
  4. 二酸化炭素の年間収支に対する総光合成量の年次変動の影響は大きく,夏季に多照,高温であった1999年は,総光合成量の増加により,二酸化炭素の年間吸収量が平年の約2倍となった(表1)。また,同年のメタン放出量も平年に比べて50%以上多く(表1),両ガスの収支の年次変動には正の相関が見られる。
[成果の活用面・留意点]
 本成果は水田を含めた湿地生態系の温室効果ガス収支の評価や,炭素収支モデルの改良に活用する。

[その他]
 研究課題名 : 地球環境変化に伴う北極域陸域生態系の温室効果ガス収支の変動解明とデータの統合化
        (農耕地や自然生態系におけるフラックス変動の評価)
 予算区分  : 文部科学省:国際共同研究[北極域]
 研究期間  : 2002年度(2000〜2001年度)
 研究担当者 : 宮田明,原薗芳信(現国際北極圏研究センター)

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