リンゴ火傷病が日本に侵入するリスクの推定法


[要 約]
 リンゴ火傷病が日本へ侵入する確率の推定に関して,輸出元における火傷病の感染確率のバラツキを考慮した新たな推定法を提案した。これを用いて推定を行うと侵入リスクがより大きくなることが判明した。
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 生物環境安全部 昆虫研究グループ 個体群動態ユニット
[分 類] 行政

[背景・ねらい]
 米国産リンゴの火傷病に対する日本の植物検疫措置は科学的証拠に基づかないとする米国の主張 により,WTOは2002年6月にパネルを設置した。米国側がパネル意見書の証拠資料として採用した論文(米国産リンゴ果実を介した日本への火傷病の侵入・定着の可能性を定量的に解析した論文,Roberts et al. 1998, Crop Protect. 17: 19-28)にはいくつもの問題が認められる。このため,その中の侵入リスクの推定技法に関して,感染果実が日本に持ち込まれる確率の推定法上の問題点を指摘し,それに代わる推定法を提案する。
[成果の内容・特徴]
  1. 輸出元における火傷病の感染確率は時間・場所によりばらつくはずであるが,米国で行われている推定法ではそのようなバラツキが考慮されていない。本成果では,このバラツキを組み込んで,次の三つの仮定をおいて火傷病の侵入リスク(侵入確率)を推定する(図1)。
    1. 輸入荷口の輸出元における果実の感染率が式(1)のベータ分布で近似的に表現できる,
    2. すべての荷口は輸出元の無限母集団からランダム抽出された果実からなっている,
    3. それぞれの感染果実は輸入後に独立に一定確率でリンゴ樹木に感染を発生させる。
  2. i番目の荷口によって侵入が引き起こされる確率Pr(Zi≥1)は式(2)で与えられ,1年あたりの侵入リスクはそれを式(4)に代入することにより求められる。そのパラメーターは最尤推定法によって推定することができる(図2)。
  3. パラメーターを推定するためには,輸出元の荷口からランダムにリンゴ果実を採取して感染率を調べる必要がある。しかし,輸出元のデータは日本では利用できないので,計算手順と推定値の性質を例示するために,ここでは便宜上Roberts et al.(1998)に掲載されている圃場感染率のデータを用いる。
  4. 輸出元における感染確率のバラツキを考慮して推定すれば,1年あたりの侵入リスクの推定値は30.0×10−4となる。一方,感染確率のバラツキを無視して推定した場合には,式(3)を式(4)に代入することにより,侵入リスクの推定値は5.9×10−4となる。つまり,感染確率のバラツキを考慮しない場合には侵入リスクが過小に評価されてしまう(図2)。
[成果の活用面・留意点]
  1. 本成果では推定技法について主張しているのであり,ここで暫定的に算出した推定値自体は必ずしも的確ではない。的確な推定値を得るためには,輸出元で正しい手順でデータを採取する必要がある。
  2. 本成果の内容を記した論文は,日本側の主張の正しさを裏付ける証拠書類の一つとしてWTOパネルに提出された。

[その他]
 研究課題名 : 生物の侵入速度および侵入リスク推定手法の開発
        (ハモグリバエ等に対する導入寄生蜂等が非標的昆虫に及ぼす影響の評価)
 予算区分  : 運営費交付金
 研究期間  : 2003年度(2003〜2005年度)
 研究担当者 : 山村光司,勝又 肇(横浜植防),渡邊朋也(中央農研)
 発表論文等 : 1)Yamamura et al.,Biological Invasions,3,373-378(2001)

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