農業環境技術研究所刊行物研究成果情報平成22年度 (第27集)

主要成果 29

チベット高原における草原生存極限(草線)の気候条件

[要約]
要約] チベット高原おける草原生存極限(草線)付近で、標高別に詳細な気象観測を行い、夏季の気候条件が草線形成の主な要因となっていることを明らかにしました。また、気象官署の既往の観測値の解析により、温暖化進行による草線移動の可能性を示唆しました。
[背景と目的]
地球の第3極と呼ばれるチベット高原では、温暖化による生態系への影響が早期にかつ急激に現れる可能性が指摘されています。しかし、チベット高原の34%の面積を占める標高4800m以上の地域では、気象観測と生態調査はほとんど実施されておらず、生態系への温暖化影響の実態はよくわかっていません。そこで、このような高地で標高別に気象をモニタリングするとともに、気象官署による既往の観測値を用いて、草線付近の気象条件とその長期変動を解析しました。
[成果の内容]
チベット高原中央部の当雄と高原北縁部の海北の二つの地点で、2005年から5年間、気象の長期モニタリングを行いました。両観測地点とも、一目瞭然の草線(草本類による被度がほぼ100%の限界線。さらに標高の高い場所にも植生はあるが、被度が急激に低下する)が存在します(図1)。草線の標高は、北縁部の海北では4200m、中央部の当雄では5200mで、1000mもの差があります。しかし、両地点の草線の気候条件は、7〜8月の平均気温が5.0℃前後など、きわめて類似していることが明らかになりました(表1)。このような気候条件が、チベット高原における草線の形成の主な要因になっていると考えられます。 また、当雄の標高4280mの山麓にある気象官署の過去47年間の観測値と草線付近で観測した気象データから、現在の草線高度における過去の気温の変動を推定しました。その結果、過去47年間で、7月の平均気温は0.8℃上昇し、日平均気温5℃以上の日数は15日以上も増加したと推定されました(図2)。この温度上昇は標高に伴う温度逓減率(0.65℃/100m)から考えると100m以上の標高の上昇に相当し、草線の移動をもたらした可能性があります。

本研究は環境省地球環境保全試験研究「チベット高原を利用した温暖化の早期検出と早期予測に関する研究」による成果です。
リサーチプロジェクト名:温暖化モニタリングリサーチプロジェクト
研究担当者:大気環境研究領域 杜明遠、米村正一郎、川島茂人(現:京都大学)
発表論文等:1) Du et al., Mechanical Engineering Series: 48-52 (2010)
2) 杜ら、日本農業気象学会2009年全国大会講演要旨, 37(2009)
3) Du et al., MODSIM 2007、2146-2152 (2007)


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