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平成26年度主要成果

水田流域の水動態予測のための SWAT モデル改良

[要約]

流域スケールの水・物質動態予測モデル SWAT 内の窪地モジュールを改良し、水田における灌漑・湛水・排水、下方浸透、蒸発散等の水文過程をモデル化することにより、水田を含む農業流域から流出する河川水流量の予測精度が大幅に向上しました。

[背景と目的]

水や栄養塩等の流域管理を目的として米国農務省農業研究局により開発された SWAT (Soil and Water Assessment Tool) は、世界各地でその高い汎用性・適用性が示されています。これまで、SWAT は水田流域にも適用されていますが、従来の SWAT では、水田のような湛水管理を行う農地は想定されておらず、また、SWAT 内で水田としても利用可能とされている窪地モジュールは、湛水管理は可能ですが、水田圃場レベルでの水文過程が表現できないことが明らかとなりました。そこで、窪地モジュールを改良し、水田特有の水文過程が表現できる水田モジュールを新たに開発しました。

[成果の内容]

SWAT では、対象流域内の土壌、土地利用、地表面標高の地理情報を重ね合わせた後、気象(日単位)、水文・水利(灌漑水供給量、河道・用排水路、ため池など)、営農(現地の栽培暦、耕種基準など)に関わる情報を入力し、水文・水理学的な計算に基づき、流域スケールでの水・物質動態を予測します(図1)。長期観測データがあれば、モデルパラメータの校正およびモデル予測精度の検証が可能です。

水田は、畑とは異なり湛水管理を行う農地であるため(図2a)、まず、SWAT 内で湛水管理が可能な窪地モジュールの適用を試みましたが、計算結果は実際の水文過程との乖離が大きく、その原因は、窪地モジュールのアルゴリズムそのものにあることが明らかとなりました(図2b)。そこで、アルゴリズムの改良を行い、実際の水田に近い水文過程を表現できる水田モジュールを新たに開発しました(図2c)。さらに、水田を含む農業流域(愛知県の阿羅田川流域)における河川水流量の長期観測データを用いて、改良した SWAT のモデルパラメータの校正およびモデル予測精度の検証を行いました。その結果、従来版 SWAT に比べて、河川水流量実測値への適合性が大幅に向上しました(図3)。

以上のように、現実の水田における水文過程を反映した流域スケールでの水動態予測を行うことが可能となりました。今後、国内だけでなく、水稲を基幹作物とするアジア各国へのモデル適用も期待されます。本研究成果は、水田を含む農業流域を対象とした水や栄養塩管理シナリオ策定のための研究推進に大きく貢献します。

リサーチプロジェクト名: 化学物質環境動態・影響評価リサーチプロジェクト

研究担当者: 物質循環研究領域 江口定夫、坂口敦(現:山口大)、大気環境研究領域 小野圭介、宮田明、糟谷真宏(愛知県農業総合試験場)、加藤亮(東京農工大)、田瀬則雄(筑波大名誉教授)

発表論文等:1) Sakaguchi et al., Agric. Water Manage., 137 : 116-122(2014)
2) Sakaguchi et al., Soil Sci. Plant Nutr., 60 : 551-564(2014)

図1 流域スケールの水・物質動態予測モデルSW	ATの基本構造

図2 窪地モジュールの改良による水田モジュールの開発

図3 水田流域(阿羅田川、愛知県)の実測値を用いた改良モデルの校正と検証

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