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プレスリリース
NIAES
平成25年8月26日
独立行政法人 農業環境技術研究所

温暖化により土壌有機物の分解がどのくらい加速されるか
その要因を解明
―地球温暖化予測の精度向上に役立ちます―

ポイント

・ 農環研は、温度上昇により土壌有機物の分解速度が変化する原因が、土壌有機物自身の分子構造にあることを突き止めました。

・ この知見により、気候変動に大きな影響を与える土壌からのCO放出が温暖化によってどれくらい加速されるのか正確な予測が可能になります。

・ この研究成果は、3月5日に Global Change Biology 誌に掲載されました

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、土壌有機物の分解による大気への二酸化炭素(CO)放出が温度の上昇によってどの程度増加するか(温度係数)を決める要因が、土壌中に存在する様々な有機物のうち、微生物により分解されやすい土壌有機物の分子構造にあることを示しました。

2. 土壌中に存在する有機物の量は膨大であるため、温度上昇により土壌有機物の分解がどの程度変化するかを明らかにすることの意義は大きく、気候変動予測の精度が向上することが期待されます。

3. この成果は、2013年3月5日に、米国の学術誌 Global Change Biology のオンライン版に論文として掲載されました。

予算:

文科省・科学研究費補助金、若手研究(B)「微細鉱物による土壌有機物の蓄積と分解の制御―土壌炭素の温暖化応答」研究課題番号:20710005

日本学術振興会・最先端・次世代研究開発支援プログラム(グリーン・イノベーション)「地球炭素循環のカギを握る土壌炭素安定化:ナノ〜ミリメートル土壌団粒の実体解明」課題番号:GR091

問い合わせ先など

研究推進責任者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3

理事長  宮下 C貴

研究担当者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 物質循環研究領域

研究員  和穎 朗太

TEL: 029-838-8327

広報担当者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺 達也

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299
E-mail kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の背景

微生物が土壌有機物を分解すると、COが大気へ放出されます。地球全体の土壌有機物に含まれている炭素量は、大気中COの炭素量の約2倍、植物バイオマスに含まれる炭素量の約3倍以上の 1500 〜 2000 ギガトンと膨大です。土壌有機物の分解速度が僅かに変化しても、地球全体の炭素循環そして地球温暖化に大きな影響を与えます。

温度上昇によって微生物の活動が活発になり、土壌有機物の分解が速まると、大気中のCO濃度が増大し、温暖化がさらに加速する可能性があります (図1)。これまでの研究から、土壌有機物の分解が速まる程度 (温度係数、 図2) は、土壌の種類や気候条件によって大きく変動することが報告されています。しかし、現在使われている気候変動予測モデルの中で、この温度係数は変動しない固定値として扱われており、気候変動を予測する上で大きな不確定性となっています。そのため、有機物の分解の温度係数が何によって決まるのかを解明することは、気候変動予測モデル全体の精度を上げるための重要な課題となっています。

研究の経緯

これまで多くの研究者によって、土壌有機物分解の温度係数の変動要因を説明するための様々な仮説が提案されました。中でも、温度係数の変動は土壌炭素の難分解性 (分解されにくさ) によって決まるという 「土壌炭素の質」 仮説が有力でしたが、これを支持しない研究結果もあり、論争が続いていました。そこで、農環研では 「土壌炭素の質」 仮説について、土壌有機物の中でも微生物が分解可能な状態で存在する有機物 (低比重画分) を対象として調査し、その分子構造の中に有機物分解の温度係数の変動要因が潜んでいないか、研究を進めました。

研究の内容・意義

管理形態の違いにより含まれる有機物の量や質が大きく異なる5つの畑土壌について、微生物分解によるCO2発生速度の温度係数を調べたところ、これらの温度係数と従来の研究で使われてきた 「土壌炭素の質」 を示す指標 (一定温度において、土壌中の全炭素のうち単位時間内にCOに分解された割合の逆数) との間に強い対応関係はありませんでした (図3)。このことは、従来の指標では、土壌有機物の温度係数の変動要因は説明できないことを示しています。そこで、微生物の分解可能な有機物だけを比重分画法(1)を用いて各土壌から分離し、そこに含まれる炭素の分子構造を、固体13C核磁気共鳴法(2)によって調べました。

その結果、微生物の分解酵素が働きやすい-アルキル炭素と、働きにくい芳香族および脂肪族の炭素の割合を新たな 「土壌炭素の質」 の指標とすると、実測した温度係数との間に強い対応関係が得られました (図3)。これは、土壌炭素の難分解性すなわち 「土壌炭素の質」 が分解の温度依存性を決めることを明らかにした、初めての研究結果です。この発見によって、微生物分解が可能な土壌有機物の分子構造を調べ、-アルキル炭素と芳香族および脂肪族の炭素の割合を明らかにすることにより、温度上昇による土壌からのCO発生への影響が定量的に予測できるようになりました。

今後の予定・期待

温暖化によって土壌有機物の分解がどのくらい加速されるのかが予測可能になったため、今後この知見をモデルに組み入れることにより、温暖化に伴って日本の土壌からどのくらいのCOが放出されるのか精緻な予測ができるようになります。

温暖化を緩和する方策として、土壌の炭素貯留機能が世界的に注目されています。つまり、農地に堆肥や炭を投入することで、土壌肥沃度を高めるだけでなく、炭素貯留量を増加させることができます。今回の研究から、農地管理による土壌有機物量の増減によって、土壌有機物分解の温度係数がどの程度変化するかを正確に見積もることができるようになりました。

用語の解説

(1) 比重分画法: 比重の違いにより性質の異なる土壌有機物を分離する方法

(2) 固体13C核磁気共鳴法(固体13C NMR法): 安定同位体炭素(13C)の原子核の共鳴現象を利用して炭素原子の結合状態を調べる方法

本成果の発表論文

タイトル: Linking temperature sensitivity of soil organic matter decomposition to its molecular structure, accessibility, and microbial physiology

著者:  Rota Wagai *, Ayaka W. Kishimoto-Mo, Seiichiro Yonemura, Yasuhito Shirato, Syuntaro Hiradate, Yasumi Yagasaki

掲載誌: Global Change Biology vol. 19 (4) 1114-1125. DOI: 10.1111/gcb.12112

[気温上昇]→[土壌温度↑]→[微生物活動↑][有機物分解↑]→[CO2放出↑]→[気温上昇](悪循環の可能性を図解)

図1 温度上昇と土壌有機物の関係
温暖化は土壌中の微生物活動を活発にするため、微生物代謝によって生じるCOの放出速度も増加します。その結果、大気中CO濃度が上昇し、温暖化が加速する可能性が、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)などで指摘されています。

温度が上昇するとき、Q10=2の土壌よりもQ10=3の土壌のほうが、分解速度の増加が大きいため、高い温度では分解速度が逆転する(グラフ)

図2 分解速度と温度の関係
土壌有機物の分解は、微生物活動によるため、その速度は温度上昇に伴い指数関数的に増加します。10℃の温度上昇に対する分解速度の増加率(温度係数)は、Q10で表されます。つまり、10℃上昇に対して分解速度が2倍になる場合、Q10=2となります。これまでの研究から、土壌有機物分解のQ10は土壌の種類により1〜5程度と変動が大きく、原因の解明が求められています。

土壌A、B、Cの温度係数は約2.2、土壌D,Eの温度係数は約3.0(棒グラフ)/土壌A,B,C,D,Eの「従来の指標」は、0.1、0.2、0.4、0.6、1.9 で、温度係数との相関はないが、「新たな指標」は、0.8、0.9、0.7、1.1、1.2 で、温度係数と高い相関が見られた。

図3 温度係数(Q10)と土壌炭素の難分解性の指標
今回調べた5つの土壌(A〜E)の温度係数には違いがありました(棒グラフ:左軸)。この温度係数の変動は、土壌炭素の難分解性を示す従来の指標(黒破線:右軸)とは相関せず、低比重画分中の炭素の分子構造を基にした新しい指標(赤実線:右軸)との間にのみ、有意な相関 ( r= 0.95, p< 0.005 ) が得られました。

新聞掲載: 日本農業新聞、日刊工業新聞(8月27日)、化学工業日報(8月29日)

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