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情報:農業と環境 No.95 (2008.3)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 組換えBtワタ、インド生産者の経済的利益

ISAAA 年次報告書

2008年2月13日に 国際アグリバイオ事業団 (ISAAA) から、昨年 (2007年) の世界の組換え作物の商業栽培面積が発表された。2006年に世界で1億ヘクタール (ha) を超えた栽培面積は、前年より1200万ha増え、23か国で計1億1430万haに達した。栽培面積1位の除草剤耐性ダイズは5860万haで前年と変わらず (米国での減少とブラジルでの増加分でほぼ相殺)、増加の多くはトウモロコシ (約1000万ha) によるものだった。今回の報告書はバイオ燃料用の栽培面積にも言及しており、組換えトウモロコシ、ダイズ、ナタネのうち、1120万haがバイオ燃料に使用され、米国が大部分の1040万ha (トウモロコシ700万ha、ダイズ340万ha) を占めた。ISAAA の報告書では米国の組換えトウモロコシ、ダイズの栽培面積は示していないが、2007年6月に米国農務省が公表したデータから推定すると、米国の組換えトウモロコシの約25%、ダイズの約15%がバイオ燃料に向けられたことになる。

ISAAA の報告書は世界の商業栽培面積を国、作物、特性別に紹介し、とくに新規に栽培の始まった国や伸び率の高い開発途上国に焦点をあてて特集する。バイテク作物推進側の団体なので当然であるが、 「あの国はその後どうなった?」、「伸び悩んでいる原因は何?」といった関心を持つ向きにはもの足りない面もある。チリとポーランドで2007年から新たに商業栽培が開始されたことが報じられているが、一昨年の報告書で 「2005年から世界で初めて組換えイネの商業栽培」 と報じられたイランは、今回の報告書では栽培国一覧表や地図から消えており、その理由も説明されていない。

イランのBtイネその後

イランで開発されている組換えイネは Cry1Ab トキシンを発現する鱗翅 (りんし) 目害虫抵抗性Btイネ (827系統) であるが、2004年に種子増殖用に約2千haの野外栽培が始まり、2006年には1〜2万ha規模での栽培が計画されていた。しかし、生物多様性条約カルタヘナ議定書を批准したイラン政府は2007年に国家バイオセーフティ法を整備し、この法に基づき、Btイネに対して環境や食品としての安全性について、さらなる評価データの提出を要求したため、商業栽培の正式認可は遅れることになった。イラン政府はこの組換えイネの研究プロジェクト自体は推進しているので、国内法の要件を満たす十分なデータが揃 (そろ) えば、商業栽培への道は開けるものと考えられる (Mousavi ら 2007 参照)。

インドBtワタの経済収支評価

ISAAA の昨年の報告では、インドで害虫抵抗性Btワタの栽培面積が前年に比べて約3倍増の380万haになったと強調し、小規模農民を含め生産者の多くが経済的利益を享受していると報じた。今年の報告書でも、中国、ブラジルなどとともに開発途上国の小規模農民への経済的利益の例としてインドを取りあげている。

しかし、一方で、組換え作物に懸念・反対の環境団体や農民団体は、組換え作物による利益は大規模農家のみで、高い種子価格や自家採種の制約などのため、途上国の小規模農民にとっての経済的利益はないと反論する。農業経済学の専門家からも、インドや南アフリカの小規模農民へのBtワタの利益について疑問視する論文が出されている。これらの疑問に応えるような論文が2007年に2つ発表された。いずれもインド中央部マハラシュトラ州のワタ栽培地帯でBtワタ導入初期の2シーズン(2002〜03年、2003〜04年)に実施した現地調査に基づいている。

表 インドの組換えBtワタ栽培面積の推移

2002 2003 2004 2005 2006 2007  
面積 (万ha) 5 10 50 130 380 620  

データ:ISAAA報告書

インドのワタ栽培体系研究のプロジェクトリーダーである Ramasundaram らは、Vidarbha 地区の4〜5千人の農家から無作為に選んだ組換えBtワタ栽培農家と非組換えワタ栽培農家の生産経費と利益を比較した (以下は2シーズンの平均値)。1haあたりに換算すると、Btワタは害虫防除用の殺虫剤経費は31ドル (1ドル=41ルピー) 少なかったが (約半分)、種子代が高いため (2.8倍)、生産費合計でBtワタの方が91ドル多くかかった。ほ場整備や肥料、除草経費はほぼ同じであったが、ワタ摘み (収穫) に要する経費はBtワタの方が収穫量が多いため1.3倍多くかかっている。収穫量はBtワタが1.3倍多く、利益はBtワタの方が156ドル多くなり、差し引き65ドル (1.4倍) の純利益となった。Ramasundaram らは、Btワタの採用による経済上の利益を評価する一方、Btワタ栽培農家の約6割が翌年はBtワタを栽培しなかったことを大きな問題点として指摘している。経済上の純利益があったにもかかわらず1年でBtワタ栽培を中止した農家も多く、理由はおもにBtワタへの過剰な期待と、その土地に適した品種ではないことだった。

インドのBtワタは Cry1Ac トキシンを発現する鱗翅 (りんし) 目害虫防除用であるため、オオタバコガなどには効果を示すが、アブラムシやカメムシなどのワタ害虫には効果がない。「殺虫剤散布が減る」 という宣伝を 「殺虫剤散布不要」 と解釈して期待はずれに感じた農家も多かったようで、Btワタは鱗翅目害虫にしか効果がないことを知っている農家では、このような不満を示す人はいなかった。農民の知識・情報判断力にかかわらず、多くの生産者はその地域の気候や土壌条件に適したワタ品種が不足していることを指摘した。2002〜2004年当時、インドのBtワタは3品種しか栽培認可されていなかった。現在も潅漑 (かんがい) 施設が整備されておらず、雨水に頼る地域に適した理想的なBtワタ品種は開発されていないが、2005年には13品種が追加承認され、その後も承認品種が増えているため、最近はBtワタを継続して栽培する農家が増えていると Ramasundaram らは述べている。

英国 Reading 大学の Morse らも、マハラシュトラ州 Jalgon 地区で、2002〜2003年にBtワタ栽培農家 (94人) と非組換えワタ農家 (63人) を対象とした詳細な調査を行った。これは 「Btワタ採用による収量増などの利益は、農家がもともと優れた栽培技術を持ち、栽培管理に多くの投資ができるためであり、Btワタ品種そのものによる効果ではない」という批判に応(こた)えたものである。Morse らは再分析の結果、この批判の一部を認めた。Btワタ農家はワタ栽培に関する知識・技術に優れ、潅漑施設にも多くの費用をかけていた。総収益で見た組換えワタ栽培と非組換えワタ栽培農家の比較では、Btワタの方が2.5倍の収益をあげていた。しかし、Btワタ栽培農家だけに限ってみると、彼らの栽培した非組換えワタと比較して、Btワタの利益は1.6倍にとどまった。つまり、Btワタ栽培農家は非組換えワタを栽培しても、収量の高い品種を用い、より良い管理条件で栽培できるのである。Morse らは経済利益の調査方法には注意が必要だが、このような分析をしてもBtワタによる生産者への利益 (害虫防除費用の大幅削減) は明らかであり、「もともと裕福な農民にしかBtワタの利益はない」 とする批判に反論している。

推進側や懸念・反対側からインターネット経由で発表される報告とは異なり、研究者が学術誌に投稿し、匿名の専門家による査読を受けた上で出版される論文は公表されるまでに時間がかかる。インドのBtワタでも2005年以降、多数の品種が認可され、2007年には新しい系統 (Cry1Ac と Cry2Ab トキシンを発現) の栽培が承認されるなど、品種選択や種子価格をめぐる要因も変化している。栽培面積が急増した2005年以降の生産者利益に関しては、1〜2年後に発表されるであろう研究論文を待ちたい。

おもな参考情報

国際アグリバイオ事業団 (ISAAA) 年次報告書 http://www.isaaa.org/

Mousavi et al. (2007) Development of agricultural biotechnology and biosafety regulations used to assess the safety of genetically modified crops in Iran. J. AOAC International. 90(5): 1513-1516. (イランにおける農業バイテクの発展と組換え作物の安全性評価に利用されるバイオセーフティ規制制度)

Ramasundaram et al. (2007) Bt cotton performance and constraints in central India Outlook on Agriculture 36(3): 175-180. (インド中央部におけるBtワタの効果と制約)

Morse et al. (2007) Isolating the 'farmer' effect as a component of the advantage of growing genetically modified varieties in developing countries: a Bt cotton case study from Jalgaon, India J. Agricultural Science 145: 491-500. (発展途上国における組換え作物栽培の利益の構成要因から「生産者」の影響を分離して解析する:インドJalgaon地区のBtワタでの事例研究)

Qaim et al. (2006) Adoption of Bt cotton and impact variability: Insights from India Review of Agricultural Economics 28(1): 48-58. (Btワタの導入と影響の変動性:インドからの洞察)

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