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情報:農業と環境 No.95 (2008.3)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 地球規模での炭素循環に及ぼす農地の土壌侵食の影響

The Impact of Agricultural Soil Erosion on the Global Carbon Cycle
K. Van Oost et al., Science, 318, 626-629 (2007)

土壌侵食は雨または風によって表土が流出・飛散する現象で、雨を原因とするものを水食、風の作用によるものを風食という。この土壌侵食は土地生産力の低下という農業問題か、土壌流出による水質汚濁などの地域環境問題として扱われてきた。しかし、近年、土壌侵食が温室効果ガスの発生にかかわっているとして、炭素蓄積にマイナス(排出)なのかプラス(吸収)なのかが議論されてきた。植物の光合成を介して、大気中の二酸化炭素が植物体の炭素として固定された後、土壌中に入り、一部は二酸化炭素として分解し、残りの炭素が重合を繰り返し、土壌中の粘土や非晶質アルミニウムなどの成分と結合した腐植と呼ばれる分解しにくい物質が土壌炭素の多くを占める。農地レベルで見れば、侵食によって土壌が流出すれば、腐植である土壌炭素が失われ、炭素蓄積量は減る(排出)。しかし、地域または地球全体から見たとき、水食や風食によって農地の近くに再堆積(たいせき)したり、水系へ流出した土壌が湖沼や海洋の底質として堆積したりして、有機物分解による二酸化炭素やメタン放出が農地の表土よりも抑制されれば、炭素は蓄積(吸収)することになる。

著者のヴァン・オーストらは、ヨーロッパとアメリカ合衆国の10流域、1,400地点の土壌中の腐植の性質と放射性元素のCs-137の濃度から、侵食によって流出した炭素量と再堆積した炭素量および土壌から大気中へ放出された炭素量を計算した。その結果、侵食で移動した土壌炭素の26%が二酸化炭素となって大気へ放出され、残りの74%が流域に再堆積してそのまま炭素として保存されていたことを明らかにした。その結果を地球規模に拡大すると、農地からの侵食で年間1.2億トンの炭素を蓄積し、世界の年間二酸化炭素排出量62億トンの2%を吸収していることになるという。

しかし、一般には土壌侵食は、土地生産力を低下させて砂漠化の主要な原因となるとともに、さまざまな環境負荷をもたらすことから、世界中で侵食を抑制しようと必死になっている。したがって、土壌侵食を現象として炭素蓄積にカウントすることはあっても、緩和策として積極的に土壌侵食を起こすことは考えられない。

(農業環境インベントリーセンター 谷山一郎)

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