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農業と環境 No.127 (2010年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: カルタヘナ議定書の宿題「責任と救済」、補足議定書採択と残された課題

2010年10月18〜29日、名古屋で開催された第10回生物多様性条約締約国会議 (COP10) は、「遺伝資源の利用と利益配分(ABS、 Access and Benefit Sharing)」 をめぐって、途上国・新興国と先進国の南北対立が続いた。最後の閣僚級会議でも合意に至らず、議長国(日本)の示した調整案を双方が受け入れる形で、29日深夜(30日未明)に 「名古屋議定書」 が採択された。交渉は難航したが、最大限の利益を求める側と負担を少しでも減らしたい側の対立という点で、争点は分かりやすかった。

一方、COP10 の前週 (10月11〜15日) に行われた第5回カルタヘナ議定書締約国会議 (MOP5) では、議定書に残された宿題であった 「責任と救済(補償)」 問題がぎりぎりで決着し、「名古屋・クアラルンプール補足議定書」 として採択された。マレーシアの首都、クアラルンプールは 「責任と救済」 の交渉が始まった第1回締約国会議 (MOP1、2004年2月) の開催都市だが、議定書や条約名に複数の都市名が付くのは例がないらしい。MOP5 の後に続く、COP10 での 「名古屋(ABS)議定書」 と区別する意図があったのかもしれない。

補足議定書は MOP5 本会議ではすんなり採択されたが、直前の事務レベルの作業部会 (第4回共同フレンズ会合) では紛糾し、最終合意案は本会議初日の10月11日未明に決着した。補足議定書は採択されたものの、国境を越えて移動 (輸入) した遺伝子組換え生物が輸入国の生態系や生物多様性に対してどのような損害を与えるのか、その具体的イメージははっきりしないままであり、今後に残された課題も多い。これまでの交渉の経緯は 「農業と環境123号」 を参照していただきたい。

2010年10月6〜8日〜10日 第4回フレンズ会合

6月の第3回フレンズ会合で残された課題は 「対象に遺伝子組換え生物だけでなく、組換え生物から作られた産品 (product thereof) を含めるかどうか (対象範囲)」 と 「財政的保障の法的義務付け」 の2点であり、第4回会合でもアフリカ諸国 (南アフリカを除く) とマレーシアが強硬な主張を続け、他国と対立した。会合は当初の予定をさらに延長し、最終的に10日深夜(11日未明)に、対象範囲から 「産品」 を削除することで決着した。

もし、遺伝子組換え生物だけでなく、非生物である 「産品」 も含めることになると、親議定書であるカルタヘナ議定書の対象範囲から逸脱することになる。さらに、親議定書は第7条で 「国境を越えた移動 (輸入) にあたり、事前に相手国に情報提供し、リスク評価を行った上で輸入が承認される手続き」 を定めている。この 「事前通告制度」 が議定書の根幹であり、無許可で勝手に国境を越えた場合を想定したものではない。「産品」 も対象とすると、これらの製品の輸入にあたっても事前にリスクがないかどうかを評価する必要が出てくる。ダイズやトウモロコシから作られる産品は油、粉末、飼料用搾りかすなど多様であり、一つ一つ事前にリスク評価することを考えたら、「産品」 を含めることがいかに非現実的なものか理解できるだろう。その点で今回の決定はきわめて妥当なものだ。しかし、「産品」 は除くことで合意したものの、公式の会議報告書に 「対象範囲については各国間で解釈に違いがあった」 と明記されることになったので、今後、これを盾に産品を含めるような国内法を作る国が出てくる可能性も残された。

財政的保障、バイテクメーカーの提案

財政的保障は、「国際法との整合性のもとで、各国が制度を作る権利を有する」 という表現で決着した。制度を作りたければ作ってもよいが、あまりに国際常識から逸脱したものでないことという条件付きだ。制度の骨格はできたが、補償を事業者に請求するには、損害を受けた国の政府が生物多様性や生態系に及ぼす損害の程度を評価し損害額を算定した上で、損害を与えた事業者を特定して請求することになる。しかし、その具体的方法はまったく決まっておらず今後の検討課題となった。また、民事責任に関する補償のガイドラインも MOP5 では議論しないことになったが、「今後議論の対象としないことを意味するものではない」 と報告書に記されたので、将来この作業部会の設置を要求する国・地域が出てくる可能性もある。いずれにせよ、今まで「組換え生物による生物多様性に与える損害」が生じていないので、実際の作業は難航するだろう。

イメージのわかない 「責任と救済(補償)」 制度であるが、バイテク種子メーカー6社は、自主的な制度を作り対応策を発表した。万一、損害賠償責任を問われた場合に備えた業界団体の制度 (コンパクト) で、請求された内容や損害額の妥当性を評価し、不服の場合はオランダ・ハーグの国際仲裁裁判所に判断を仰ぐというものだ (日本経済新聞、2010/10/9)。この制度は大手バイテクメーカーの国際団体であるクロップサイエンス・インターナショナルが設立したもので、「責任と救済」 制度が法的拘束力を持つことを決めた MOP4 (2008年5月、ボン) 以前から計画されており、今年9月15日に発表した。コンパクトに加入するには一定の財政負担ができることが条件であり、大手バイテクメーカー以外の中小・ベンチャー企業が加入できるのかどうか疑問だ。

遺伝子組換え生物による生物多様性への損害 (ダメージ) と自動車事故を同列に扱うことはできないが、万一のための補償制度 (基金) とは、自動車の製造・販売企業が、自社の責任で事故が起こった場合の補償金を負担するようなものかもしれない。通常、自動車保険は製造者ではなく使用者が負担するが、製造者責任を問われた場合に備えた対策と言うことになる。起こるか起こらないかまったくイメージのわかない損害に対して、コンパクトのような制度で基金を準備できるのは大手メーカーに限られるのではないか。少なくとも小規模ベンチャー企業には組換え生物ビジネス参入への障壁になるだろう。

救済制度の義務化は、アフリカ諸国・マレーシアだけでなく、国内外の環境市民団体も強く要求した。「商業栽培されている組換え作物は大企業の開発したものばかり。利益はバイテク企業だけが得ている」 とこれらの団体は主張するが、実際はバイテク大手メーカーの独占体制を強化する役割を果たしていることになる。環境市民団体はこのことに気づいているのだろうか?

補足議定書は開発途上国のためのもの

多くの課題が残されたとはいえ、「責任と救済」 に関する補足議定書が採択され、万一の損害に対して救済制度が義務付けられたことは、アフリカ諸国など途上国がこれから組換え作物を利用していく上では評価できるだろう。「責任と救済」 問題に限らず、MOP5 本会議では、途上国から 「知識、技術、人材、情報」 の不足が訴えられ、先進国による資金援助や専門家派遣の要求が相次いだ。「知識、情報不足と言うが、組換え生物に対するマイナス情報だけが先行しており、これまでの研究成果が正しく反映されていない。情報が偏っている原因を解明すべきではないか」 という意見も出されたが、組換え生物、組換え食品などの輸入に対する事前審査制度が十分でない国が多いのは事実だ。

カルタヘナ議定書は160か国が批准しているが、議定書に基づく国内法を作っていない国も約40か国あり、その多くはアフリカ諸国だ。MOP5 で強硬な主張をしたアフリカ諸国のすべてが 「組換え作物導入拒否」 というわけではない。ケニヤやウガンダは、乾燥耐性トウモロコシなどの試験栽培をまもなく開始する予定で、自国にメリットがあるならば組換え作物を導入しようという姿勢に変わってきている (Nature News 2010/10/1、ロイター通信2010/10/15)。補足議定書 「責任と救済」 はこれらの国の万一の保障のために使われるべきものであり、もっとも重要なのは 「事前のリスク評価体制」 を整備することだ。

「事前通告・リスク評価・承認」 制度が整備されている先進国で、国境を越えた組換え生物の移動の結果、生物多様性に重大な損害を与えるような事態は起こらないだろう。仮にそのような事態が起こったとしたら、第一の責任は種子メーカーなど事業者ではなく、「輸入しても自国の生態系や環境へのリスクはない」 と判断して承認した国側にあるのではないか。

次回は2012年10月 インド・ニューデリー

名古屋・クアラルンプール補足議定書は来年(2011年)3月から批准が始まり、40か国が批准した90日後に国際ルールとして正式に発効することになる。また、次の生物多様性条約締約国会議 (COP11・MOP6) はインドのニューデリーで2012年10月に開催される。今回の MOP5 でインドは遺伝子組換え生物の利用に関しては生産国・輸出国の立場で強い規制に反対したが、COP10 では豊富な遺伝資源を有する国の代表として、利益確保、資金要求など先進国側と激しく対立した。2012年の会議ではどんな議長采配(さいはい)を見せるのだろうか?

名古屋の国際会議は終わったが、2012年10月まで日本は生物多様性条約に関する諸事項について議長国としてかじ取り役を務めることになる。これから2年間の役割は重要だ。

おもな参考情報

MOP5の結果(農林水産省、2010年10月15日)
http://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kankyo/101015.html

MOP5会議レポート(2010年10月18日)
http://www.iisd.ca/biodiv/bs-copmop5/

経済的補償に関するバイテクメーカー団体のコンパクト提案 (CropLife International, 2010 年9月15日)
http://www.croplife.org/view_document.aspx?docId=2776 (最新のURLに修正しました。2012年6月)

農業と環境123号 GMO情報 「COP10/MOP5まであと100日、 論争の溝は埋まるのか」
http://www.niaes.affrc.go.jp/magazine/123/mgzn12305.html

農業と環境103号 GMO情報 「カルタヘナ議定書発効5周年 〜ルーツの1992年から振り返る〜」
http://www.niaes.affrc.go.jp/magazine/103/mgzn10307.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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