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農業と環境 No.168 (2014年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−2): 情報化学物質・生態機能RP
−酵素パワーで農作業の省力化−

日本の農業従事者の60%が65歳以上であり、高齢を理由に農業をやめる人が増えています。若手の農業への参入や、高齢者や女性が農作業に取り組みやすいように、農作業の新しい省力化技術が求められています(平成24年度 食料・農業・農村白書 http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h24/pdf/z_1_3_1_2.pdf

情報化学物質・生態機能リサーチプロジェクト(RP)で実施中の1つの課題では、農業環境中の微生物が作る酵素の力で、農作業が楽になる技術開発を研究しています。

畑の表面をフィルムで覆う農業用マルチフィルム(マルチ)は、地温や水分を維持する効果と、雑草や害虫、作物の病気の発生を抑える効果があり、野菜の栽培に欠かせません。しかし、野菜の収穫後には、使用済みマルチを畑から回収し、土を取り除いて産業廃棄物として処理する重労働が待っています。

この労働が必要ない、生分解性プラスチック(生プラ)で作られたマルチが販売されています。収穫後に畑にマルチをすき込めば、土壌微生物が完全分解するので、回収する労力が要らず、ゴミが出ません。ところが、作物を栽培する環境条件は多様であるため、作物収穫後に、生プラマルチがすき込みできるほど劣化していない場合があり、普及上の課題でした。

長さ数10メートルの黒い農業用マルチフィルム(マルチ)が広い畑に何本も設置され、それぞれに野菜の苗が2列ずつ植えられている(風景写真)

マルチを使った栽培光景

そこで、情報化学物質・生態機能RPでは、使い手自身が酵素を処理して、使用済み生プラマルチを急速劣化させる技術開発に取り組んでいます。使い手がマルチの分解時期を決めることができるので、作付けの計画も立てやすくなります。

生分解性プラスチック製農業資材を使いやすく(概念図:植物と葉上の微生物、微生物からとった酵素で畑にある生プラマルチを分解する)農作業が楽になり、ゴミが出ない!

生プラマルチの化学構造と、植物の表面を覆うクチクラ層の構造とが似ていることに着目し、植物常在菌の中に生プラ分解力が高い株がたくさんいることを見つけました。プラスチックを混ぜて固めた白濁した寒天培地の上に、植物を洗った水を塗ると、プラスチックを分解して寒天培地を透明にする微生物のコロニーが生えてきました。これらの微生物1つずつ、生プラマルチの分解力を検定し、とくにさまざまな生プラ成分を強力に分解する力を持った株を選び出しました。日本国内のほとんどのイネに生息している酵母 ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/press/080310/press080310.html ) や、オオムギから見つかった珍しい糸状菌 ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/press/081022/press081022.html ) などが選抜されています。

この方法で、強力な分解菌が分泌する生プラ分解酵素の性質を調べ、市販されている生プラマルチを強力に分解する酵素のラインアップを増やしています。酵素の検定には、純粋な酵素を使う必要があるので、微生物の培養液成分から、生プラ分解酵素を効率よく精製する方法を作りました。これは、培養液の成分のうち、生プラ分解酵素だけが生プラに強く結合する性質を利用しています。精製した酵素が生プラフィルムの固体表面を分解している場所に照射したレーザー光の変化から、酵素が生プラ表面を削る様子を秒単位でモニタリングすることにも成功しました。酵素による生プラ成分の分解特性がわかると、使用済みマルチへ酵素を処理する方法のヒントになります。また、将来は酵素をブレンドすることで、分解効率を高めることもできると考えています。

農地に張ったマルチの分解促進のためには、強力な酵素が大量に必要です。酵素を発見した当初は、三角フラスコの中の培養液中で微生物を振とうして酵素を分泌生産させていました。しかし、酵素の工場生産現場では、微生物を大量に育てる必要があるので、筒状の培養装置に培養液を満たし、モーターのついた羽で攪拌(かくはん)して、微生物を培養します。私たちも培養装置を使い、培養液のpH調整や、栄養の補充の方法をくふうすることで、分解菌発見当時に比べて、100倍濃度が高い酵素を生産する方法を開発しました。

酵素あり(1単位)の場合:24時間で穴があき48時間でばらばらになった; 酵素あり(2単位)の場合:24時間で粉状になり30時間後に消滅 (酵素液の浸漬の経過写真)

酵素に浸漬した市販生プラマルチの分解

得られた培養液を濾過して、畑に張った生プラマルチに散布処理する方法をくふうした結果、再現性高くマルチを急速に劣化させることに成功しました ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/press/111125/press111125.html )。これらの結果から、生プラマルチを短時間に劣化させる酵素は、使用済み生プラマルチの分解促進に利用できる可能性が期待されます。

(情報化学物質・生態機能RP全体の研究の内容は、農業と環境 No.136 (2011年8月1日) http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/136/mgzn13602.html を参照してください。)

(担当 北本宏子、小板橋基夫、鈴木健、吉田重信、山元季実子、渡部貴志、篠崎由紀子、山下結香)

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

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